落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(71) 函館夜景⑥

2020-01-25 17:16:25 | 現代小説
北へふたり旅(71) 

 
 路地へ入ったところで、提灯を見つけた。


 「やきとり」と書いてある。
カウンターに数人。その奥に空いているテーブル席が見える。
10人も入れば店は満席だ。


 「レトロだね・・・どうする。此処でいい?」


 「地元の人、御用達という雰囲気です。
 いいわ。面白そう」


 カラリとガラス戸を開ける。
「らっしゃい」。すかさず大将の声が飛んできた。
「テーブルいいですか?」。奥を指さす。
「指定席はありません。全席自由席です」。女将が笑顔をむける。


 (打てば響くような対応で、じつに気持ちいいね)


 (あなたは無愛想でしたからねぇ。大違いです)うふふと妻が笑う。


 「え・・・そんなに無愛想だったか?。俺」


 「男は背中で仕事する、を地でいっていました。
 背中を向けて調理している姿を、素敵と言ったお客もたくさんいました。
 あなたくらいです。背中で人気を稼いだのは。うふっ」


 女将がメモを片手にやってきた。


 「なににしましょう?。
 内地からですね。お2人さまは」


 「えっ、どこでわかりました。内地からだって」


 「奥様に栃木のなまりがあります。
 栃木から来た建設員のかたが、ついこの間まで呑みに来ていましたから」


 駅に降りた時の光景を思い出した。
函館の街はいま、ホテルの建設が真っ盛り。
どの方向も工事用のシートに覆われたビルがある。
工事現場から絶え間なく、ドリルの音がひびいていたし、
資材を積んだトラックが頻繁に出入りしていた。


 「尻上がりのイントネーション。それが栃木の人の特徴です。
 旦那さんは違いますね。言葉の尻があがりませんから」


 「おなじ北関東ですが、ぼくは群馬です」


 「ぐんま・・・はて、ぐんまって何処でしたっけ?」


 女将が首をかしげる。
群馬県がどこに有るのか知らないらしい。無理もない。
群馬・栃木・茨木、北関東の3県の知名度は低い。
日光の東照宮や、草津温泉はよく知られているが、それが栃木や群馬に
有ることを知っている人はすくない。




 「とりあえず焼き鳥をください」


 「豚にしますか。鳥にしますか?」


 えっ。やき鳥だから、串に刺さっているのは鶏肉のはずだ。
しかし。道南ではやき鳥といえば、四角にカットされた豚肉の串焼きを指す。


 「せっかくです。豚のやきとりにしてください。
 お酒は地元の物をお願いします」


 「はい」と女将がカウンターの向こうへ消えていく。


 「このあたり一帯のやきとりは、鶏ではなく豚肉なの?」


 妻が小声で聞いてくる。


 「そうらしい。
 あ・・・思いだした。
 札幌には有名なハセストのやきとり弁当がある」


 「はせすとのお弁当? 何それ?」


 「ハセストに注文するけど食べる人いるー?」
お昼時になるとこんな会話が職場で飛び交う。
「ハセスト」は道南に展開するコンビニチェーンの「ハセガワストア」のこと。
このストアの名物が、ソウルフードのやきとり弁当。


 やきとり弁当というものの、ご飯の上にずっしり豚肉がならんでいる。
甘からいタレに食欲がとまらないという。


 (たしか関東にも有ったな。
 やきとりが豚肉というご当地名物が・・・
 何処だっけ・・・。埼玉県のどこかだったような気がするが・・・)
 
 (72)へつづく