雑誌に美しい5つの靴が載っていました。
その写真から5人の女性を想像して短いお話できないかなあ、と思いました。
【1つめの靴】
その女性がはいている靴はジミー・チュウ。
キラキラと細かい褐色のラメが施され、オープントウ、バックストラップ、そして同じラメの細いヒールが華奢な印象を与える。
昼下がりだというのに、2月の風は冷たい刃のように鋭く身体を刺す。
グリーンの唐草模様のパシュミナストールを、半ば被るかのようにきつく巻いて、東京駅から大手町の地下鉄へと急いだ。
すこし背伸びをしたかった。
別れた男には、少し幼いというようなことを日頃言われていた。
自分の中では、その幼さは男を立てるべく取った装いの態度で、自分の本質ではないと思っていた。
優しさのつもりだった。
ひとりになった今、等身大の自分が歩いている気がして、すり抜ける冷たい風さえ心地よく感じた。
今日の自分が素敵な男に出会えば、最高の出会いになる。
そんな考えに自分自身小さく吹き出した。
足取りは軽く春も近かった。
【2つめの靴】
その女性がはいている靴はサルヴァトーレ・フェラガモ。
ブランドを象徴するリボンとメタルプレート、細身のトウ、しなやかなマットシルバーの本体を同色ピンヒールが支える、品位あるイブニングシューズ。
白い肩を少しだけ露出させ、裾の長いシャンブレータフタの黒ドレスをまとっていた。
美しい靴は美しさ故に黒い裾の影に身を隠し控えていた。
今夜は特別な夜だった。
特別、を反芻してみて、特別の意味のなさに苦笑した。
彼は来る。
いや、来て欲しかった。
ここ恵比寿の外れにある隠れ家的な瀟洒な洋館は知る人ぞ知るフレンチの老舗だった。
通された二階個室の窓からはオレンジ色のランタンに照らし出された庭が臨めた。
白いバラが暗闇に浮かび上がる。
冬でも…咲くんだ…
10年前の今日のことだった。
彼の誕生日の祝いに、このレストランのこの部屋で食事をしていた私たちは別れを決めた。
けんかをしたわけではなかった。
お互い仕事がうまく行き始めていた。
「どうしても私のことが忘れられなかったら、10年後の今日、またここで」
私は酔いながら軽口を叩いた。
まさか、本当に忘れることができずに、今日を待ちどおしく思うとは思っていなかった。
目の前のグラスは同情したように乾いた涙を伝わらせた。
【3つ目の靴】
その女性がはいている靴はセルジオ・ロッシ。
イタリアを思わせるエネルギッシュなマンゴーイエロー、細いアンクルストラップはセクシーに足首を取り巻き、甲とかかとを女性らしい曲線のクリスタルストーンが這う。
同じくマンゴーイエローの細いヒールは遊び心を感じる。
神戸の街は外向きの顔と内向きの顔と、違い過ぎる表情が共存していて、訪れる度に魅力が増す。
ここに来ると、どんな人でも受け入れてくれるような空気に気分が落ち着いた。
お馴染みのこのホテルも的確かつ卒のないもてなしで、心地良かった。
昔から要領もいい方で、それなりに楽しくやって来たと思っていた。
今回、思い切って2週間も休みを取り、ここに来たのにはそれなりに訳があった。
仕事をしたり、恋愛をする中で、いつも自分を大きくみせたいと力み、実力以上になにかできるかのように振る舞ってはいなかったか。
素直に女を楽しみ心を解き放てたら、と
、思う瞬間が積もってきていた。
ホテル周辺の洒落たブティックをひと通り回って見ると、おもむろにタクシーに乗り込んだ。
六甲山へ…
霧に包まれた静寂の山道は、妖艶で華やかな港の夜景と一線を画した。
本来の自分の呼吸を山中の穏やかさに感じつつ、新しい扉に手がかかり、新しい歩みが始まることを実感した。
【4つ目の靴】
その女性がはいている靴はフェンディ。
型押しされたベージュスエード、厚みのある底がインプラットフォームでシンプルと一体感を感じさせる。
ヒールには細かくダブルFのロゴが配され、クール。
神谷町のオフィスの窓からは、東京タワーがおかしく見えた。
おかしく見える、というのは、おかしいのだけど、遠くから見ると三角形に見える東京タワーも、近すぎると違って見えた。
外資系企業に長く勤務し、それなりに重要なポジションを任されるようになっていた。
