落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(17) 第二話 チタン合金 ⑦

2019-04-01 17:41:43 | 現代小説
北へふたり旅(17) 




 「折れたみたい」妻がつぶやく。

 「お・・・折れた!。ホントか。どこだ!」

 「手首。いうことをきかないの。ぜんぜんダメ」

 手首をささえた妻が、カートの後部座席へ座り込む。
手首は腫れていない。色も変わっていない。
しかし。折れたという右手は、妻の左手のうえでぐったりのびている。

 「だって君、2打目を打ったじゃないか。たったいま」

 「打った瞬間はっきりわかったの。かんぜんにダメだって」

 「い・・・痛くないのか!」

 「う~ん・・・しびれているからよくわかんない」

 尻餅をついたとき、右手がとっさに身体をかばったらしい。
そういえば妻の右手が地面をたたいたのを、見たような気もする。
そうと解れば躊躇している暇はない。
呼び出しのマイクを握る。
 
 「けが人が出ました。至急対応をお願いできますか」

 「はい。場所はどこでしょうか?」

 「ナンバー3のモンスター回廊。2打地点です。
 斜面で滑りました。
 転倒したさい、右の手首を骨折した可能性があります」
 
 「わかりました。すぐお迎えに行きます。
 そのまま前進していただいて、4ホール目のティグランドで合流しましょう」

 4ホール目は打ち下ろしのショートホール。
そこでプレーヤーのカート道路と、コース整備用の作業道が交わっている。
クラブハウスからやって来る、いちばんの近道になる。

 タオルを冷水で浸し、患部へ当てる。
氷をいれたミネラル水が、こんなところでやくに立つとは思わなかった。
事態に気付いて12歳年下美女と、ライバルの美女が飛んできた。

 「だいじょうぶ?」

 「わたしの打ったボールのせいで、怪我させちゃったみたい。
 ごめんね、ママ。痛くない、大丈夫?」

 12歳年下美女が、くしゃくしゃの顔で妻を覗き込む。

 「だいじょうぶ。あなたは気にしないで。
 斜面で足を滑らせたわたしが悪いんだから。」

 「でも・・・わたしがミスしたせいで、こんなことになっちゃった。
 わたしのせいでママに、痛い思いをさせちゃったのよ・・・」

 「もう救助を呼んだ。
 その先の交差地点へ、クラブハウスから救援がやって来る。
 君たちは気にしないで、プレーをつづけてくれ」

 ゴルフ場の対応は早かった。
わたしたちのカートが合流地点に着く前に、救助のカートが姿を見せた。

 「ほら。救助のカートがやってきた。
 君たちは気にしないで、プレーをつづけてくれ」

 「だって・・・」

 「みんなで病院へ行っても仕方ないだろう。
 いいからプレーをつづけてくれ。
 あとで連絡をいれるから」

 (18)へつづく