筆者を「(ギリシャ神話に出てくる凶事の予言者)カサンドラ」と呼んでくれていい。実際にそう言う人は多くいる。だが筆者は早くもトランプ次期政権下でいつかは必ず起きる景気後退を心配している。
イラスト Matt Kenyon/Financial Times
確かに今はトランプ氏による規制緩和と減税への期待で、つかの間の高揚感が市場を包み込んでいる。
しかし歴史に照らせば米国は既に景気後退と市場の大幅な調整に見舞われるはずの時期を過ぎており、トランプ政権の誕生によりそのリスクは一段と現実味を帯びつつある。
筆者が今からこれほど悲観的になっているのはなぜか――。
M&Aもブームに
バイデン大統領がつくり出し、トランプ氏が引き継ぐ今の強い米経済は拡大が続くと楽観できる理由は多くある、と反論するのは簡単だろう。
今のところ実質所得は増え、生産性も向上している。世界の製造業は回復に向かう見通しで、利下げも予想されているからだ。
加えてトランプ氏は赤字拡大を顧みずに財政拡張を進めるとみられる。バイデン政権が進めた反トラスト法(独占禁止法)の運用強化も撤回する方針だ。
よってM&A(合併・買収)ブームが起きるのは間違いなく、米国の資産価格は今後1〜2年、上昇する可能性が高い。
とりわけテックや金融(銀行はあらゆる買収案件の成立に力を入れている)、暗号資産(イーロン・マスク氏がお気に入りの仮想通貨「ドージコイン」についてツイートするたびに価格が上昇する)、
プライベート・エクイティ(PE=未公開株)、プライベートクレジット(ファンドによる融資)などの分野ではM&Aが増えそうだ。
ただ、現在の好景気は極めて人為的
しかし、たとえ民主党のハリス副大統領が大統領選で勝利していたとしても、筆者は今の市場を本当に動かしている要因については慎重に考えていただろう。
マクロ経済調査会社の英TSロンバードも最近の顧客向けメモで、こう指摘している。
「今の景気サイクルは『人為的につくり出された』ものだと常に感じてきた。
つまり、コロナ禍後の経済活動の再開や複数の財政刺激策に過剰貯蓄、リベンジ消費、さらに最近では移民や労働市場参加率の増加など、多くの一時的または一度限りの要因がけん引してきた」
実際、金融危機以降の低金利や大規模な金融刺激策、量的緩和策などを含め、過去40年の市場環境は人為的につくり出されてきた。今のトレーダーの中には、金利が高い経済を想像できない世代もいる。
数年前、金利が少し上昇するやドミノ倒し現象が起きた。23年の米シリコンバレーバンクの救済劇や、英国では22年秋に就任したばかりのトラス首相を辞任に追い込んだ英国債利回りの急騰を思い起こしてほしい。
懸念はMAGA支持者とウォール街・テック大手との衝突
トランプ氏が全輸入品に関税を課すことでインフレが加速することは実際にはないだろう、と筆者は考えている(ウォール街出身の政権チームのメンバーが、その結果起き得る市場の崩壊を黙って容認することはないだろう)。
だが、トランプ氏はさまざまな経済的、地政学的な利益を得るための取引材料として国内の消費市場を利用するだろう。例えばドイツが米国の対中政策と足並みをそろえなかったら、欧州から輸入する自動車への関税を引き上げる可能性はないか――。こうした取引はそれ自体がリスクをはらんでいる。
公約通りにトランプ氏が数百万人もの不法移民を国外退去させられるかも極めて疑わしい。多くのウォール街出身者らは、不法移民追放により生じる物価上昇圧力を抑え込もうとするに違いないからだ。
しかし、トランプ氏のスローガン「MAGA(米国を再び偉大に)」を支持する人々の願望と、PE関係者やテック大手が求めることとが根本的に食い違っていること自体が危険をもたらす。それは必然的に不安定あるいは予測不能な局面を招き、やがては市場に打撃を与える。
政策を巡る政権内の予期せぬ衝突は、金融リスクをもたらす一般的な要因と容易に重なり合って市場に大きな混乱を引き起こしかねない。
「金融危機発生すれば2008年より壊滅的に」
トランプ氏は既に甘くなっている様々な規制をさらに緩和する可能性が高い。今や高レバレッジのローンや未公開株投資が年金や個人投資家の運用資産のかなりの割合を占めるようになっているだけに、こうした投資の危険性が際立つ。
この危険には、銀行の資本増強規制が縮小されることもあり、金融の安定を目指す米非営利団体ベター・マーケッツのデニス・ケレハー代表が懸念している問題の一つだ。
「トランプ政権下で2年ほどは高揚感に満ちた好景気が続くだろう。だがその後は2008年(の金融危機)よりはるかに壊滅的な調整局面を迎える可能性がある。今の米国の金融システムは本質的に搾取的につくられているからだ」と言う。
暗号資産も危機の引き金になり得る。暗号資産に本質的価値はないかもしれないが、コロンビア大学のジェフリー・ゴードン教授(法律学)は、現実世界の資産や負債が暗号通貨建てで取引されるケースがもっと増えれば、それが実体経済に影響を及ぼす可能性があると警戒する。
「(法定通貨に連動する)ステーブルコインは額面を大幅に下回る可能性がある。プライム・マネー・マーケット・ファンドでも以前、同じことが起きた」とゴードン氏は指摘する。
とはいえ暗号資産市場でもし流動性危機が起きても、この市場には「最後の貸し手」がいない。つまり、多額の「仮想価値」が消滅し、現実世界ではあちこちで担保の没収や資金ショートが起きることになる。
マスク氏も金融リスクもたらす要因
マスク氏も金融リスクをもたらす要因となり得る。彼が率いる米電気自動車(EV)メーカー、テスラの株価はマスク氏とトランプ氏の親密な関係から現在は絶好調だ。
ただ、市場はいずれ中国の方がテスラよりはるかに低いコストでEVを生産できることに気づく。しかも米中対立が、中国でのマスク氏のEV生産能力に今後、影響する可能性もある。
また、共和党で強い力を握る石油業界の大物らがマスク氏の影響力に抵抗しないとすれば驚きだ。いずれにせよテスラ株は大打撃を受けかねないわけで、それはより大きなバブルを生んでいる人工知能(AI)などの分野に波及しかねない。
米国株に依然投資している筆者としては、こんな事態が起きなよう願っている。だが、その可能性を軽視することはできない。最近のワシントンは1920年代の狂騒と似た雰囲気に包まれている。
By Rana Foroohar
(2024年11月18日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
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