薄紫色の霧が架かった河のなかを、歩いて渡っていた。
真冬だというのに、河の水に不思議と冷たさはなく、逆に生あたたかい気さえした。
深さは腰より少し上くらいか、時々、足が取られて、引き返した方がいいのかな、と、後ろをふり返る。
ジョウビタキ??
おびただしい数の鋭い声。
覆いかぶさるかのように近くに遠くに聞こえてくる。
暗闇の先に対岸が見え始めた。
水のなかを進むのは、なぜか時間が長く感じる。
水に入ってから10分くらいは経ったかな。
河から上がると、ビッショリなはずの服はそれほど濡れていなくて、少し安堵した。
「待たせるじゃないか」
父の声にびっくりして、顔をあげた。
久しぶりに会うのに、あまりうれしそうじゃない。
父は13年前に他界した。
「あ!お父さん」
見た目は最後に会ったときより老けて見えた。
「おまえがいちばんにここに来るとはね」
意味はよくわからないが、私はとりあえず、会ったらすぐに話そうとしていたことを切り出した。
「お父さん、あのね、話したいことはいろいろあるのだけど、ここへ来る直前に、子どもの時に交わした約束、それを言わなきゃ、って」
「約束?生きていた時の、、、?死後の世界には生前の約束は持ってこれないのだが、、、」
わたしは、それは困るな、と思い、話を続けた。
「えっと、よくわからないのだけど、ここへ来る前に、たしか大きな怪我をして、病院へ運ばれたの。その時に、『白馬に乗せてくれる』っていう、お父さんとの約束を思い出して、会ったらすぐに言おうって」
「あの〜、すみません、、」天国の警察の人が近づいてきた。
「河を渡る前に、生前の約束を河岸のロッカーに入れましたか?置いてこなかったのならルール違反だから、今回は帰ってもらえますか?」
「え?」私は答えた。
「せっかく来たし、父にも会えたし、ここにいたいのだけど、、、。河を戻るのも大変だし」
警察の人はいった。
「申し訳ないんですが、ダメです。よかったらジョウビタキ達に送らせるか、20メートルくらい上流に行けば、イカダも出てますので、、、」
わたしは仕方なく、父に別れを告げて、ジョウビタキの助けを借りて、河を戻った。
目を開けると、病院の白い天井だった。
誰かの泣き声が、一層大きくなった。
そうか、、、あの河、、、。
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