(写真はイメージ)
スマホの画面で小さい文字を追うとき、夜間に運転するとき、「見えにくさ」を感じることはないだろうか。
小さな異変を「年のせいだろう」と放置していると、視力を失う原因となる目の病気が悪化し、物を見る能力(視機能)を取り戻せなくなったり、全身の老化につながったりする。
40歳を過ぎたら、一生お世話になる大切な目の機能を維持するために、見え方を定期的にチェックしよう。
順天堂大学医学部眼科学教室先任准教授の平塚義宗氏に、加齢と視機能低下の関係や、視機能を確かめる10のチェックについて聞く。
「見えにくさ」を放置すると視機能の低下、全身の老化に
近くを見るときにぼやける、目が疲れやすい、本を読むのが苦痛になってきた、細かい文字を読み違える、夜間の運転が怖くなってきた――このような変化を「年のせいだから仕方ない」と放置していないだろうか。
老眼鏡やコンタクトレンズを使っている人は、最後に眼科を受診してチェックしてもらったのは何年前か、覚えているだろうか。
「ふと感じた見えづらさを『年のせいだろう』で片付けていると、緑内障、加齢黄斑変性など、視力を失う原因となる目の病気を見逃すことになります。
見えづらさを放置せず、目の機能の低下に気づくチャンスにしてほしい。目の病気の治療法は年々進歩しています。今からでもできることはたくさんある、とポジティブに捉えていただきたいのです」と言うのは、順天堂大学医学部眼科学教室先任准教授の平塚義宗氏。
確かに、血圧や血糖値、コレステロールなどの数値には敏感なのに、目の老化、というとピンとこない、理解できていない、という人は多いかもしれない。
それには、目の検査といえば視力検査くらいしか受けたことがない人が多いことが関係していそうだ。
「目の病気の早期発見につながる重要な検査といえば、眼球の後面にある網膜などを観察する眼底検査です。
日本眼科学会や日本眼科医会はその必要性を訴えてきましたが、40歳以上の国民が対象となる特定健康診査(特定健診、いわゆるメタボ健診)で眼底検査を受けられるのは、高血圧または高血糖があり、医師が必要と認めた人に限られています。その結果、受診者の18%しか眼底検査を受けることができていないという現状があります」(平塚氏)
加齢とともに起こる老視(老眼)、緑内障、糖尿病網膜症では、以下のような残念な現状が明らかになっている。
このように、目の健康が後回しにされがちである理由として平塚氏は、「年のせいだから仕方ないとあきらめている人のほか、『眼科は本当に困った症状が表れてから行くところ』という思い込みがあると感じています。
しかし、視力が失われる要因となる病気であっても、早期に適切な治療を行えば、視力を維持することが可能になってきています。とにかく早期に発見し、治療に取りかかることが重要なのです」と強調する。
目の機能低下は健康寿命を縮める
2019年に新たに視覚障害(視力や視野などに問題があり、見ることが全く、あるいはほとんどできない状態)と認定された人の内訳を見ると、80〜89歳が29.6%、70〜79歳が28.2%、60〜69歳が15.3%だった[注4]。
高齢者が多いことが分かるが、人生100年時代になった今、60代、70代で視力を失うのは早すぎる。しかも、視覚障害の人の率は2007年の人口当たり1.3%から2050年までに2.0%に増えるとされている[注5]。
視機能を失う人を減らすために、平塚氏も参画する日本眼科啓発会議は2021年、加齢に伴う視機能低下を「アイフレイル」という新たな概念として提唱した。
そして一般の人に向けて「40歳以上の人のためのアイフレイルガイド」を公開するなど、予防のための対策を呼びかけている。
アイフレイルとは、「加齢に伴い視機能が低下した状態、またはそのリスクが高い状態」のことを言う。
「アイフレイル」の「フレイル」という言葉は、年齢を重ねるとともに心身が弱った、健康と要介護の中間に位置する状態のことだが、視機能が低下する「アイフレイル」もまた、自立した生活を困難にする要因となる。視覚によって得られる情報は、外部から与えられる情報の8割以上を占めているからだ。
