Sengoku1985

何故、私は鉄道を撮り続けるのか?

The Sleepers#130

2016-06-14 | 鉄道写真


 それでは、連載第130夜は、平成26年秋の関東地方からの一枚をお届けします。


 その日の午前は新京成の「くぬぎ山」、午後は埼玉高速鉄道「浦和美園」のイベントを掛け持ち、その「浦和美園」のイベントに行くべく通った道に、気になるものがあり、イベントに参加した後、再び行ってみることとしました。


 そこには、最後は下関運転所でブルートレイン運用に就いたEF66 45の、嵯峨嵐山の片割れの残り、則ち2エンド側が、保存されます(写真)。全体ではありませんが、残ったのは良いことです。


 ここで医院を経営する医師の方は相当鉄道が好きらしく、流鉄の前世代電車の先頭部二つに、茨城交通阿字ヶ浦で放置されていた元羽幌炭砿鉄道キハ22 3の全体など、鉄道車両を多く保存しており、先日の鉄道写真家N氏の「一日一鉄」にも登場していました。浦和美園からちょっとですので、是非行ってみて下さい。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#129

2016-06-13 | 鉄道写真


 それでは、連載第129夜は、平成26年夏休みの、「ムーンライトながら」をお届けします。


 「ムーンライトながら」は、定期列車はJR東海373系、救済臨がJR東日本の165・169系、後に183・189系へと変わっていきました。後に定期列車が廃止、JR東日本の臨時だけが残りましたが、何といっても183・189系は、グレードアップ車とその他の車両が混在し、運が悪いとストップしない簡易リクライニングシートに当たることも多く、それは不評でした。


 しかし、651系の「新特急」投入に伴い、余剰となった185系が波動輸送を取って代わり、これが「ムーンライトながら」に充当されるようになりました(写真、B5編成)。愛称表示は、「臨時快速」です。



 翌朝の、東京着の様子(写真)。折り返しの準備が始まります。



 側面のフィルム方向幕は、「快速 指定席 ムーンライトながら 東京」が表示されます(写真)。


 185系はフリーストップのリクライニングシート、居住性は改善されました。しかし、年を追うごとに運転日数が減り、「早く止めてしまいたい」という気持ちが、ありありとでています。残念です。


 先週は瞬間的に1万位を切りましたが、やはり瞬間風速、残念でした。佳境を迎えた当連載でもあり、再度そうなることも考えられず、残念でした。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#128

2016-06-10 | 鉄道写真


 それでは、連載第128夜は、京都、嵯峨嵐山の「SL&ジオラマ館」をお届けします。


 大阪の「交通科学博物館」に続き、京都の「梅小路蒸気機関車館」も、新博物館「京都鉄道博物館」準備のため閉館となることから、平成26年夏休みに同館を訪問。隣の「京都市電ひろば」も行き、まだ時間があり、入場券提示で割引が効くと、行った嵯峨嵐山。SLホールは照明が水銀灯で、ホワイトバランスは唯一「プリセット」のみが有効で、難儀しました。


 そして、ジオラマ館に入場。ジオラマ館の呼び物は、本物のEF66の運転台で、HOゲージの模型が運転できること(写真)。手前では、EF66 45が、「天賞堂 50th」のヘッドマークを掲出します。


 「天賞堂」は、ご存じの方も多いかも知れませんが、東京銀座の時計宝飾店で、趣味の鉄道模型が売れるほどの商売となり、軌間6.5ミリの「Zゲージ」、軌間9ミリの「Nゲージ」、軌間16.5ミリの「HOゲージ」等の、各種模型の完成品、自作キット、走行システム他も扱う、その筋の人なら皆知っている名店です。その50周年を祝うヘッドマークらしく、企画展として同社の模型が多数展示されていました。



 隣には、EF66 49が、寝台特急「さくら」を掲出します(写真)。外緑花ピンクでは無く、外白花ピンクでも無く、外ピンク花白の「さくら」です。区名札は「嵯」(存在せず)、運用札は流星(寝台特急マーク、末期の九州特急は全部この運用札)でした。



 ジオラマの中央には、ジオラマ全体を見下ろせる橋が渡してあり、その上からだと、正面から捉えることができます(写真)。ジオラマは、京都の主要観光地を中心に造られています。



 用意されているヘッドマーク(写真)。「富士・はやぶさ」、「彗星」、「あかつき」、「出雲」があります。


 京都鉄道博物館も開館したこともあり、またここも行きたくなってきました。今は、どうでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#127

2016-06-09 | 鉄道写真


 それでは、連載第127夜は、平成26年初春、閉館間近となった大阪の「交通科学博物館」からお届けします。


 大阪環状線弁天町高架下に設けられた同館、年を追うにつれ収蔵車両が増えましたが、結局「梅小路蒸気機関車館」と統合されることが決まり、閉館も間近となり再訪しました。


 館内は閉館関連企画が催され、こちらも注目でしたが、今回のテーマとは合わないのでパスします。


 今回のテーマでは、先ずは「走るホテル」20系食堂車、ナシ20 24です(写真)。奥側が食事席、調理室の業務用ドアが手前に見えており、電車・気動車・客車を問わず、当時の特急用食堂車のスタイルです。まだ中では、エビフライカレーは食べられましたが、結局食べず、今でも後悔しています。



 寝台車はもう1両。青帯の2等寝台から、2等級化でA寝台となった、マロネフ59 1です(写真)。残念ながら、車内は見学出来ませんでした。


 同館のほとんどの保存車両は、この春開館した「京都鉄道博物館」所蔵車両となっており、再び逢えるはずです。また、そのうちに。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#126