オフィスが入る高層タワービルは常に様々な人種が出入りし、ここが日本であることを忘れさせた。
春からはインドネシア地域の指揮を執るために赴任が決まっているが、いまとそれほど変わらない状況ではないかな、と見込んでいた。
「いつも緊張感があって素敵ですね」
そう声を掛けてくれる女性社員もいた。
軽く笑って返したりするが、内情を知っている自分自身としては、大きく否定したい気持ちでもあった。
役割を果たすために自分自身にプレッシャーをかけ、気負いすぎているところもあった。
そういう時はなにげない会話もトゲトゲしくなったりと、反省することもよくあった。
今日の靴は気に入っていた。
服や靴は役柄を与えてくれる。
シンプルでクール、自信があって女性らしくて…
好きな物を身につけて素直に過ごすと、自分以上に自分らしくいられる…
そんなことを最近発見した。
【5つ目の靴】
その女性がはいている靴はクリスチャン・ルブタン。
黒いサテンの大きな花が中央に鎮座する、女優のような靴。
かかととヒールはセクシーな黒のクリスタルストーンで埋められ、全体は華奢なレースで包まれている。
舞台が跳ね、疲れた身体を叱咤して家路についた。
ダンサーとしての生活は長くて、過酷なスケジュールにも慣れていたけど、1日のうちに東京、京都ともなると、さすがに脚も悲鳴をあげていた。
舞台は夢を売る場所、夢が夢ではないことを刻む場所。
日頃は辛い練習の連続で、お構いなしのトレーニングウェアやレオタードで過ごす。
ついついそれが日常になっていて、おしゃれをうっかりしてしまう。
ある時、仕事帰りに新幹線の中で先輩に注意された。
有名なダンサーなのにそんなかっこうで…
舞台の上だけじゃないのよ、夢を作るのは…
それからかな、少し気をつけるようになった。
たしか、クリスチャン・ルブタンはもともとダンサーのために靴作りをしたブランド。
履いていてもデザインばかりの靴と違って、疲れにくい。
とはいえ、家が見えてきたら、どっと脚が重くなった。
温かいお風呂で身体を休めよう。
☆以上で終わりです
その写真から5人の女性を想像して短いお話できないかなあ、と思いました。
【1つめの靴】
その女性がはいている靴はジミー・チュウ。
キラキラと細かい褐色のラメが施され、オープントウ、バックストラップ、そして同じラメの細いヒールが華奢な印象を与える。
昼下がりだというのに、2月の風は冷たい刃のように鋭く身体を刺す。
グリーンの唐草模様のパシュミナストールを、半ば被るかのようにきつく巻いて、東京駅から大手町の地下鉄へと急いだ。
すこし背伸びをしたかった。
別れた男には、少し幼いというようなことを日頃言われていた。
自分の中では、その幼さは男を立てるべく取った装いの態度で、自分の本質ではないと思っていた。
優しさのつもりだった。
ひとりになった今、等身大の自分が歩いている気がして、すり抜ける冷たい風さえ心地よく感じた。
今日の自分が素敵な男に出会えば、最高の出会いになる。
そんな考えに自分自身小さく吹き出した。
足取りは軽く春も近かった。
【2つめの靴】
その女性がはいている靴はサルヴァトーレ・フェラガモ。
ブランドを象徴するリボンとメタルプレート、細身のトウ、しなやかなマットシルバーの本体を同色ピンヒールが支える、品位あるイブニングシューズ。
白い肩を少しだけ露出させ、裾の長いシャンブレータフタの黒ドレスをまとっていた。
美しい靴は美しさ故に黒い裾の影に身を隠し控えていた。
今夜は特別な夜だった。
特別、を反芻してみて、特別の意味のなさに苦笑した。
彼は来る。
いや、来て欲しかった。
ここ恵比寿の外れにある隠れ家的な瀟洒な洋館は知る人ぞ知るフレンチの老舗だった。
通された二階個室の窓からはオレンジ色のランタンに照らし出された庭が臨めた。
白いバラが暗闇に浮かび上がる。
冬でも…咲くんだ…
10年前の今日のことだった。
彼の誕生日の祝いに、このレストランのこの部屋で食事をしていた私たちは別れを決めた。
けんかをしたわけではなかった。
お互い仕事がうまく行き始めていた。
「どうしても私のことが忘れられなかったら、10年後の今日、またここで」
