誰しもが独自の人生を歩んでいるはずです。
一卵性双生児であっても、経験する事柄やそこから考えることは違う。
だから遺伝情報が全く同じであったとしても、違う人生を歩む。
ある時間、いる場所が1mmでも違えば起こる事柄は変わる。
自分はおおよそ一般的な幼少期を過ごしていない。
10歳のころ両親が離婚し、妹二人は母親についていったが、私はアル中の父親についた。
「お父さんがかわいそうだから」という理由を口にしたはずだが、実際のところどうだったのだろう。
母親と妹二人と一緒に生活して、よい未来を想像できなかったこともある。
中学まで義務教育の意味が分からずに、大して勉強をしなかった。
家がそのような状況だったので、お金などはなかった。
だから、ゲームなどは買えなかったのだけれど、何とかパソコンは手に入れた。
それでゲームプログラミングをして、ゲームを作り自分で遊んでいた。
漫画も買えない、おもちゃも買えない、メンコやベーゴマやビックリマンなども買えないので、ほしいものはすべて自分で作るしかなかった。だから漫画も描く。
ゲームは、数学、美術、音楽、物理学、電子工学の総合技術なので、結果として学校の勉強よりもそれを極めるほうが、工学の勉強としては効率的だったと思う。
義務教育で歴史社会経済学などの基礎は習うけれど、コンピュータ技術では重要ではなく、まぁ、後ほど社会に出てそういう技術知識が存在することが分かっていればいい。実際興味がなかった。
小学生のころから三次元グラフィックに興味を持ち、独学で三次元回転座標変換を行っていたけれど、後で大学過程で習うことを知る。
三角関数は当時所有していたパソコンのBASICに搭載されておらず、自力で算出するとか、近似配列変数から計算するなどをしていた。
掛け算九九も暗算も今も苦手だけれど、そんなものはコンピュータで計算させたほうが効率がいいことはわかっていたので。
BASICでは演算速度が遅すぎるので、アセンブラでマシン語ダイレクトでグラフィックメモリ領域にアクセスしてグラフィック表示させるぐらいはやる。
C言語などを入手もできなかったため。
工業高校に入り、勉強の意味が分かった。
そもそも最初の大型コンピュータENIACが米軍の弾道軌道計算に用いられていたのは、それなりに学ぶ。
人が生き残るための道具が、科学であり、その一つがコンピュータ。
機械科の実験で、引っ張り破断試験や、旋盤実習、溶接実習、鋳造実習などを行うけれど、それらの失敗をなくし成功率を上げるために、すでに多くの事象や技術が知識化されている。
それらの人の知識をすべて知ろうと思ったし、成績が良ければ奨学金などのスポンサーも付きやすくなる。
首席特待生推薦で大学に進学し、大学院まで進む。
大学に入って、心理学、歴史、経済、法律、教育学、医学、芸術学、音楽など知りたいと思ったことすべてを調べられるだけ調べる。
大学で分かったことは、人類は世の中のすべてを知らないし、これからも知りえないということ。
ゲーデルの不完全性定理を知ったのが大きい。
生き方が一般的ではない。
だから壁も著しく大きい。
誰も経験していないことを一人で解決までもっていかなくてはならない。
学歴や職歴の経歴だけ聞くと、恵まれた家庭に生まれた人間と思われるかもしれないけれど、乗り越えてきた危機と、実際に危機的な問題解決を行ってきた経験量がおよそ違う。
基本的には、HPが限りなく0に近い状況のほうが、解決策を得やすい。
それを知らない人間は、貶めれば落ちると思うのかもしれない。
肩書がある、しがらみがある、財産があるために用いる手段が限られることも知っている。
個人的経験からすると、それらがないほうがやれることは多い。
とはいえ、これからは、それらのリソースがあった上で、どう生かすかも考えなければならない。
課題としては面白いとは思う。