日本製鉄の米鉄鋼大手USスチールの買収計画の行方が注目されている。
2023年12月に約2兆円の巨額買収を発表後、米国の象徴的な企業の買収について米バイデン大統領が声明を出すなど政治問題化しつつある。米国時間12日午後(日本時間13日未明)に開かれるUSスチールの株主総会では買収計画が承認される公算が大きいが、通常の企業買収にとどまらない課題が残る。3つのポイントで解説する。
・日鉄はなぜ買収に踏み切った?
・大統領が声明を出した背景は?
・買収はうまくいくのか?
(1)日鉄はなぜ買収に踏み切った?
USスチールは1901年創業の米国を象徴する鉄鋼メーカー。ただ、米国の産業構造の変化や設備老朽化で競争力が低下し業績が悪化していた。
23年8月には身売りを含めた経営戦略を検討すると表明し入札を実施していた。
日鉄は米国を電気自動車(EV)に使う高級鋼の有望市場と位置づける。
日本市場が縮小する中、成長には米国の強化が欠かせないと考え、USスチールの買収に手を挙げた。
日本製鉄の橋本英二会長兼CEO
買収による相乗効果について、USスチールのデビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)は「(2社が組むことで)米国の自動車メーカーに世界最高の自動車用鋼板技術を提供できるようになる」と述べた。
日鉄の森高弘副社長(現副会長兼副社長)は「技術面で相互互換的なところがある」と話し、商品や設備操業、脱炭素などの面で協力できるとした。
(2)大統領が声明を出した背景は?
ただ、日鉄によるUSスチール買収計画は企業同士の合意だけでは終わらなかった。労働組合や大統領選を控えたバイデン氏、トランプ前大統領から横やりが入り、複雑な展開となっている。
まず買収計画に反対を示したのが全米鉄鋼労働組合(USW)。
発表当日に「失望したといっても言い過ぎではない」と声明を出し、米国外の企業による買収に「厳しい審査を規制当局に求める」と表明した。
USWは「鉄鋼」と名が付くものの金属、鉱業、製紙、エネルギーなどの幅広い産業の労働者が所属する。
日本の産業別労働組合に近く、約85万人の労働者が参加している。労組を支持基盤とする民主党のバイデン氏にとっては重視すべき組織だ。
買収発表の数日後にはバイデン氏が対米外国投資委員会(CFIUS)が安全保障上の観点から買収を認可するかどうかを審査すると表明した。
CFIUSは米国の土地や技術を外国企業が所有した場合、米国の競争力低下や情報流出があると判断すれば拒否する権限を持つ。
一方、米大統領選で共和党の候補指名が確定したトランプ氏は1月末、「私なら瞬時に阻止する」と宣言。日鉄の買収計画に明確な反対姿勢を示した。
大統領選で再選を目指すバイデン氏は、3月に「(USスチールは)国内で所有・運営される米鉄鋼企業であり続けることが重要だ」と声明を出した。買収について明確な否定こそ避けたものの、労組票獲得のためにトランプ氏に対抗せざるを得ず、より慎重な姿勢が強まっている。
日鉄はバイデン氏が声明を出した直後の3月15日にUSスチールへの14億ドルの追加投資と、買収によるレイオフ(一時解雇)や工場閉鎖を実施しないと表明。
「強い決意のもと、本買収を完了させる」と改めて決意を示した。
(3)買収はうまくいくのか?
買収の成立に向けて、まず欠かせないのはUSスチールの株主の賛同だ。
12日(米国時間)には日鉄による買収の賛否を問う臨時株主総会が開かれる。すでに一部の大株主が買収案への支持を表明しており、総会では買収案が可決する公算が大きい。
株主の承認の後は、USWの同意が得られるかが焦点になる。
USWを説得できれば大統領選を見据えたバイデン、トランプ両氏の姿勢も変わる可能性が高い。3月に日鉄の森氏がUSWのデービッド・マッコール会長と会談したものの、4月にUSWは日鉄の提案内容について「空約束だ」と批判する声明を公表した。
今後も日鉄はUSWとの対話を続けていくとみられる。
USWの同意が得られるかが重要になる=ロイター
CFIUSの審査完了も買収手続きを終える上で不可欠だ。従来の審査では主に安全保障上の懸念国である中国やロシアなどを念頭にするケースが多い。
審査期間は数カ月ほどが多いが、1年程度かかる場合もあるという。仮に同盟国である日本の企業による買収が拒否されることがあれば、他の日本企業による米国での事業にも影を落としかねない。
(大平祐嗣)
日経記事2024.04.12より引用