アルバニー・ナノテク・コンプレックスのクリーンルームでラピダスとIBMは研究を進めている(写真:日経クロステック)
半導体企業Rapidus(ラピダス)は最先端半導体の量産に向けて、米国での研究開発を加速する。
米ニューヨーク州アルバニーの半導体研究拠点「Albany NanoTech Complex(アルバニー・ナノテク・コンプレックス)」では、技術提携する米IBMと約400の研究テーマに取り組み、量産技術の確立を急ぐ。
ラピダスは2nm世代半導体の量産に向けて400近い研究テーマに取り組む(
出所:日経クロステック)
ラピダスとIBMが日本の報道機関に公開したアルバニーの研究拠点では、日米の半導体技術者が協力して2nm世代半導体の研究開発に取り組む。
同研究拠点は、300mmウエハー対応の研究開発施設として米国で最大の規模を誇り、ロジックICやチップレット、アドバンストパッケージングなど最新の研究テーマに取り組む。
マンハッタンから北へ240km余り離れた自然豊かな小都市に位置し、ラピダスの他にも東京エレクトロンや米Applied Materials(アプライドマテリアルズ)、オランダASML Holding(ASMLホールディング)など、多くの企業が研究開発拠点を構える。
研究開発の現場は、イエローランプで照らされた広大なクリーンルームの中にあり、最先端半導体の開発に欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置をはじめとする様々な製造装置が並んでいる。
IBMはここで2021年に世界初となる2nm世代のテストチップを開発しており、GAA(ゲート・オール・アラウンド)ナノシートと呼ぶ新しいトランジスタ構造に期待が高まっている。
ラピダスは約100人の技術者をアルバニーに送り込んだ(写真:日経クロステック)
ラピダスはこの技術を基に2nm世代半導体の量産を2027年に始める計画を掲げており、現在約100人の技術者をアルバニーに派遣して技術の習得を進めている。
ここで技術を学んだ技術者は今後、北海道千歳市に建設するラピダスの製造工場「IIM(イーム)」のパイロットライン立ち上げや量産化に携わる予定だ。
ここでラピダス側の技術トップとしてアルバニーに常駐して技術開発を主導するのは、米国法人Rapidus USのリサーチフェローを務める福崎勇三氏だ。
同氏は、IBMとラピダスが取り組む2nmロジック技術共同開発プロジェクトの指定エグゼクティブである。今回、同氏は現在取り組んでいる開発テーマや将来の目標を語った。
福崎氏はIBMの研究開発体制について学びが多いと語る(写真:日経クロステック)
IBMとの協業で「開発スピード」に学び
ラピダスは技術マイルストーンにおいて、半導体の性能向上や、歩留まり改善につながる寸法制御などの数値目標を設定している。
アルバニーの研究拠点では半導体を試作して配線など各種条件を評価し、フィードバックするという、目標達成に向けた改善サイクルを回している。福崎氏はマイルストーンの達成度合いについて明言を避けたが、「順調にクリアしている」と語る。
IBMとラピダスの技術者が共同開発に取り組むゼン・ビルディング(写真:日経クロステック)
アルバニーの研究拠点に滞在するラピダスの技術者約100人のうち、およそ半数がプロセス技術者である。
さらに、電気的な特性や信頼性を評価するデバイス技術者と、デザインルールの策定やより良い設計ができるようにするデザイン・イネーブルメントに取り組むデザイン技術者が約4分の1ずつを占める。
アルバニーで技術者が取り組む研究テーマは1人当たり3、4テーマあり、全体では400近くに上る。
福崎氏はIBMとの協業について、開発スピードなど学びが多いと語る。「目標に至るまでのアプローチの中で、一つひとつの条件の検討や確認・評価といったサイクルを回すのが非常に速い。これほどまで次々にサイクルが回って改善が進んでいくのは、私の経験にはない」(福崎氏)。
AI向けにカスタム製品を供給
ラピダスが2nm世代半導体の市場として想定するのは、AI(人工知能)半導体や高性能コンピューティング(HPC)、エッジAI、AIデータセンターなどだ。
福崎氏は「将来あらゆる場所でAIが活用されるようになる」として、汎用品ではなく特定の用途向けに、少量多品種で高付加価値の製品を短いサイクルで供給する計画だ。