目の機能が低下すると、見たいものがはっきりと見えなくなる。読書や運転が難しくなる。
段差や階段がよく見えず外出がおっくうになる――このようなことが筋力・歩行機能の低下、社会参加の減少などにつながり、健康寿命を縮めていく。
認知症のリスクとも密接に関わる(囲み参照)。また、「目は全身の窓」と言われるように、目の血管は全身の健康状態を反映するため、目を観察することによって動脈硬化や糖尿病の悪化に気づくこともできる。
「メタボやロコモ[注6]という概念は、今や広く一般のみなさんに浸透し、予防のために生活の改善を心掛けている人が多いです。
フレイルという言葉も徐々に知られるようになってきました。これらと同様に、アイフレイルについてもぜひ理解していただきたいと思っています。
早めの眼科への受診や生活改善に意識を向けることで、目の機能を確実に、長く維持し、さらには全身の老化予防にもつなげていくことができます」(平塚氏)
そこで、加齢によって起こる目の機能の低下、注意すべき目の病気、それらを予防していくための有効な生活習慣について聞いていく。
【最新報告】「視覚障害」が認知症の修正可能なリスクファクターに
世界的医学誌ランセットの認知症に関する委員会は、2020年に認知症の12の修正可能なリスクファクターを発表、そこに2024年7月、「視覚障害」と「高LDLコレステロール」が加わった。
これにより14のリスクファクターは、
【人生の初期】低学歴(5%)【中期】難聴(7%)、高LDLコレステロール(7%)、外傷性脳損傷(3%)、うつ病(3%)、運動不足(2%)、喫煙(2%)、高血圧(2%)、糖尿病(2%)、肥満(1%)、過度の飲酒(1%)【後期】頻繁でない社会的接触(5%)、大気汚染(3%)、視覚障害(2%)となった。視覚障害は高血圧や糖尿病に匹敵する影響力の大きさといえる。
※( )内は各リスクファクターの人口寄与割合。出典:Lancet. 2024 July 30: S0140-6736(24)01296-0.
視機能低下を放置すると日常生活が制限されていく。加齢に伴う目の変化に、糖尿病や高血圧などの「内的要因」、紫外線や喫煙などの「外的要因」が加わって、視機能が低下していく。
そのまま放置すると、趣味の活動や外出などの自立した生活が制限され、要介護リスクが高くなり、健康寿命が短くなる(図:40歳以上の人のためのアイフレイルガイド<日本眼科啓発会議>)
●「加齢に伴う変化」が目の機能低下のベースとなる
アイフレイルのベースとなるのは、加齢による目の形態的変化や機能的変化だ。
例えば、目の血管が硬くなり動脈硬化を起こしたり、酸化ストレスによる慢性炎症が起きたり、視神経がもろくなったりする。網膜で光刺激の情報を処理する神経節細胞は30代に比べて70代では15〜20%ほど減少し、視野の感度低下につながる。
レンズのようにピント合わせをする水晶体は加齢により白く濁り(白内障)、目の表面の透明性を維持する角膜内皮細胞も減っていく。ピントを合わせる力やくっきりと見る力も低下していく。
●「外的要因」が目にストレスをかける
こうした加齢による衰えに、生活習慣や喫煙、紫外線、手術による侵襲、薬の副作用などの「外的要因」が拍車をかける。
見えづらさを感じても目に関する正しい情報が手に入らない、周囲に相談する人がいないといったことも、目の健康維持に負の影響を与える。
●「内的要因」も目にストレスをかける
もう一つの大きな要因が、糖尿病や高血圧、脂質異常症などの内的要因だ。
これらはいずれも視機能に関わる血管や神経の働きに悪影響を与える。「しかし、眼底検査をすることで、これらの病気のリスクを目から判断することもできます」(平塚氏)
2つの目は互いの機能を補完、異変に気が付きにくい
視機能低下の原因になる病気には、視界がぼやける「白内障」や、視野が欠ける「緑内障」といった目の病気がある。
これらの病名は聞いたことがある、という人も多いはずだ。しかし、自分ごととしてしっかり理解していないために、自分がそうした病気になる可能性を考えたこともない人は少なくないだろう。
