とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

舞台への道

2013-01-19 22:15:51 | 日記
舞台への道




ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「Lamia」(1905年)


 郁子さんの記者会見が放送された日、私はやってきた長柄さんと二人でテレビを見ました。長柄さん珍しく酔って来ましたので、ときどき妻が出入りして二人の酒の世話をしてくれました。記者会見は昼過ぎでしたが、私たちは夕方の特集番組で仔細を知ることになりました。前の席に並んで座っていたのは、仙女さん、郁子さん、お父さん、喜多川さんの4人でした。司会進行の係りをしたのはテレビ局の女子アナでした。・・・では、これから記者会見を始めます。先ず初めに中村仙女さんと坂本郁子さん、喜多川信夫さんに一言ずつお話しいただきたいと思います。では、中村仙女さんからお願いします。ご質問はお話がすべて終わってから受け付けたいと思います。ご質問は簡潔にお願いします。それからご質問の内容によっては、お答えがいただけない内容もあるかと思いますので、その点予めお断りいたします。
 そういう前置きがあって、仙女さんから話し始めました。急に事態が進展したことのついての事情説明と2代目への期待を簡潔にゆったりと話し、すぐに喜多川さんにバトンタッチしました。喜多川さんは2代目は一皮むけた新しい仙女像をご披露しますのでよろしくご支援ください、とこれまた簡潔に挨拶をし、郁子さんの方にそっと手を乗せてにこっと笑いました。緊張していたお父さんの表情がそのとき和らぎました。
 ・・・私は、今まで別の劇団で裏方一筋で努力してきました。しかし、心の中では母の芸を強く意識していました。母の舞台を何度か見ているうちに、もしかして私が舞台に立つ日が来るのでは、と思うようになりました。ですから母の芸の道については多少分かる・・・いや、こう言えるような私ではありません、すべてはこれからの厳しい修業にかかっています、そのことだけはよく分かっています。地方回りの役者から皆様のお蔭で中央の舞台に立たせていただくことができました。私は、その皆様のご恩は決して忘れません。私は、これからそのご恩に少しでも報いるために誠心誠意精進を重ねたい思いますので、どうかよろしくご支援をお願いいたします。
 話が終わると質問が始まりました。・・・母娘だということを今まで公表しなかったのはどういう理由からですか。女性記者が最初にそういう質問をしました。即座に喜多川さんが引き取って答えました。・・・深い理由はございません。ただ、そういう機会がなかっただけです。女性記者は遠慮したのかそれ以上追及はしませんでした。続いて別の男の記者が質問しました。・・・中村仙女さんにお願いします。まだ、お若いと思いますが、どうして2代目ということを考えられたのですか。仙女さんはにこっとして答えました。・・・長い間舞台に立っていますと、不意に寂しくなることが何度かありました。皆様の篤いご期待に何時まで応えられるだろうかと、そんな思いにとらわれるのです。由緒ある中村という名前を絶やしては申し訳ない、そういう一心からでございます。


 二人で遣り取りをずっと聴いていた私は、郁子さんがもう立派な舞台人としての風格を身につけていることに気づいて、どきっとしました。

 長柄さん、大丈夫だね。うん、うん、大丈夫。母親より大きくなるよ、きっと。

 そうかなあ、まだまだ、・・・これからが大変だよ。おい、お前は女に甘いなあ。

 ちょっと、酒が過ぎてるんじゃないの。

 酒の勢にするのか。

 テレビ視てて、ぐっとくるものがないのか。

 来てる来てる。ぐしょぐしょだよ。

 なにが。

 もう、嬉しくてね。

 そうだろう。郁子という舞台人のデビューだよ。

 郁子、郁子と気安く言うな。

 お母さん、嬉しいだろうね。

 ほら、お前は甘い。

 何とでも言ってくれ。私はそう言いながら自分も随分酔っていることに気が付きました。

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春の女神の縁談

2013-01-16 23:13:08 | 日記
春の女神の縁談




 「真珠を手にしたアフロディーテ」(Herbert Draper画)

 三美神の中の中心的な存在。この女神は、愛と美と性を司るギリシア神話の女神で、オリュンポス十二神の一柱である。美において誇り高く、パリスによる三美神の審判で、最高の美神として選ばれている。また、戦の女神としての側面も持つ。元来は、古代オリエントや小アジアの豊穣の植物神・植物を司る精霊・地母神であったと考えられる。アプロディーテーは、生殖と豊穣、すなわち春の女神でもあった。(Wiki)




 京都の「出雲の阿国像」

 慶長8年(1603年)春に北野天満宮に舞台をかけて興行を行った。男装して茶屋遊びに通う伊達男を演じるもので、京都で大変な人気を集めた。阿国は四条河原などで勧進興行を行った。

