ルミの部屋の壁に一ヵ所小さい穴が開いたのは、ルミが片目の視力を失った後だった。
去年の秋に、学校で、ふざけていた男子が持っていたペンが目に刺さった。
その2日後に、部屋の壁のちょうど目の高さくらいに小さな穴が開いた。
穴からは三日三晩、涙みたいな塩辛い水がぽとぽと垂れていた。
小さな穴が乾いた頃に残った片目で穴を覗いて見ると、ルミの心の中にある、悲しみと憎しみと喜びと幸せが見渡せた。
ルミは無くした片目と引き換えに『自分の心が見える小さな穴』を手に入れた。
まだ両目が見えた頃、自分の心の中なんて自分で良く分かっていると思っていた。
でも小さな穴を覗いて見ると、自分では気づかなかったいろんな感情が、突っつき合ったり、こんがらがったり、なだめあったり、あんなこと、こんなこと、していた。
ルミはふ~ん、って思った。
そして、ルミ自身のことをいろいろ知った。
そしたら、前より、ルミがルミらしくいるために何をしたらいいか少し分かって、気持ちが軽くなった。
片目は見えなくなったし、まだちょっと痛い。
だけど、壁に現れた小さな穴が一緒に泣いてくれて、新しい目をくれた。
ルミの名前は『ルミエール』って言うフランス語からついた、って言ってた。
『光』なんて、なんかかっこいい。
だから自分の名前は好きだった。
『光』は暗い場所こそとても役に立って、綺麗に見えるな、って、そう思った。
そう思ったら、少し元気が出た。
《おわり》