伊藤忠はベオグラード近郊に巨大な廃棄物処理・発電拠点を整備する(写真は建材のリサイクル設備)
バルカン半島の一角をしめるセルビアが日本企業から注目されている。ニデックや伊藤忠商事が相次いで工場の開設や環境設備の大型投資に踏み切った。
同国は東と西を結ぶ結節点に位置し、労働力の質は高くコストは低い。現地取材を踏まえてセルビアと日本の産業連携の可能性を探った。
東西結ぶセルビアに脚光
首都ベオグラードから北西にクルマで1時間。セルビア第2の都市、ノビサドで2023年5月に自動車部品工場を稼働させたのがニデックだ。
今年9月には創業者の永守重信グローバルグループ代表が訪れ、「現地の皆さんが工場の主役」とおよそ400人の従業員を鼓舞した。
自動車のパワーステアリングに使われる小型のモーターを生産し、全量を北隣のハンガリーにある独ボッシュの工場に納入している。
加えて近い将来、工場を今の4倍に拡張し、大型モーターやインバーターを一体化した電気自動車(EV)向け基幹部品のイーアクスルも量産する計画だ。欧州ステランティスなどの採用をめざす。
ニデックのセルビア事業を統括する川阪康樹氏は「欧州でも価格の高さからEV需要が伸び悩み、自動車各社は部品のコストダウンを重視し始めた。
同じ旧東欧のハンガリーなどに比べてもセルビアの人件費は安く、英語での意思疎通も容易。製造業の立地としては最適だ」という。
セルビアに熱い視線が注がれる理由は他にもある。欧州連合(EU)への加盟を申請しつつも、民族的につながりの深いロシアとの関係も良好だ。
さらに今年5月には中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が訪問し、秋波を送った。東西両陣営がセルビアをめぐっていわば綱引きをしているような形だ。
セルビア政府はこうした独自のポジションをしたたかに利用し、西へも東へもほぼ関税なしで自由に輸出入できる体制を整えた。これが企業にとっては魅力だ。日本企業の進出社数は23年に34社となり、5年前の1.4倍に増えた。
22年にベオグラード近郊に工場を開設したTOYO TIRE。海外事業部門の幹部は「セルビア政府の熱心な勧誘と潤沢な助成が進出の決め手だった」と振り返る。
同社は日本でもまだ使っていない最新鋭の生産設備をセルビアに導入し、欧州での製品イメージを大きく高めた。
英国の自動車専門誌が23年に公表したブランド調査では、静粛性や走りの安定感に優れる同社の「プロクセス・コンフォート」が30前後のブランドのなかで2位の高評価を獲得。
欧州での基盤強化に向けて順調なスタートを切ったといえる。
環境ビジネスで日本勢が存在感
広域経済圏構想「一帯一路」を進める中国の企業がセルビアにも大量に進出する中で、「日本ならでは」をアピールしやすいのが環境ビジネスだ。
伊藤忠商事が仏環境サービス大手ヴェオリアなどと組んで進める廃棄物発電プロジェクトは同国にとっても最重要案件の一つだ。
これまで首都ベオグラードから出る大量のゴミは郊外に野積みのまま放置されていた。悪臭だけでなく、ゴミの山から漏れ出す廃液が近隣のドナウ川に流れ込み、水質の悪化も懸念された。
伊藤忠などは解決に向け、ゴミを燃やして発電する「パワー・フロム・ウエイスト」の設備や建設廃材のリサイクル拠点を約680億円かけて整備し、25年間運営にあたる。
今年の夏に発電を開始。能力は3万3千キロワットで、市内の5%にあたる3万世帯の電力を賄う。ほかにも既存の埋め立て地から発生するメタンガスを燃料にした発電や、冬場には暖房用の熱供給にも乗り出すという。
計画段階からこの案件に10年近く関わる伊藤忠の原田光亮課長は「国際金融機関との資金調達交渉にはじまり、政令変更のための政府との折衝、電力公社との売電契約、ゴミの山からの廃品回収で生計をたてていたロマ人家族の生活再建支援までありとあらゆる仕事をこなした」という。
今年11月の開所式には同国の副首相も列席。首都から出る大量のゴミをほぼ一手に処理する日仏合弁の大型プロジェクトに期待を寄せた。
同国駐在の今村朗日本大使は「東西の間でバランスを取ろうとするセルビアはいわば欧州の『グローバルサウス』。日本企業の存在感が拡大し、地域経済や市民生活の改善に寄与することは、地政学的にも大きな意味がある」と指摘する。
「我々は東南ヨーロッパ」 ブルガリアも誘致に力
セルビアの東隣にあるブルガリアも企業誘致に熱心だ。10月に日本から派遣された企業ミッションを前に、同国のルメン・ラデフ大統領は「我が国の労働力は低廉で良質。ITに強い人材も多い」と熱弁を振るった。
ブルガリアと深いつながりを持つのが明治だ。1970年の大阪万博を機に連携し、長寿商品の「明治ブルガリアヨーグルト」を展開した。2024年10月には国営企業のLBブルガリカムと長期共同研究の契約を結んだ。
「日本から社員を派遣し、本場のブルガリアで未知の種菌を探索したい。ヨーグルトの新たな風味や機能性を追求する」と明治でマーケティングを担当する淡路大志氏は話す。
東芝も縁が深く、水力発電所の補修などを担っている。ブルガリアは原子力発電にも熱心で、それが商機になる可能性もある。
ブルガリアの人々は社会主義の灰色のイメージがつきまとう「東欧」という言葉を嫌い、「サウスイースト・ヨーロッパ(東南欧州)」を自称する。
東南アジアが日本にとって欠かせない経済パートナーになったように、欧州経済にとっても「東南ヨーロッパ」の重要性は今後増すだろう。
(編集委員 西條都夫)
日経記事2024.12.01より引用