ラピダスは前工程だけではなく後工程、設計支援も一貫して手掛けることで、短TAT(ターン・アラウンド・タイム、製造に要する時間)を実現するRUMS(ラピッド・アンド・ユニファイド・マニュファクチャリング・サービス、ラムス)を目指す。
製造で得たデータをフィードバックして設計を改善し、開発効率とスピードを高めながら、コスト削減を図る。
将来は設計業務も
ちなみに、ラピダスで設計支援に携わる技術者は、半導体の設計そのものを手がけるのではなく、設計のための環境づくりに専念する。
ロジック半導体の開発には複数のプレーヤーが連携する必要があり、ラピダスのように製造プロセスを提供するファウンドリーのほか、ロジック半導体の基本回路であるスタンダードセルを提供する企業、EDA(電子設計自動化)ツールを提供する企業、ロジック半導体の設計者である半導体メーカーなどが協力する。
「ラピダスの設計エンジニアは設計の土台をつくる。設計自体を手がけることは当面ない」(福崎氏)。
ただし、将来は半導体設計業務の一部をパートナー企業から請け負うことを想定している。EDAツールを扱える技術者を既に多く採用しており、状況に応じて適材適所で配置していく。
2024年度から新卒採用を開始
ラピダスは2027年には技術者を1000人規模に増やす方針を掲げている。
しかし、国内外で半導体人材の引き合いが強まる中、人材不足の懸念が高まっている。ラピダスはこれまで即戦力重視で、実務経験のある社会人と、博士課程を修了した大学院卒生しか採用していなかった。2024年度からは大卒生や高等専門学校(高専)卒業生の新卒採用も実施する。
将来は海外の半導体人材を採用することも想定する。ラピダス社長の小池淳義氏は2023年7月にインドを訪れ、政府や民間企業との提携を模索した。
福崎氏は「具体的な計画は未定」としつつも、インドから半導体エンジニアを獲得する可能性についても触れた。
試作ラインを迅速に立ち上げ
北海道千歳市の工場の立ち上げでは、アルバニーで知見やノウハウを習得した技術者たちが連携しながら多くの製造装置を早急に導入し、短期間で稼働できるようにする。
技術的なハードルは高いものの、綿密な計画とシミュレーションにより実現は可能だと意気込む。福崎氏は「今後はパイロットライン立ち上げのために帰る人員分を補充しながら、アルバニーでの研究開発体制を維持しつつ2027年の量産に寄与していきたい」と説明した。
今後は半導体製品の性能を高めるチップレット技術も重要になる。ラピダスが生産する2nm世代半導体だけでは最終製品を構築できず、他のプロセスノードの半導体や基板材料など必要な技術を外部から調達する必要がある。
他社とのパートナーシップについて福崎氏は「まだ回答できない」としたが、2.5次元/3次元(2.5D/3D)実装などの先進パッケージングの開発も進めているとした。
IBMは半導体エコシステムで支援
IBMの研究部門、IBM Researchの半導体部門(IBM ReSemiconductors)トップで、ハイブリッドクラウド・リサーチ部門バイスプレジデントでもあるMukesh Khare(ムケシュ・カレ)氏は、2nm世代半導体の商用化に向けてフォトマスクの開発や、パフォーマンス及び歩留まりの向上に取り組んでいることを紹介した。
同氏は、IBMがアルバニーで持つ幅広い半導体エコシステムが競争力につながると指摘する。
カレ氏は日本の半導体エコシステムを高く評価する(写真:日経クロステック)
アルバニーの研究拠点はIBMや東京エレクトロン、ニューヨーク州のパートナーシップにより約20年前に設立された歴史がある。
現在では大手半導体メーカーのほか、EDAベンダーや半導体製造装置メーカー、TOPPANホールディングス、米DuPont(デュポン)、信越化学工業、JSRといった材料メーカーがエコシステムパートナーとして参加。
2nm世代をはじめ様々な半導体技術の開発に取り組んでいる。
日本はロジック半導体の開発で後れを取っている。それでもカレ氏はチャンスはあるという。「日本には競争力のある装置・材料メーカーや才能のある技術者など2nm世代に必要なエコシステムが整っている。ラピダスの量産に向けてIBMは必要なあらゆるサポートを提供していく」(同氏)。
日経記事2024.04.03より引用