曲が明るいので、悲しさが際だちます。
明治23年8月《明治唱歌 五》に載ったアメリカの曲「When we arrive at home」が原曲。
「When we arrive at home」の原曲は賛美歌「Garden」。
明治43年、逗子開成中学のボート事故の鎮魂歌として、2月の法要で歌われた。
姉妹校である鎌倉女子校の教師、のちのトキワ松学園創設者でもある三角錫子が作詞し、女生徒らが合唱した。
真白き富士の根 緑の江の島
仰ぎ見るも いまは涙
帰らぬ12の 雄々しきみたまに
捧げまつる 胸と心
ボートは沈みぬ 千尋の海原
風も波も ちさき腕に
力も尽き果て 呼ぶ名は父母
うらみは深し 七里ヶ浜辺
み雪はむせびぬ 風さえ騒ぎて
月も星も 影をひそめ
みたまよいずこに まよいておわすか
帰れ早く 母の胸に
み空に輝く 朝日のみ光
やみに沈む 親の心
黄金もたからも 何しに集めん
神よ早く われも召せよ
雲間にのぼりし 昨日の月影
今は見えぬ 人の姿
悲しさあまりて 寝られぬ枕に
響く波の 音も高し
帰らぬ波路に 友呼ぶ千鳥に
われも恋し 失せし人よ
つきせぬうらみに 泣くねはともども
きょうもあすも かくて永久に
Photo by (c)Tomo.Yun
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