中西部オハイオ州ヤングスタウン郊外の工場地帯にあるバー「ロッソ」
5月末、米国中西部のオハイオ州ヤングスタウンの郊外を訪ねた。ここは鉄鋼産業で知られるピッツバーグや、自動車の街デトロイトとも地理的に近く「ラストベルト(さびた工業地帯)」と呼ばれる地域のなかにある。
人けのない工場地帯の一角にたたずむバー「ロッソ」に足を運んだ。近くにはかつてゼネラル・モーターズ(GM)の工場があったが、その跡地には数年前に台湾企業の電気自動車(EV)関連工場などが入っている。
地域の労働者はもともと民主党支持が多数派だった。だが、2016年のトランプ前大統領が登場し、保護主義的な政策を相次ぎ打ち出したあと共和党色が強まった。
「トランプ化」した町として知られるヤングスタウンで、老舗バーに集まる製造業の労働者たちに本音が聞けないかと考えた。
午後4時過ぎには仕事帰りの労働者で店内はいっぱいに。何人かと政治の話をして、閉店間際まで残ったのは私一人だった。すると女性マスターがおもむろに話しかけてきた。
「『政治には触らないこと』これが母から受けた教えよ」
他の客とのやりとりを見ていたのだろう。途中で止められることはしなかったが、政治の話題を持ち込んで欲しくないという思いを感じた。
私は有権者の生の声を聞くために、地域で根付いてきたレストランやバーを探して歩くことが多い。昼に向かったのは、市内中心部で100年以上続いたレストラン。ここの男性マスターは民主党支持者だという。
「トランプ支持がすっかり広がってしまった。でも、また彼が大統領になったら米国の分断は最悪なものになる。俺は反対だ」。本音を話してくれたマスターだが、一人の客が入ってくると話はぴたりと止まった。
「もうだめだ。政治の話はしないでくれ。彼はMAGA(トランプ支持者の呼称)なんだ。またケンカになる」
製造業が栄えたこの一帯でも、ヤングスタウンは象徴的な街だった。労働組合の影響力は強く、加入する労働者たちは結束して民主党を支持してきた。
長年、組合員として民主党を応援してきたジノ・ディファビオさんは16年からトランプ支持者に変わった。ディファビオさんに同調した友人の一人は、民主党を支持する職場の上司から「裏切り者」として追い出させられそうになり裁判になったという。
「かつては仲間だった」という事実が余計に、人前で政治の話をしづらくする空気を作っているのだろうか。
異なる意見を自由に交わそうとする雰囲気はそこにはなかった。気まずさが漂うバーカウンターで今の米国の断片を感じた。
オハイオ州東部のマホニング郡の共和党本部の前にかけられた看板
日経記事2024.07.06より引用