落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(5) 第一話 ベトナムがやってくる ⑤

2018-12-01 16:46:00 | 現代小説
北へふたり旅(5)

 

 
 「落とし穴がある?」

 「いろいろ引かれます。
 家賃、保険、税金、水道光熱費などで、まず5万円がひかれます。
 住民税は2年目以降、ドンとあがります。
 それを見越して一年目から、高めに徴収されます」

 「5万円ひかれると残りは14万2千円。まだ余裕はあるな」

 「食費と雑費で、4万円くらい消えます。
 ここまでで、102,654円。
 この金額がとりあえず、実習生の手元に残ることになります」

 「月10万円か。
 3年間35ヶ月はたらいて、350万円が手元へのこる計算だ。
 待てよ。まだ負債がある。
 出国時に背負った借金の100万円と、管理団体の初期費用の40万がある。
 これらを清算すると、残りは210万。
 なんだか微妙な金額になってきたなぁ」

 「引き算はまだつづきます。
 家族のいるベトナムへ送金しなければいけません。
 月に3万円ずつ送ると35ヶ月で、105万円が手元から消えます。
 家を建てるために貯金していればいいのですが・・・
 たぶん便利に使ってしまうでしょう」

 「踏んだり蹴ったりだな、実習生も・・・。
 となると手元に残るのは115万円。ずいぶん少なくなってきたなぁ」

 「帰国するときの土産代も馬鹿になりません。
 携帯電話やパソコンを買っていくと、30万から50万が消えてしまいます」
 
 「なんだい。そうなると3年後の実習生に残るのは、50万から80万だ。
 悲惨になってきたなぁ。
 いったいなんのため、汗水たらして日本で働いたんだ」

 「いまのケースは、恵まれた例です。
 最低賃金以下の時給700円や、600円で働かされたケースもあります。
 むしろ、そういう例のほうがおおいかもしれません」

 「いろいろ問題になっているからね。
 実習生をとりまく実態は」

 「ベトナム出身の女性実習生が、厚生労働省へ手紙を書きました。
 勤務時間は8時から5時、残業は5時半から9時半まで。
 そのあとも仕事があり、そのときは服を手で縫います。
 毎月の給与明細はありません。
 わたしの基本給は6万円。
 残業は時給400円。給料は月に12万円。
 ベトナムでサインした契約書では、基本給は食費別で8万5,000円でしたが、
 実際の給料は6万円です。
 ベトナムの送り出し機関に電話したけれど、電話に出なかった。
 ベトナムで契約した給料と違います。
 監理団体からは「ベトナムの会社のことはわからない」と言われた。
 道理にあわないので、この手紙を書きました。
 氷山の一角です。こんな話は・・・」

 (6)へつづく