私は酔いながら軽口を叩いた。
まさか、本当に忘れることができずに、今日を待ちどおしく思うとは思っていなかった。
目の前のグラスは同情したように乾いた涙を伝わらせた。
【3つ目の靴】
その女性がはいている靴はセルジオ・ロッシ。
イタリアを思わせるエネルギッシュなマンゴーイエロー、細いアンクルストラップはセクシーに足首を取り巻き、甲とかかとを女性らしい曲線のクリスタルストーンが這う。
同じくマンゴーイエローの細いヒールは遊び心を感じる。
神戸の街は外向きの顔と内向きの顔と、違い過ぎる表情が共存していて、訪れる度に魅力が増す。
ここに来ると、どんな人でも受け入れてくれるような空気に気分が落ち着いた。
お馴染みのこのホテルも的確かつ卒のないもてなしで、心地良かった。
昔から要領もいい方で、それなりに楽しくやって来たと思っていた。
今回、思い切って2週間も休みを取り、ここに来たのにはそれなりに訳があった。
仕事をしたり、恋愛をする中で、いつも自分を大きくみせたいと力み、実力以上になにかできるかのように振る舞ってはいなかったか。
素直に女を楽しみ心を解き放てたら、と
、思う瞬間が積もってきていた。
ホテル周辺の洒落たブティックをひと通り回って見ると、おもむろにタクシーに乗り込んだ。
六甲山へ…
霧に包まれた静寂の山道は、妖艶で華やかな港の夜景と一線を画した。
本来の自分の呼吸を山中の穏やかさに感じつつ、新しい扉に手がかかり、新しい歩みが始まることを実感した。
【4つ目の靴】
その女性がはいている靴はフェンディ。
型押しされたベージュスエード、厚みのある底がインプラットフォームでシンプルと一体感を感じさせる。
ヒールには細かくダブルFのロゴが配され、クール。
神谷町のオフィスの窓からは、東京タワーがおかしく見えた。
おかしく見える、というのは、おかしいのだけど、遠くから見ると三角形に見える東京タワーも、近すぎると違って見えた。
外資系企業に長く勤務し、それなりに重要なポジションを任されるようになっていた。
オフィスが入る高層タワービルは常に様々な人種が出入りし、ここが日本であることを忘れさせた。
春からはインドネシア地域の指揮を執るために赴任が決まっているが、いまとそれほど変わらない状況ではないかな、と見込んでいた。
「いつも緊張感があって素敵ですね」
そう声を掛けてくれる女性社員もいた。
軽く笑って返したりするが、内情を知っている自分自身としては、大きく否定したい気持ちでもあった。
役割を果たすために自分自身にプレッシャーをかけ、気負いすぎているところもあった。
そういう時はなにげない会話もトゲトゲしくなったりと、反省することもよくあった。
今日の靴は気に入っていた。
服や靴は役柄を与えてくれる。
シンプルでクール、自信があって女性らしくて…
好きな物を身につけて素直に過ごすと、自分以上に自分らしくいられる…
そんなことを最近発見した。
【5つ目の靴】
その女性がはいている靴はクリスチャン・ルブタン。
黒いサテンの大きな花が中央に鎮座する、女優のような靴。
かかととヒールはセクシーな黒のクリスタルストーンで埋められ、全体は華奢なレースで包まれている。
舞台が跳ね、疲れた身体を叱咤して家路についた。
ダンサーとしての生活は長くて、過酷なスケジュールにも慣れていたけど、1日のうちに東京、京都ともなると、さすがに脚も悲鳴をあげていた。
舞台は夢を売る場所、夢が夢ではないことを刻む場所。
日頃は辛い練習の連続で、お構いなしのトレーニングウェアやレオタードで過ごす。
ついついそれが日常になっていて、おしゃれをうっかりしてしまう。
ある時、仕事帰りに新幹線の中で先輩に注意された。
有名なダンサーなのにそんなかっこうで…
舞台の上だけじゃないのよ、夢を作るのは…
それからかな、少し気をつけるようになった。
たしか、クリスチャン・ルブタンはもともとダンサーのために靴作りをしたブランド。
履いていてもデザインばかりの靴と違って、疲れにくい。
とはいえ、家が見えてきたら、どっと脚が重くなった。
温かいお風呂で身体を休めよう。
☆以上で終わりです