笙子の絵
冬湖
貴方はこの数年でまるで別人のようになったわね。ある日妻がそう言いました。私もそう思っていました。以前は一人になりたい、というか、一人だけの世界を作りたい、そんな思いにとり憑かれたようになっていました。空き家探しをしていたのはそのためでした。ところがこの数年の出来事を思い出しますと、私は様々な人たちと出会い、その出会いがまた出会いを生む、ということを繰り返しているうちに、人と交わることがあまり苦痛ではなくなりました。むしろ積極的に交わるようになりました。そのことを自分でも不思議に思っていました。・・・二人の娘を嫁がせ、ほっとして、これから私たちは私たちの余生を楽しむことが出来る、そう思っていました。しかし、いざそういう突き放された境涯に立たされると、自分を前に押し出す力が出てこなくなっていました。妻にそう言われて、私は妻に感謝しました。私のふるまいを距離を置いてじっと見守り、何もかも許してくれたのでした。
笙子さんを見ていると、何だか他人のような気がしないの。
どうして。
性格が治子に似ているような気がして・・・。
そうかなあ。
おっとりしていて、何かいつも考えている感じがして・・・。
そうか、そう言えば・・・。
治子も絵を描いていましたしね。
千恵子は中学、高校とバレーボールに熱中していた。いつも姉さんとは違うところを見せたがっていたね。二人とも今は自分の子どものことばかり考えていて、そういう余裕はないだろうね。
だと思いますよ。治子に笙子さんの絵を見せてやりたいですね。
それはいい思い付きだ。ぜひ連れて行こう。
笙子さんの絵はもうあそこに出ているでしょうか。
うん、学芸員の坂本さんが東京から帰ってきたので、展示はもう済んでいると思うけど・・・。
宍道湖の絵でしたね。
そう言ってたけど、本当に宍道湖なのか他の湖を描いたのかよく分からない。
じゃ、行ってみましょう。下見して、後で治子に知らせてやりましょう。
妻にそう促されて私たちはご縁美術館に出かけました。坂本さんは二人で入ってきたので一瞬驚いたような顔をしました。
今日はお揃いで・・・。ほんとにありがとうございます。
郁子さんはまだ東京ですか。
いや、こっそり帰って、松江の湖笛の事務所にいます。
ということは、稽古が始まったという・・・。
そうです。これからが大変です。
いやー、楽しみですよ。二代目がどういう舞台を見せてくれるのか。
畝本さん、そりゃまだまだ先のことですよ。
ああ、そうですね。
妻の方を見ると、一枚の絵の前に立ってじっとその作品を見つめていました。坂本さんはそこへ小走りで行くと、いいでしょう、日本画のお手本のような作品です、と妻に言いました。
冬湖ですか、・・・いいですね、空気が伝わってきます、と妻。
これは宍道湖ですね、冬もいいですね、と私。妻と作品を見ていると、私も治子を思いだしました。ぜひ見せてやりたいと思いました。
笙子さんには今度十枚描いていただきました。ここに全部展示しています。それからあの器、ほら、夜光る焼き物、ここで販売してたんですけど、完売しました。今、追加を頼んでるんですが、いつ出来るか分かりません。
湖をイメージした作品ですね。それはよかったです。笙子さん、湖には相当の思い入れがあるようです。
私もそのことは少し聞きました。近くお姉さんが雑誌で取り上げるそうです。
ほほう、そりゃいいですね。・・・私は、笙子さんも出雲に来て、徐々に独自の世界をつかんでいると実感しました。
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冬湖
貴方はこの数年でまるで別人のようになったわね。ある日妻がそう言いました。私もそう思っていました。以前は一人になりたい、というか、一人だけの世界を作りたい、そんな思いにとり憑かれたようになっていました。空き家探しをしていたのはそのためでした。ところがこの数年の出来事を思い出しますと、私は様々な人たちと出会い、その出会いがまた出会いを生む、ということを繰り返しているうちに、人と交わることがあまり苦痛ではなくなりました。むしろ積極的に交わるようになりました。そのことを自分でも不思議に思っていました。・・・二人の娘を嫁がせ、ほっとして、これから私たちは私たちの余生を楽しむことが出来る、そう思っていました。しかし、いざそういう突き放された境涯に立たされると、自分を前に押し出す力が出てこなくなっていました。妻にそう言われて、私は妻に感謝しました。私のふるまいを距離を置いてじっと見守り、何もかも許してくれたのでした。
笙子さんを見ていると、何だか他人のような気がしないの。
どうして。
性格が治子に似ているような気がして・・・。
そうかなあ。
おっとりしていて、何かいつも考えている感じがして・・・。
そうか、そう言えば・・・。
治子も絵を描いていましたしね。
千恵子は中学、高校とバレーボールに熱中していた。いつも姉さんとは違うところを見せたがっていたね。二人とも今は自分の子どものことばかり考えていて、そういう余裕はないだろうね。
だと思いますよ。治子に笙子さんの絵を見せてやりたいですね。
それはいい思い付きだ。ぜひ連れて行こう。
笙子さんの絵はもうあそこに出ているでしょうか。
うん、学芸員の坂本さんが東京から帰ってきたので、展示はもう済んでいると思うけど・・・。
宍道湖の絵でしたね。
そう言ってたけど、本当に宍道湖なのか他の湖を描いたのかよく分からない。
じゃ、行ってみましょう。下見して、後で治子に知らせてやりましょう。
妻にそう促されて私たちはご縁美術館に出かけました。坂本さんは二人で入ってきたので一瞬驚いたような顔をしました。
今日はお揃いで・・・。ほんとにありがとうございます。
郁子さんはまだ東京ですか。
いや、こっそり帰って、松江の湖笛の事務所にいます。
ということは、稽古が始まったという・・・。
そうです。これからが大変です。
いやー、楽しみですよ。二代目がどういう舞台を見せてくれるのか。
畝本さん、そりゃまだまだ先のことですよ。
ああ、そうですね。
妻の方を見ると、一枚の絵の前に立ってじっとその作品を見つめていました。坂本さんはそこへ小走りで行くと、いいでしょう、日本画のお手本のような作品です、と妻に言いました。
冬湖ですか、・・・いいですね、空気が伝わってきます、と妻。
これは宍道湖ですね、冬もいいですね、と私。妻と作品を見ていると、私も治子を思いだしました。ぜひ見せてやりたいと思いました。
笙子さんには今度十枚描いていただきました。ここに全部展示しています。それからあの器、ほら、夜光る焼き物、ここで販売してたんですけど、完売しました。今、追加を頼んでるんですが、いつ出来るか分かりません。
湖をイメージした作品ですね。それはよかったです。笙子さん、湖には相当の思い入れがあるようです。
私もそのことは少し聞きました。近くお姉さんが雑誌で取り上げるそうです。
ほほう、そりゃいいですね。・・・私は、笙子さんも出雲に来て、徐々に独自の世界をつかんでいると実感しました。
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