レビ記3:1
『もしそのささげ物が和解のいけにえの場合、牛をささげようとするなら、雄でも雌でも傷のないものを主の前にささげなければならない。』
神様は、傷もなくきよいささげものを求めておられます。形式的、習慣的なささげものに対して主は次のように語りました。
イザヤ書1:13
『もう、むなしいささげ物を携えて来るな。これにわたしは耐えられない。』
今は、昔のようにいけにえを神にささげることはありません。しかし今は、次のささげものを主が求めておられます。
ローマ12:1
『そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。』
すなわち神に礼拝をささげる礼拝者として、心も体も聖くして主の前に出ることです。
私たちの心がささげものなら、それを受け取って主は何と仰せられるでしょうか。
その心が傷のない聖いささげ物になるでしょうか。
【祈り】
主よ。主は私たちの心を見ておられる方です。心が汚れで満ちているなら、神が喜ぶささげものにはなれません。日々汚れを捨てて、ますます聖い者になります。
【聖句をノートに書きましょう】
-傷のないいけにえ-
- エゼキエル書46:13
- ヘブル10:22
- 第1ペテロ1:19
- 詩篇51:17
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