上州の「寅」(3)

寅は都内の大学へ進学した。
住んだのは八王子市。アパートの窓から多摩丘陵が見える。
「グラフィックデザイナーになりたい?。
どんな仕事じゃ。いったいそれは」
「広告や看板、チラシなどをデザインする仕事です」
「広告?、看板?。看板屋になりたいのか。おまえは」
「看板屋じゃありません。いろいろデザインする仕事です」
「絵描きになるのが夢だったはずだ。気持ちが変ったのか?」
「芸術は食えません」
「賢明な判断だ。デザイナーになるための学校なんか有るのか?」
「多摩にあります」
「高尾山のふもとだな。ハイキングに行くときの宿泊に便利だ。
いいだろう許可する。看板屋の学校へ行け」
「だから、グラフィックデザイナーだって・・・もう」
父のひと声で、造形大学への進学が許された。
寅の熱意がつうじたわけではない。
ハイキングに凝り始めていた父が、高尾山の魅力にひかれただけだ。
しかしこのひとことで寅のデザイナーへの道がひらかれた。
ここまで、長いとん挫の歴史があった。
ピアノでとん挫し、柔道でつまずいた寅が、つぎに選んだのはスイミング。
それもまたわずか3ヶ月で挫折した。
バイオリンならどうかと通いだした。これも半年で終わりになった。
ギターを習い、サッカーへ通ったが、またまた長続きをしなかった。
13回ほど挫折したあと、絵画造形へたどりついた。
きっかけは単純だった。
寅がたまたま描いた絵が、父の目にとまった。
「これはなかなかいい画だ。才能を感じる。ピカソの生まれ変わりだ」
「そうですか。わたしにはただの落書きにしか見えませんが」
「抽象画なんてものはそんなものだ」
「抽象画ですか・・・

寅は都内の大学へ進学した。
住んだのは八王子市。アパートの窓から多摩丘陵が見える。
「グラフィックデザイナーになりたい?。
どんな仕事じゃ。いったいそれは」
「広告や看板、チラシなどをデザインする仕事です」
「広告?、看板?。看板屋になりたいのか。おまえは」
「看板屋じゃありません。いろいろデザインする仕事です」
「絵描きになるのが夢だったはずだ。気持ちが変ったのか?」
「芸術は食えません」
「賢明な判断だ。デザイナーになるための学校なんか有るのか?」
「多摩にあります」
「高尾山のふもとだな。ハイキングに行くときの宿泊に便利だ。
いいだろう許可する。看板屋の学校へ行け」
「だから、グラフィックデザイナーだって・・・もう」
父のひと声で、造形大学への進学が許された。
寅の熱意がつうじたわけではない。
ハイキングに凝り始めていた父が、高尾山の魅力にひかれただけだ。
しかしこのひとことで寅のデザイナーへの道がひらかれた。
ここまで、長いとん挫の歴史があった。
ピアノでとん挫し、柔道でつまずいた寅が、つぎに選んだのはスイミング。
それもまたわずか3ヶ月で挫折した。
バイオリンならどうかと通いだした。これも半年で終わりになった。
ギターを習い、サッカーへ通ったが、またまた長続きをしなかった。
13回ほど挫折したあと、絵画造形へたどりついた。
きっかけは単純だった。
寅がたまたま描いた絵が、父の目にとまった。
「これはなかなかいい画だ。才能を感じる。ピカソの生まれ変わりだ」
「そうですか。わたしにはただの落書きにしか見えませんが」
「抽象画なんてものはそんなものだ」
「抽象画ですか・・・
いったいなにを書いたのでしょう。寅は」
寅はパンダを書いた。
寝そべったパンダ。しかし輪郭は崩れ、目の周りも白いままだった。
まったくもって不可解な一枚が、なぜか父から好評を得た。
(不覚だった。寅には絵の才能があったのか・・・またとない大発見だ)
真相を知られることもなく、寅は絵画教室へ通うことになった。
年の暮れがちかづいた頃。母から電話がかかって来た。
「寅。今年は帰ってこないでね。
銀婚式ということで、ことしの年末年始は父さんと2人でハワイです。
長女はスキー場でアルバイト。次男は部活で帰らないとのこと。
ということで実家は留守です。
あんたは好きに自由に過ごしてね。じゃあね」
と電話が切れた。
「なんや。誰もおらんのか。じゃ家へ帰っても仕方ないか。
学友どもはみんな実家へ帰省中。
遊んでくれそうなやつは、おれのまわりに誰もおらん。
なんとも暇じゃのう。ことしの年の暮れは・・・退屈だな。
まいったのう」
(4)へつづく
寅はパンダを書いた。
寝そべったパンダ。しかし輪郭は崩れ、目の周りも白いままだった。
まったくもって不可解な一枚が、なぜか父から好評を得た。
(不覚だった。寅には絵の才能があったのか・・・またとない大発見だ)
真相を知られることもなく、寅は絵画教室へ通うことになった。
年の暮れがちかづいた頃。母から電話がかかって来た。
「寅。今年は帰ってこないでね。
銀婚式ということで、ことしの年末年始は父さんと2人でハワイです。
長女はスキー場でアルバイト。次男は部活で帰らないとのこと。
ということで実家は留守です。
あんたは好きに自由に過ごしてね。じゃあね」
と電話が切れた。
「なんや。誰もおらんのか。じゃ家へ帰っても仕方ないか。
学友どもはみんな実家へ帰省中。
遊んでくれそうなやつは、おれのまわりに誰もおらん。
なんとも暇じゃのう。ことしの年の暮れは・・・退屈だな。
まいったのう」
(4)へつづく