中には、緑内障と診断され治療を始めたものの、「特に症状がないから」と点眼薬の治療などを中断した、という人もいるかもしれない。
平塚氏は、視機能を低下させていく病気の怖さは、「多くの場合、初期には全く自覚症状がないこと」だと話す。
「私たちは2つの目を持っているので、片目が悪くてももう片方の目がその機能を補填します。
その結果、対象のものが『 見えている』ことになってしまい、問題を感じにくいのです。緑内障で視野が本当に大きく欠けるのは、相当進行してからですし、糖尿病網膜症で目の奥が出血していても、中心に出血がなければ視力は落ちません。
詳しい検査をして、かなり進行している、という状態でも、本人はまったく自覚がないことが怖いところなのです」(平塚氏)
自覚症状がないまま視機能の低下が進行すると、病気の種類によって見え方は異なるが、「かすむ」「暗い」といった、下図のような「見えにくさ」となっていく。
こうなると自動車の運転が難しくなったり、字が読みづらい、転倒しやすいなど、日常生活にも支障を来すようになったりする。さらに、行動に制限が生まれ、外出機会が減る、一気に老け込む――ということになりかねない。
視機能が低下すると、見え方が変化していく。
はっきり見えていたものがぼんやりし、あざやかに見えていたものがかすむようになる。視界が暗く、狭くなっていくこともある(図:40歳以上の人のためのアイフレイルガイド<日本眼科啓発会議>)
目の異常を示唆する「10の変化」とは?
明らかな自覚症状がなくても、「見えにくさ」があると目には負担がかかっているので疲れやすくなり、以前よりも読書時間が短くなるなど、生活に変化が出る場合もある。
普段の身近な症状から視機能低下に気づいてほしい、と日本眼科啓発議の眼科専門医たちがディスカッションをして作ったのが、「アイフレイルチェックリスト」だ(下図)。
「10のチェック項目のうち2つ以上に該当すると、アイフレイルの可能性があります。
眼科医に相談し、眼鏡やコンタクトを調整したり、必要な検査を受けたりする、という行動につなげてください」(平塚氏)
チェック内容を総点検 項目から分かる目の老化、症状
「アイフレイルチェックリスト」の項目は、すべて目の老化に伴って起こる症状だという。どの項目にチェックが入ったら、どんな病気、状態の可能性があるのか。それぞれのチェック内容について平塚氏に解説してもらおう。
(1)目が疲れやすくなった
「眼精疲労、ドライアイ、老眼などによって、かけている眼鏡やコンタクトの度数が合っていない可能性があります」
(2)夕方になると見にくくなることが増えた
「長時間のパソコンによる眼精疲労で夕方になると見えにくくなる。あるいは、花粉症があって、原因となる花粉が飛散するピークが夕方の場合、花粉症の症状として見えにくさが出ている可能性もあります」
(3)新聞や本を長時間見ることが少なくなった
「小さい文字を追うのが難しくなるのは老眼によるもの。眼鏡やコンタクトを目に合う状態に調整する必要があります」
(4)食事の時にテーブルを汚すことがたまにある
「老眼によって近くにあるものが見えづらくなっていると考えられます」
(5)眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった
「近視、遠視、乱視など、網膜にピントが合わない屈折異常や、老眼が原因でしょう。眼鏡やコンタクトの度数を調整し直す必要があります」
(6)まぶしく感じやすくなった
「まぶしく感じるのは初期の白内障の代表的な症状です」
(7)はっきり見えない時にまばたきをすることが増えた
「目が乾燥するドライアイの症状です。まばたきを増やして涙で目を潤そうとします。
また、涙の下水道である涙道が加齢でせまくなることで涙が流れにくくなり外に漏れ出すのが流涙症(りゅうるいしょう)です」
(8)まっすぐの線が波打って見えることがある
「真ん中の見え方に問題がある場合、働いている人にストレスで起こりやすい中心性漿液(しょうえき)性脈絡網膜症や網膜の表面に薄い膜が形成される黄斑前膜などのことが多いです。
