年齢職業関係無くね。
「あんた、言うてることちゃうやん!?」
と言いたくなるシーンは日常生活でよくありまして。
子供の頃の学校の同級生や先生。
会社での同僚や上司部下。
そう思わない人のほうが少ない。
政治家やコメンテーターもね。
「言ってること違わない?」
というシーンが、よくありますよねぇ。
「どうして一番じゃなきゃいけないんですか!?」
最先端の研究はトップ目指さないと研究価値落ちますし。
第一、党首って(以下略)
かく言う私自身もその一員という自覚はありまして。
他人に指摘されて訂正していくのは、指摘する人もされる人もしんどい。
自分である程度まとめて出して、あとから見返す。
そんなことのためにブログを使っています。
ただね、どんな理屈も前提が変わると結論も変わるんですよ。
ここから先は仮の例。
ひどい猟奇的犯罪者がいたとする。
ところがその彼(彼女)は毎晩のように親からレイプされていた。
避妊もせずに、子供が生まれたら放置遺棄。
真の犯罪者は誰か?
この辺まで行くと、一般大衆の思考回路は停止しますよね。ひどすぎて。
起こる出来事の全ては理性の範囲内ではないので、原則と例外は分けて考える必要があります。
能動的に作り出す状況と、行わないことで起こる不利な状況。
組織や環境によってもたらされる後戻りできない状況。
個人の体質や気質によって制限される行動。
それら複数の要因が同時並列に起きて、人の意思決定はされるので、行動は一意ではないのです。
「言うてることとやってることが違うやないか!?」
と言いたいシーンもあるけれど、その意思決定をしている当人の環境と思考とは同一になれないので、「そうなんか」としか言いようがないのです。
どうしても突発的にウソが先に出てしまう病気もあるらしいので、要注意なのですが。
私は自分の中での論理整理をするためにブログを活用しています。
「あんた、言うてることちゃうやん!?」
と言いたくなるシーンは日常生活でよくありまして。
子供の頃の学校の同級生や先生。
会社での同僚や上司部下。
そう思わない人のほうが少ない。
政治家やコメンテーターもね。
「言ってること違わない?」
というシーンが、よくありますよねぇ。
「どうして一番じゃなきゃいけないんですか!?」
最先端の研究はトップ目指さないと研究価値落ちますし。
第一、党首って(以下略)
かく言う私自身もその一員という自覚はありまして。
他人に指摘されて訂正していくのは、指摘する人もされる人もしんどい。
自分である程度まとめて出して、あとから見返す。
そんなことのためにブログを使っています。
ただね、どんな理屈も前提が変わると結論も変わるんですよ。
ここから先は仮の例。
ひどい猟奇的犯罪者がいたとする。
ところがその彼(彼女)は毎晩のように親からレイプされていた。
避妊もせずに、子供が生まれたら放置遺棄。
真の犯罪者は誰か?
この辺まで行くと、一般大衆の思考回路は停止しますよね。ひどすぎて。
起こる出来事の全ては理性の範囲内ではないので、原則と例外は分けて考える必要があります。
能動的に作り出す状況と、行わないことで起こる不利な状況。
組織や環境によってもたらされる後戻りできない状況。
個人の体質や気質によって制限される行動。
それら複数の要因が同時並列に起きて、人の意思決定はされるので、行動は一意ではないのです。
「言うてることとやってることが違うやないか!?」
と言いたいシーンもあるけれど、その意思決定をしている当人の環境と思考とは同一になれないので、「そうなんか」としか言いようがないのです。
どうしても突発的にウソが先に出てしまう病気もあるらしいので、要注意なのですが。
私は自分の中での論理整理をするためにブログを活用しています。