 
 郁子さんの縁談については私は寂しいような嬉しいような複雑な気持ちになっていました。取りあえず長柄さんに連絡しアドバイスをして貰いました。彼は私と玉造温泉で仙女さんに会っているし、舞台姿の絵を仙女さんに所望した経緯もあるので、すぐ事態の複雑さを理解してくれると思ったからです。彼は二人で判断できる問題ではないので、父親の坂本学芸員に相談して、それから当の郁子さんの気持ちは那辺にあるか確かめねばいけないということを述べました。
 それでは、という訳で岡田さんのお宅の納屋の二階に行きました。一時間くらい話しました。結果、郁子さんは随分積極的な気持ちでいることを確認しましたが、坂本さんはやはり仙女さんの娘だということを公にするのには抵抗があるということを繰り返し述べました。私たちはもうこれ以上立ち入ることはできないと思い、止む無くその日は引き上げました。・・・それからずっと二人は何かいい方法はないかと思案していました。数日してから古賀所長から電話がありました。冴子さんが相談を持ちかけたようでした。


 畝本さん、事態が大きく動き出しました。

 えっ、そうですか、で・・・。

 喜多川さんという方ご存知でしょう。

 フェニックス喜多川さんですね。仙女さんの舞台の演出をなさっている。

 そうです。その喜多川さんが仙女さん、郁子さんを連れて向こうの鈴木さん宅へ行ったそうです。鈴木さんとは以前から面識があったらしいです。で、ご本人、ご両親と踏み込んだ話をされて・・・。

 ほほう、喜多川さんが仲を取り持つとは予想していませんでした。

 そうです、そうです。私も正直驚きました。・・・ということで、驚くような結論が出てきました。

 驚くような・・・。

 そうです。すごい結論です。

 どういう・・・。

 隠さず、むしろ積極的に前に押し出すという方法です。

 押し出す・・・。

 そうです。郁子さんが二代目中村仙女目指して修業するという結論です。記者会見でそれを公表し、実の娘だということを宣言するそうです。勿論結婚のことも公表するということです。

 ほほう、これはすごい結論ですね。記者は飛びつきますね。いろいろ書かれることになりますね。

 喜多川流の解決策です。

 では、郁子さんは仙女さんの弟子ということになりますね。すると、鈴木さんの劇団を離れることに・・・。

 いや、初めは湖笛でじっくり演技の基礎を学んで、それから仙女さんの舞台の一員となるという段取りだそうです。

 そうするといずれ夫婦は離れ離れに暮らすということに・・・。

 いや、その点も考えてあるようです。具体的に言いますと、二つの劇団が提携して公演をするということになるとか聞きました。つまり、仙女さんの劇団の言わば前座を務めるということですか。・・・いや、これは私の想像です。

 ということはご縁劇場が重要な役割を演じることになりますね。

 ということです。・・・私は壮大な計画を聞きながら眩暈がするような気分になりました。・・・この話の直後また大きな出来事が起こったのです。佐山医師から電話で新たな企画の内容を聞きました。あの観音像を解体して、今度は阿国の銅像を作ることになったという内容でした。著名な彫刻家が名乗りをあげたそうです。

 阿国なら地元の歴史に馴染みますね。私がそう言うと佐山医師は出雲の地に永久のシンボルが出来ます、と言って上機嫌でした。

 
 

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鈴木琢磨という青年

2013-01-14 22:46:37 | 日記
鈴木琢磨という青年




 
 岡田三郎助「夫人像」
 日本画らしい雰囲気を残した西洋画。私はこういう凛々しい女性像を描ける作者の力量の大きさを感じてため息が出る。

 翌日、冴子さんから電話があり、その演劇青年のすべてが分かりました。


 鈴木君のことですけどね・・・。

 鈴木君、・・・ああ、あの演劇青年のことですね。

 そうです、そうです、いい青年なんで私も大変乗り気になってきました。郁子さん、いや、郁子ちゃんと呼んだ方が言いやすいですけど、・・・当の郁子ちゃんも大変前向きで旨くいきそうな感じなんです。

 そりゃ、よかった。

 ご両親も正式な申し込みをしたいと仰っているそうです。

 ご両親はどんなお方ですか。

 お父さんの家は出雲の昔からの作り酒屋で、地元だけではなく県外にも出荷しておられるそうです。お母さんのご実家は和菓子作りの老舗で、和菓子の生産地の松江でも一、二を争う高い評価を受けているそうです。