それ以外にも、加齢黄斑変性や糖尿病黄斑浮腫(視力をつかさどる網膜の黄斑にむくみができる)などの病気の可能性があります」
(9)段差や階段が危ないと感じたことがある
「視野が欠損する緑内障の可能性があります」
(10)信号や道路標識を見落としそうになったことがある
「これも、視野が欠損する緑内障の可能性があります」
この「アイフレイルチェックリスト」は、医学的な信頼度が高いことが2024年に実証されている[注7]。
目の疾患のある人と正常の男女2656人(平均年齢62.4歳)を対象に行った研究で、「チェックリストで10項目中2項目以上に該当すること」と「アイフレイルが認められること」に、統計学的に有意な関連があることが示されたのだ。
「健康診断で行われる視力検査だけでは、目のことはなかなか分かりません。視力が良くても安心ではありません。
アイフレイルにいち早く気づくためにも、10のセルフチェックを定期的に行いましょう。様々な研究から、視覚障害があると、健常な状態からフレイルになりやすいことが分かっているので(囲み参照)、できるだけ早い健常な段階から視機能低下に対応することが重要です」(平塚氏)
人生100年時代、視覚は一生大切に守りたい機能であることが今回の記事で納得いただけたはずだ。これからの人生、はつらつとアクティブに過ごすには、目の機能の維持が欠かせない。
「視機能低下」と「全身の老化」の関係を示すエビデンス
アイフレイル(視機能の低下)がフレイル発症のリスク因子や健康寿命延伸の妨げとなることを示すエビデンスは国内外で複数報告されている。
●見えにくさと「身体的フレイル(筋力や足腰の衰えなど)」
米国と英国の老年医学会と米国の整形外科学会から出されている「高齢者の転倒予防ガイドライン」では、視覚障害によって転倒のリスクは2.5倍になると報告されている[注8]。
日本における疫学データでも、1年間に5.4%の高齢者が2回以上の転倒を経験するが、見え方が良くなると転倒は20%減少することが明らかになった[注9]。
65歳以上の高齢者512人を対象に、見え方と身体活動量の関連を検討した研究では、見え方の悪い女性は、良い女性に比べて中高強度の身体活動量と歩数が少なく、男性では見え方が悪い人は座っている時間が長くなった[注10]。
転倒リスクを軽減したり、身体活動量を維持したりするには、よく見えていることが大切なのだ。
●見えにくさと「社会的フレイル(就労、外出、社会参加の減少)」
見えにくさは社会参加(会やグループへの参加)にも悪影響をもたらす。よく見えている人は社会参加が1.6倍になり、見えにくいと0.6倍になること、見え方が悪いと、スポーツや趣味など身体活動を伴う活動が大きく減少することも平塚氏は研究により確認した。
「高齢者問題の核心は社会参加の低下による孤立です。社会参加が減り、孤独になるとフレイルも悪化します。高齢になったとき、社会参加を維持するためにもよく見える目を保つことは重要です」(平塚氏)
●見えにくさと「精神的フレイル(うつ、認知機能低下など)」
視機能は認知機能とも関連が強い。
平塚氏らは、白内障手術を受けた人たちを認知症グループ(39人)と、軽度認知障害(MCI)グループ(49人)に分け、白内障手術前と手術後3カ月の認知機能を測定した。
その結果、「認知症になってからよりも、程度の軽いMCIレベルで白内障手術を行ったほうが認知機能が2.9倍改善しやすくなることが分かりました」
平塚義宗氏
順天堂大学医学部眼科学教室 先任准教授。1992年山形大学医学部を卒業後、2000年米国Johns Hopkins大学院公衆衛生学修士、順天堂東京江東高齢者医療センター先任准教授(臨床)などを経て、2015年より現職。
国立保健医療科学院客員研究員も兼任する。網膜や硝子体の疾患、白内障などを専門とするほか、眼科における公衆衛生、医療経済についても研究を重ねている。
日本眼科学会眼科専門医。日本眼科啓発会議メンバーとしてアイフレイルの普及活動を行う。
(まとめ:柳本操=ライター)
[日経Gooday2024年8月16日付記事を再構成]
日経記事2024.12.12より引用