「地方創生」を旗印に巨額のマネーが投じられて10年になる。地方の人口流出や過疎化は止まらない。何が問題で、処方箋はあるのか。
「上の世代の意見を聞くな」。高校・大学生社長時代の挫折を糧に、四半世紀にわたりまちづくりに取り組む一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス(AIA)の木下斉代表理事(41)に聞く。
「消滅可能性自治体」が全体の4割超に上るとの民間試算が公表された。多くの地域が衰退の流れから抜け出せていない。
危機意識が迫る変化、薄れる「成長幻想」
――危機の背景に人任せの意識があると批判してきた。地方の現状をどうみるか。
「マクロでみれば地方は人口が減り、経済圏が縮小している。数字の上では衰退は続く。一方で、高度成長期やバブル期といった過去の価値観にとらわれ、『今が不況なだけで黙っていてもよくなる』という余計な成長幻想がなくなってきた」
「地価高騰の記憶から『こんな家賃では貸せない』という団塊の世代の不動産オーナーらが引退し、空き店舗を借りてもらおう、移住者に来てもらおうという動きが出ている。若い世代も格段に起業しやすくなった」
――そうした変化はなぜ起きているのか。
「中堅若手にバトンが渡り、排他的な共同体の維持から、取り込めるものは取り込もうと意識が変わってきた」
「30〜40代なら長い期間で稼ぐため、投資して変えなければという意識になる。年齢が上がり『自分もあと10年』となれば投資はしない。銀行から資金を借りるのはしんどいし、ボロボロのビルのままでいいかとなる。若い経営者ほど業績は上がるという統計もある」
「危機感の差もある。北海道では自治体の首長が若返っている。集落の廃村が目の前にあるからだ。このままでは学校も家も何もかもなくなる。今まで通りや伝統と言っていられない。新しい時代に合わせようと、1世代で足りず2世代下に任せる例が出ている」
人口減少に合わせ、小さくても稼げるまちを
――世代交代にはエネルギーがいる。地域の覚悟が問われる。
「これまで通り郷に入れば郷に従えなんてやっていると、現役世代はいなくなる。経済的なパイは人口減少を上回るペースで減るはずだ。
注目される地域は移住者をどんどん入れたり、地域外にパートナー企業を増やしたりして伸びている。この10年ぐらいで差がかなり開いてきた。お金も一つの資源だが、人がいなければ何もできない」
「それでも小規模都市の変化には十分な可能性を感じる。大都市の方が重圧が緩く、今まで通りできるとみていないか。地方議会はデジタル化の動きが相次ぐ。国会では議員が官僚を呼びつけ、山のような紙の資料を届けさせている。東京が進んでいて地方は遅れているという考えはそろそろ変えた方がいい」
「多くの人材がとどまる東京レベルのメガシティーが首都として存在することは国家の存亡上、重要だ。韓国や台湾は優秀な人材が海外に出る。育休や時短勤務が進み、男女ともにフェアな働き方ができる地域は東京と大阪ぐらいだ。
東京はもっと賃上げすべきだし、もっとインフラ投資をして強くなるべきだ。地方に予算が偏重しすぎと思うところもある」
――それは詰まるところ東京一極集中の助長にならないか。
「何兆円という予算を充てても若者の都市への流出は止まらない。この流れを変えることは不可能だ。地方は残った人がいかに幸福に生活できるかを考えるべきだ」
「人口減だから駄目ではなく、『人口減に合わせた社会に変えよう』がテーマとなる。目指すは小さくても稼げるまちだ。世界的ワイングラスブランドのリーデルと協定を結んで地元ワインの世界展開を進める北海道余市町や、冬季に世界中からスキー客が訪れる同ニセコ町が好例となる」
商店街の共同出資会社社長に就任したのは高校3年だった。4年間で辞任に追い込まれた挫折を経て地域やまちづくりと関わり続け、全国を巡り稼ぐ大切さを訴えている。
成功事例神話はナンセンス、自治体は独自の戦略を
――地方が稼ぐ力を高めるために何が必要か。
「基本は値上げだ。値上げをしなかったことが賃上げできない一番の理由にある。地方で生き残っている会社は値上げをちゃんとやっている」
「値上げには客層のターゲットを決め、商売のラインアップを変える企画力が求められる。値下げで何かを削るのと比べ、何ができるかと前向きな発想が出る。そうした会社には人も集まる」
