YouTubeが台湾を国として表示し、一国主義の中国が拒否反応を示したとき、赤井はあとは涙ながらの謝罪配信を行った。
これも一つの解だなと感心した。
物事を論理的に考えれば、配信者にはまったく非はない、ただの感情論の暴発なので、その感情を抑えるための涙を込めた謝罪は非常に効果的なんですよ。
桐生ココは謝罪はしたけれど、そこまでは行わなかった。
結果として、桐生ココへのスパムは止まらなかった。
お互いに精神を蝕まれていたと思う。
桐生ココはそれでも明るく振る舞うことを選び、赤井はあとは非常にダークなダウナー配信を選んだ。
赤井はあとが罪悪感を感じているとすれば、それはまったくないのだけれど。
お互いが対照的な正解を導き出したという多様性があった。
アイドルとして、未来と将来に希望を抱かせる、という5手10手先を見ていた(のかもしれない)桐生ココへの敗北感とかあるのかもしれないけれど。
それも偶然かもしれないし、いずれにしてもそれと引き換えに、異常なストレスと戦わなければならない状況に陥るリスクはあるわけで。
どっちにしてもいわばどんなに安全運転していても、赤信号で飛び出してくる人にはどうしようもない交通事故みたいなもので、悔やんでも仕方ないことなんですが。
これは自業自得に対しての、他業自得であって、他人のしでかした間違いを自分が全部処理しなければならないという、世の中ではよくある理不尽な清掃作業ですよ。
例えば他人の吐瀉物を処理するという、やってられない作業の一つ。
それで自分を責めてはいけないし、他人を責めて、世の中に絶望して反逆しても、誰も気づいてくれないというジレンマばかりになる。
誰も責任取らないので。
ただ、永遠に続くと思うような、その苦しい状況はいずれ乗り越えられる。
そしてやっと自他ともに、大変な状況をくぐり抜けた、すごい人だと認識できる。
3手先、5手先に起こるイベントの時期と内容が変わってくる。
だから、やめてもいいし、休んでもいい。
それは個々の自由だから。