社会主義(共産主義)や民主主義、自由資本主義などいろんな社会モデルが世の中には存在します。
2015年に、「一億総活躍社会の実現」が首相官邸ホームページにて掲載されています。
- 若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会
- 一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会
- 強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済社会システム
うーん。素晴らしい。
素晴らしい社会主義。
自由資本主義なんかね、勝者と敗者が出てしまうので、良くないんですよ。
勝つか負けるか。
アメリカなんかしっかりとした資本主義ですから。
個人の選択のすべては個人責任なわけ。
勝とうが負けようが、すべての責任は個人にある。
日本人はそんなこと考えなくていいんですよ。
実際私はカール・マルクスの「資本論」も、社会主義も共産主義も、本格的に勉強することなく約半世紀生きることができたし。
なんとなく、
「日本は民主主義です」
「日本は自由経済主義です」
「社会主義とか共産主義は知る必要もないし、どちらかと言えば悪です」
と教えられて生きてきましたし。
自分たちが、非常によくできた、理想的社会主義国家、もしくは理想的共産主義国家の一員だとは思ってもいないわけです。
日本型社会主義 - Wikipedia とか、 日本株式会社 - Wikipedia ともいわれるのですが。
だから、社会制度に全く疑問を持たずに、社畜だったり国畜だったり、いろんな呼び方があるけれど、会社のため社会のために、一生をかけて、「みんなのために」働き続ければいいわけ。
優秀な納税者である限り、社会の一員として認められますから。
決して、自己主張や、突飛なアイディアやクオリティを持って、人より優れた成果なんか出してはいけません。
勝ち負けが生まれてしまいますし、富の再配分ができないじゃないですか?
おとなしく、周りの顔色をうかがいながら、(誰かの)言うことを聞いて生きていればいいんですよ。
自分が社会のために生きて、自分のために生きていなかったと、死ぬ直前か、死んだ後に気が付けばいいんです。
それがみんなの幸せなのだから。
1984年 (小説) - Wikipedia のような全体主義国家なんか必要ない、個々人が勝手に監視しあう社会なのだし。
平和な国なんですから、それを壊しちゃいけませんよ。