WHOのテドロス事務局長=ロイター
新型コロナウイルスへの対応で得られた教訓をもとに、次のパンデミック(世界的大流行)に世界が協力して備える――。
だれもが趣旨に賛同したはずの「パンデミック条約」が、約2年におよぶ交渉を経てなお合意に至らない。
対立点の議論は先送りして大枠だけ決めるとの案もあるが、5月27日〜6月1日に開く世界保健機関(WHO)総会で採択できるかは予断を許さない。
「議論に何百時間も費やし想像できないほどのコストをかけた末に(合意への)政治的推進力はついえた」。英国の有力医学誌「ランセット」は3月、悲観的な論説を載せた。何が合意を妨げてきたのか。
一つは病原体の試料や遺伝子データを、製薬企業などが素早く入手して薬の開発に生かす仕組みを巡る対立だ。未知の病原体は途上国などで見つかる場合が多い。
一方、開発力のある製薬企業は先進国に偏る。途上国はサンプルやデータ提供の見返りを求めるが、先進国はそれを避けたい。
もう一つは技術移転に関するものだ。パンデミック下では特許を一時的に放棄すべきだという意見と、それでは開発インセンティブがそがれ、新薬を生み出せないとする見解がぶつかる。このほか、資金支援でも一致点を見いだせない。
対立の背景にはコロナの拡大期に欧米がワクチンを囲い込み、必要量を確保できなかった途上国の強い不信感がある。
需要の高いワクチンや薬を安価に自力で生産し、成長のバネにしたいインドや中国などの政府・企業の思惑もある。
ワクチンをスピード開発した米ファイザーやモデルナは記録的な高収益をあげ、人の命と引き換えにもうけたとの批判も出た。
しかしパンデミックの終息とともに売り上げが急減するなか、研究開発の継続を期待されるなど経営のかじ取りは容易ではない。
米メルクのキャロライン・リッチフィールド最高財務責任者(CFO)は「我々はパンデミック中、低所得国に確実に治療薬が行き渡るようにした」と強調する。
難民などへの無償提供や後発薬メーカーへの自主的なライセンス供与も実施した。「知的財産の尊重」は譲れないが、状況に応じた措置で問題解決は可能とみる。
途上国や新興製薬企業を抱える国々は「公平性の確保」を強く求める。公平性の定義や物差しは国や地域、置かれた条件によって異なる。だれもが納得する公平性の追求がいかに難しいかは、温暖化対策の交渉などでも明らかだ。
パンデミックは自国だけが対策を充実させても防げない。病原体が他国から流入するのを完全に止めるのは不可能だ。
条約やそれに準じる枠組みは「国際公益」につながる。採択できれば「保健分野で多国間主義が健全に機能することを示す好機となる」と慶応大学法学部の詫摩佳代教授は指摘する。世界の分断が深刻化しているからこそ、合意が大切だとみる。
条約に不十分なところがあったとしても、有志国などが地域レベルで協力し多層的な取り組みで補完するといった方法が考えられるという。日本がアジア地域で果たせる役割も大きいはずだ。
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日経記事2024.04.20より引用