2016-06-08 | 鉄道写真


 それでは、連載第126夜は、平成25年秋の、高崎駅のイベントをお届けします。


 JR東日本高崎運転所には、SL、EL、DLが多数在籍し、昔からの名優揃いです。そんな名優たちからの一枚です。左は現在鉄道博物館展示機となったEF55 1、隣は「Pトップ」EF65 501「はやぶさ」、奥はEF60 19「ゆうづる」です(写真)。


 EF55 1は準鉄道記念物、EF53をベースに3両造られた流線形電機、運用ごとに方転が必要です。昔は「カバ」と呼ばれたそうですが、今は「ムーミン」です。


 EF60は新性能直流機F級のトップバッターで、九州特急用500番代も製造されましたが、高速性能に問題があり、EF58に戻されたりもしました。結果それらが改良されたEF65が登場、九州特急用決定版のP形500番代の登場で、完成期を迎えました。その後、結局EF60は貨物機として生涯を終えた、との記録があります。残った19号機は、一時JR新塗装に改められましたが、結局直流標準色で現在を迎えています。


 EF65 501はP形初号機、故に「Pトップ」と呼ばれます。502号機以降、P形及びF形は、この時既に全機引退しており、同機は最後の国鉄直流特急色の機関車です。永く残って欲しいです。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#125

2016-06-07 | 鉄道写真


 それでは、連載第125夜は、平成25年、JR貨物東新潟機関区のイベントからお届けします。


 新潟から最寄り駅まで電車に乗り、同機関区のイベントに参加。乗車体験としてEH200の運転台に乗車、走行します。


 機関区の奥には、青いEF510、手前503、奥508が、停まっています(写真)。前年までJR東日本で寝台特急「北斗星」を中心に、関東圏で貨物運用もこなしてきた機関車でしたが、運用の減少に伴い、逐次富山機関区に移籍、0番代同様に日本海縦貫線運用に転用されていきました。転用後は「流星マーク」が外され、青に金帯の「北斗星」塗色のまま運用に就いています。この2機は、転用改造前で、一時的に疎開されている状態で、改造の順番待ちをしているのでした。


 勿論首都圏の貨物運用が無くなったことは理由の一つですが、やはり最大の理由は主要な「北斗星」を中心とした運用が無くなったことであり、それは利用が減少したことが原因です。後悔が残ります。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#124

2016-06-06 | 鉄道写真


 それでは、連載第124夜は、JR東日本郡山車両センター(旧称「国鉄郡山工場」)からの写真をお届けします。


 首都圏で余剰となった車両は、古くは大船工場(後の「鎌倉車両センター」、現存せず)、その後長野工場あるいは郡山工場で最期を遂げることが多かったのですが、その、解体予定の車両でしょう、青い客車が3両停まっていました(写真)。手前から、スハネフ14 27(B寝台)、スハネ14 702(B1人個室寝台「ソロ」ロビー付き)、オロネ14 702(A個室寝台「シングルデラックス」)でした。何れも寝台特急「北陸」用の寝台車、14系客車で、運用が無くなったことから解体を待っていたものと思われます。復活は無く、悲しい、最期です。残念でした。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#123

2016-06-02 | 鉄道写真


 それでは、連載第123夜は、平成25年夏の、「ムーンライトながら」をお届けします。


 東海道本線の伝統の夜行、「大垣夜行」。東京発大垣行きなのは、東海道本線の中部地区の主要基地、大垣電車区(現「大垣車両所」)への、準急・急行の回送も兼ねた間合い運用であり、東海道新幹線開業とともに廃止となる筈が、投書が元で一転存続、平成の世まで続きました。そして、特急にも使用される373系9連の「ムーンライトながら」まで発展し、「青春18きっぷ」の時期には席の予約が困難であり、165系等を使用した救済臨は最終的には「ムーンライトながら81,82号」となり、波動輸送用の183・189系が使用されました。しかし、シーズン以外の利用率が低かったのか、それともトラブル多発で警備員による整理が必要だったからか、373系使用の定期列車は廃止となり、休みシーズンのみの臨時列車に格下げとなり、この頃は183・189系のみが使用されました(写真、H101編成)。愛称表示は「快速」になっています。


 その後、波動輸送用の車両の変化に伴い、使用車両が変わっていくのですが、それは、またその時にしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。


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The Sleepers#122

2016-06-01 | 鉄道写真


 それでは、連載第122夜は、平成25年春の、大宮のイベントからお届けします。


 先ずは、夜行列車か微妙ですが、青大将色のEF58、93号機です(写真)。今では、どうなっているでしょうか。



 続いて、「ゆうづる」等常磐線客車列車の牽引に当たった交直流機、EF80、36号機です(写真)。交直両用では初の高速形電機、しかし3モーターです。現在はプレートのみで、現存しません。



 その北側は、60P形と呼ばれる筈であったEF60 510「富士」、PF形EF65 1115「富士・はやぶさ」、EF81 133「北斗星」を掲出します(写真)。



 反対側、EF81 133「エルム」、EF65 1115「オリエントエクスプレス’88」、EF65 510「はやぶさ」です(写真)。



 JR貨物大宮車両所では、DE10 1539が「あけぼの」を掲出します(写真)。山形新幹線工事時に、北上線で重連で運用に就きました。ただ、国鉄色ですが。



 JR貨物更新色のEF64 1049は、「北陸」を掲出します(写真)。


 やはり大きなイベント、見所はいっぱいありますが、この連載のテーマではこんな感じです。


 それでは、次回をお楽しみに。


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