日本は、ケルトと同じ、万物に神が宿ると考える精霊信仰のアニミズムの多神教の国歌です。
昔から、他の神様、稲の神、穀物の精霊を『サ』と呼んできました。
『サ』は普段は山に住んでおられ、季節が来ると人々が暮らす里に下りてこられます。
その季節が『サ・ツキ』(5月)であり、孫頃降る雨を『サ・ミダレ』、その田の神の嫁になって田植えをする女性を『サ・オトメ』(早乙女)と呼びます。
田の神が降りて来られる場所が『サ・ト』(里)です。 『里』という空間は、田の神(サ)に守られて安全に暮らしていける日本人の源郷、まさに『ふるさと』です。
『桜』も(サ・クラ)と分解でき、『クラ』とは高貴な神や人高貴な人が鎮座する席や場所のことで、『高御座』(たかみくら)は、天皇の即位儀礼の折などに用いられる『玉座』、『磐座』(いわくら)は霊山にある神の鎮座する神聖な岩や崖などの空間を言います。
今は、桜の品種は多くありますが、元々山の樹木『山桜』が原種です。 山に『桜』が咲くということは、田の神『サ』がそろそろ里に降りて来られるという合図になりました。
それを見て、里では稲作の準備に取りかかりました。
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https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/fd0eb4c54ebac58ca539e729f6c5f6ea
やがて田の畦道(あぜみち)にも桜が植樹され、里の中でも田の神を祝福するようになります。
昔から家の庭に桜を植えない習慣も、桜がそうした神聖な植物(精霊)だという認識があったからだとされています。
『花見』、これは桜を見ることで他の神『サ』を祝福し、稲の実り・豊作を祈願するという鎮魂法であり、見るという行為は、眼を通して心や魂を互いに交流/交感させる魂の狂信述と学者は説明しています。
日本語には、「月見」「雪見」「潮見」「山見」「富士見」など「見」がつく言葉が多いのは、それらはもともと『見る鎮魂』という古代の習俗から派生した『行為』や『言葉』であったようです。
(関連情報)
・桜と日本人
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/29d84f42a3997f565521908769d57263
・『古事記』 木花咲耶姫(桜) と磐長姫 神様の子孫である天皇家に寿命がある理由
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・Spritual 日本 田の神、稲神、穀物の精霊(サ)そして桜https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/ff54973239da2c61805074d5e6e8651d