欧州議会選挙ではドイツ国内で極右「ドイツのための選択肢(AfD)」は第2党に躍進した=ロイター
地球環境問題への関心から「緑の党」やリベラル政党を主に支持してきた欧州の若者の間で、極右政党への支持が広がってきた。
欧州議会選挙やフランスの国民議会(下院)選挙での極右政党躍進の一因となった。
現実路線へと政策のカジを切った極右政党が、物価高や住宅難といった若者の不満を吸い上げた。
欧州政治の地殻変動がさらに大きくなれば、米大統領選挙とともに世界に大きな影響を与える可能性を秘める。
「グレタ世代」の関心はインフレ・住宅など経済問題へ
緑の党から極右へ――。こうした政治潮流の変化を象徴するのは欧州連合(EU)加盟国中で経済規模や人口が最大のドイツだ。
欧州議会選のドイツ国内の結果をみると、獲得議席はキリスト教民主同盟(CDU)など中道右派が29と首位。極右「ドイツのための選択肢(AfD)」が前回から議席数を4増やして15と2位に躍り出た。
3位はショルツ首相のドイツ社会民主党(SPD)。緑の党は前回から議席数を9減らして12と、4位に沈んだ。
その象徴が若者の民意の変化だ。ドイツでは今回の欧州議会選から投票権を16歳に引き下げた。
25歳未満の有権者の投票行動をみると、AfDは5年前の前回と比べて11ポイント高い16%を獲得した。これに対し、緑の党は23ポイント低い11%にとどまった。
欧州の若者は気候変動問題に敏感で、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんの名前にちなんで「グレタ世代」ともいわれてきた。
なぜドイツの若者の間で緑の党への支持が減り、逆に極右への支持が広がったのか。
ドイツの若者研究者であるサイモン・シュネッツァー氏=Facebookから
「多くの若者は自分たちの心配事がドイツの政府に真剣に受け止められていないと考えている。インフレ、高い住宅費用、そして移民。
AfDは(動画共有アプリの)TikTokを早くから使い、若い聴衆に目に見える形で訴えるのに成功した」。ドイツの若者研究者であるサイモン・シュネッツァー氏は筆者の取材にこう答えた。
緑の党に投票する余裕がなくなった若者も
緑の党の支持が減った理由については「一部の若者は(経済問題を理由に)緑の党に投票する余裕はなかった。
また緑の党のやり方に失望した若者もいる」という。緑の党はショルツ政権与党の一角を占める。政権入りしたことでかえって存在感を出せずにいるジレンマを抱えている。
ドイツの若年層の失業率は低下傾向にある。それでもインフレによる実質所得の伸び悩みに苦しむ若者は多い。
ドイツの私立大ハーティー・スクールのクラウス・ハレルマン教授らの調査によると、14〜29歳の65%がインフレに、54%が高い住居費に、それぞれ懸念を示した。
中道の主流派政党を批判してきたAfDはこうした民意の一定の受け皿となった。
仏極右「国民連合(RN)」前党首のマリーヌ・ルペン氏㊧と首相候補であるジョルダン・バルデラ
現党首は欧州議会選や国民議会選での躍進を喜んだ=AP
フランスでも若者が極右「国民連合(RN)」の支持を押し上げた。欧州議会選でフランス国内ではRNが第1党になった。仏テレビ局BFMTVによると、18〜34歳の32%がRNに投票した。急進左派の「不服従のフランス(LFI)」(20%)、フランス社会党(10%)を大きく上回った。
フランスの若者は国民議会選挙で左派連合(左から3番目)と極右「国民連合(RN)」(左から1番目)への投票意向が強い=FTから
国政選挙と欧州議会選は別物である点には注意が必要。
仏調査会社イプソスの6月下旬時点の世論調査によると、18〜24歳、25〜34歳が国民議会(下院)選挙の初回の投票先としてあげたのはLFIを含む左派連合が最多。
それでもRNは30%を超えて安定し、マクロン大統領が率いる与党連合を大きく上回った。7日の決選投票でも若者の投票行動は注目の的だ。
イタリアのメローニ首相が率いる極右「イタリアの同胞」(FDI)は欧州議会選でイタリア国内で第1党
となった=ロイター
似たような傾向は他のEU加盟国でもみられる。イタリアのメローニ首相が率いる極右「イタリアの同胞」(FDI)は欧州議会選で国内第1党になった。
オーストリアでも極右が第1党になった。欧州議会選と同日に投開票したベルギー連邦議会選挙では北部オランダ語圏の極右政党が議席を増やした。
政治不信で若者右傾化、「脱悪魔化」戦術と共鳴
ナイレ・ウッズ英オックスフォード大学教授は言論サイト「プロジェクト・シンジケート」への寄稿で「若者による外国人嫌い、反EU、超保守政党への支持の高まりは、反移民感情というより支配的な政治家に裏切られたという政治的感覚がもたらしている」と分析した。
ウィルダース氏が率いるオランダの極右・自由党は2023年の下院選で第1党となった=ロイター
若者の右傾化の兆しは2023年11月投開票のオランダ下院選にあった。反移民・反EUを掲げるポピュリスト(大衆迎合主義者)ウィルダース氏が率いる極右の自由党が第1党になった。
ウィルダース氏は移民のほか、住宅や医療問題などを生活に身近な問題に焦点をあてて選挙を戦った。
仏RNもEUやユーロ圏からの離脱といったかつての過激な主張を引っ込めた。その一方で、現政権が進めた受給開始年齢を引き上げる年金改革や、電気自動車(EV)推進策に反対するといった比較的穏健で現実的な路線へと軌道修正したのが成功した。
「脱悪魔化」といわれる極右による政策の変更は、経済の現状への若者の不満と共鳴したようだ。インフレを背景に若者によるバイデン米大統領への支持が低下した米国の姿とも重なる。
SNSを巧みに活用、若者支持を掘り起こし
もう一つ見逃せないのは、極右政党・政治家の巧みなSNS活用だ。特に若者に人気なのがTikTok。仏RNのバルデラ党首は約180万人のフォロワーがいる。
ドイツではAfDのフォロワー数は、他のすべての政党が抱えるフォロワー数の合計を上回るといわれる。ショルツ独首相がTikTokを活用し始めたのが今年4月。時すでに遅しだった。
「若年の有権者はYouTube、TikTok、インスタグラムに多くの時間を費やしている。米国の若者は1日平均で4.8時間を費やしている。
不満を抱く若者の支持を勝ち取るため、政治指導者は若者が信じることができる未来を提示するとともに、若者が使っているメディアを受け入れなければならない」とウッズ氏は指摘する。
欧州議会選、仏国民議会選挙の決選投票、今秋のドイツ東部3州の議会選挙を経て、欧州政治は独連邦議会選挙が実施される25年秋、仏大統領選が予定される27年に大きな節目を迎える。
「右傾化・保守化の傾向はしばらく続く」(シュネッツァー氏)か。そして欧州と大西洋を挟んだ米国で今年11月、トランプ前大統領が大統領への返り咲きを決め、共振するか否か。国際協調やリベラルな世界秩序は大きな岐路を迎えかねない。
【関連記事】
日経記事2024.07.03より引用