――そうは言っても値上げは簡単ではない。
「いいものを求める客を対象に商売が回れば値上げできる。高額な海鮮丼でも、インバウンド(訪日外国人)客は十分に価値を認めて買っている。ふっかけているという批判は必要ない。域外から訪れる人の期待に応え、しっかりお金を取れるところが伸びている」
「高付加価値化がいま議論となるが、まずはマイナスをゼロに戻し、プラスを考えることが大切だ。値上げの動きもあるものの、過剰に安売りしているものはまだ多い。海外から見た日本のすごさは1200年の歴史がある高野山(和歌山県)や各地に残る工芸品。本来持つ価値を認めることも一つだ」
「高野山ではナイトツアーが人気だ。宿坊の海外客を英語を使って無償で案内した夜の散歩がきっかけだった。今は値段を付け、値上げもしている。価値を認め、正当な価格に戻した一例だ」
――自治体にも自主性が求められる。国任せではいけない。
「自治体は自ら考え、独自の戦略を生むことが重要だ。成功事例神話はナンセンスだ。成功するのは差異化できているから。国が先進事例を紹介し、補助金を付けて広がった瞬間に陳腐化する。使い捨てで延々と次のネタを探すのは不毛だ」
「誘致主義も根強い。補助金を付けて外資系ホテルや大手ショッピングモールを連れてきても、お金は地元に落ちない。地域内の経済循環はどんどん小さくなる。自分たちで地域外から富を得ていかなければならない」
「都市経営プロフェッショナルスクール」を開き、自治体職員らの教育にも取り組む。前身からの卒業生は500人を超す。
「昭和100年」か「先駆的」か、問われるトップの姿勢
――なぜ人材育成を重視するのか。
「自治体には自前主義が欠けている。まちづくり計画や住民説明会の手配も外注し、コンサルティング会社に頼ってしまう。自分らで形にすればノウハウが身につき、外部への依存も減らせる」
――高校、大学の社長時代に苦労もあったと聞く。どう乗り越えたか。
「従来の事業を断念して新規事業に着手し、ようやく黒字がみえた社長4年目の株主総会のことだ。おじさんたちから『最初の話と違う』『分かるように説明しろ』と怒声を浴び、売り言葉に買い言葉で退任に至った」
「その後、国内外に足を運び、文献を読んで議論するなかで、自分のできることを見つけ、一緒にやれるところとだけやればいいんだと気付いた。若い世代は上の世代の意見を聞きすぎず、自信を持ってほしい」
――ご自身も40代だ。中高年はどうすべきか。
「地域再生に究極の一手はない。世代を超えて取り組む地域はヒットが出ている。上の世代は積み重ねた信用を生かして、地域へ関心が高い若手を後押ししてほしい」
「経営者らトップは過去にとらわれ昭和100年に向かっているのか先駆的か、ネットを通じた発信がつぶさにみられている。自分も中堅として、若者に嫌われないよう上に忖度(そんたく)しない姿勢を続けたい」
きのした・ひとし 1982年東京生まれ。高校在学中から早稲田商店会で活動し、2000年に全国商店街の共同出資会社社長に就任。同年、「IT(情報技術)革命」で新語・流行語大賞を受賞した。早大政経卒、一橋大院修了。09年にAIAを設立した。著書に「まちづくり幻想」など。
「強烈な世代交代」の効用(インタビュアーから)
木下氏は地域再生を実現する突破口として「世代交代を強烈に進める必要がある」と強調した。
高度経済成長期やバブル期を経て、地方は人材流出と稼ぐ力の低迷に悩まされてきた。行き詰まりが指摘されながら、長らく変わることができなかった。
木下氏は背景として、常にマジョリティーであり続けた団塊の世代の存在を挙げる。日本の経済成長をけん引した一方で、高齢になってからも一定層が過去の価値観にとらわれたまま力を保ち、変化の芽が出にくくなっていたとの見方だ。
上の世代が「学び続ける」重要性も説いた。「IT教育が必要なのは子どもだけか」。新しい技術や知識を新しい世代にのみ求める姿勢に疑問を投げかけた。
どこかの誰かがきっと地域の活性化策を考えてくれる――。それも幻想の一つだろう。地域が進むべき未来を描くため、世代に関係なく自ら知恵を絞ることが欠かせない。
(荒木望)
写真 川崎聡子、映像 小口隼、小倉広志