 酒屋と和菓子屋ですか、それは旨い取り合わせですね。・・・ということは商売の跡継ぎということに・・・。

 いや、次男ということで親御さんも将来のことは本人任せとか仰っているそうです。

 自由なんだ。それでのびのびと演劇も出来た訳だ。

 劇団の評価はプロ並みで、西日本各地で公演しているらしいです。

 湖笛がですか。

 そうです。

 今まで家の古い酒蔵を稽古場として使っていたらしいですけど、許可していただけたらご縁劇場を本拠地にしたいということです。

 そりゃ、面白いじゃないですか。古賀さんにも相談します。

 それでね、冴子さん。

 なんですか。

 こうなると郁子さんのお母さんのことも知らせる必要が出てきます。この話は坂本さんには・・・。

 ええ、勿論お話ししました。

 どう言っていました。

 いい青年だからご縁劇場の主催者として適任だと・・・。

 それから結婚のことと母親を知らせるのかということは・・・。

 結婚は勿論賛成だそうです。しかし、仙女さんのことは明かしたくないとか・・・。

 仙女さんは独身ということになっていますからね。

 そうなんです。

 いい方法ねえ、・・・まあ、この問題は後でいろいろと相談しましょう。

 あ、それから・・・。

 なんですか。

 照明器具を含めた湖笛の備品はすべてご縁劇場に移したいとか仰っているようです。

 そうなるとあちこちから借り集める必要もなくなる・・・。

 あ、それから、小学校の電気の配線や電気の容量の変更もすべて湖笛関係のお方が工事なさるそうです。

 ご縁劇場にとっては光が見えてきた・・・。しかし、仙女さんのことは大きな問題になる可能性が・・・。

 畝本さん、慎重に進めましょう。

 分かりました。そういいながら私は玉造温泉で仙女さんと約束したことを思い浮かべていました。

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出会い

2013-01-12 22:38:52 | 日記
出会い




 マリー・ローランサン 「アルルキーヌ(女道化師)」(1940年 マリー・ローランサン美術館蔵)
 淡彩の優しげな女性像を多作した画家。表情がよく似ていて区別がつきにくいが、この絵はその点はっきりとした個性を感じさせる。そういう点で私の好きな作品の一つである。

 珍しく冴子さんが私の家に来て、例の郁子さんに会いたいとか言い出した演劇青年のことを話し始めました。妻はお茶を運んで奥の部屋に戻っていきました。

 えっ、貴女の家で二人は初めて会ったんですか。

 坂本さんから二人の仲をとりもってくれと言われて・・・。

 坂本さんは同席したのですか。

 お見合いじゃないからとか言って・・・。

 来なかったんですか。

 ええ。

 ま、それもそうですね。

 ということで、私もどうしていいか分かりませんので、表座敷に通してお茶を出して、それからまもなく席を外しました。

 二人だけで・・・。

 そうです。

 それが自然でいいですね。・・・それで、二人はどうなったんですか。

 郁子さんから後で聞いたんですが、その青年は鈴木琢磨とか言って、地元の湖笛という劇団の代表者をしてて、郁子さんが以前入っていた劇団の公演は何度か見ていたそうです。ですから、スタッフの郁子さんの名前は知っていたとか・・・。

 分かりました。それで、仙女さんのリハを見に来たのですね。

 そうらしいです。それで、本人の絵を見たり、仕事ぶりを見ていて、心がときめいたとか・・・。

 ほほう、ときめいた・・・、郁子さんがそういう言い方をしたのですね。

 いやいや、ごめんなさい。そういう言葉じゃなかったんですが・・・、要するに恋心という・・・。

 冴子さん、母親代わりの身としては心穏やかではないでしょうね。

 畝本さん、当たり前ですよ。ですから、こうして来たんじゃないですか。

 で、坂本さんは父親だとはっきり仰ったわけですが、その鈴木という青年は仙女さんが母親だということは知っているんですか。

 いや、分からないと思います。

 しかし、いずれは分かることですが、あの大女優が母親だと知ったらその青年は身を引くことはないでしょうね。

 そんなことはないと思います。いや、私にはそういう気がします。

 将来的には劇団湖笛のスタッフとして働くことを期待しているんじゃないですか、その青年。

 郁子さんの話からはそこまで読み取ることはでませんが、結ばれればいずれは自然にそうなるような・・・。

 ところで、古賀さんにこのことは・・・、いや、その前に仙女さんには相談をするつもりですか。

 畝本さん、一回会っただけでそこまで話を進展させては・・・。

 ああ、そうですね。私はせっかちなもので・・・どうもすみません。・・・私たちは見守っていくしか・・・。

 私もそれがいいと思います。・・・冴子さんは母親のような柔和な表情になりました。私もその顔を見ていて心が和んでいくようなぬくもりを感じました。

 
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火の鳥

2013-01-09 00:05:31 | 日記
火の鳥



 手塚治虫「火の鳥」より

 私の頭の中に火の鳥がときどき現れて想念の大空を飛び回る。思い屈したとき、いや、そうでなくても突如羽音を聞くことがある。
 今までの私の体験は予想を遥かに超えていた。これからどこへ行くのか、行かないのか。私はこれから繰り広げられる世界を垣間見ることさえできない。出会い、再生、ご縁・・・。いくら言葉を重ねてもその状況を説明することはできない。ただ、私は運命に身を委ねるしかないのである。
 私はかつて何度か精神的な大きな苦境に立たされたことがある。そのとき私は火の鳥を見た。その鳥は出雲の国に住み着いているかも知れない。その鳥はある女性の化身であると私は信じている。未曾有の大きな事故の中から奇跡的に生き延びた女性。私はその女性がいたからこそ今まで生きてこられたと思っている。
 遠く離れた職場で挫折した私は出雲に転勤を命じられた。私は咄嗟にその女性のことを思い出したのである。ああ、そうだ、出雲にはあのお方がいる。あの方は火の鳥だ。火の鳥が私を守ってくださる。そう思うことが私に力を与えたのである。
 そのお方は、今、どこで何をしておられるのだろう。私は、その、現代の守護神を戴いている出雲は不滅だと思っている。三美神もその神の化身だろうと信じている。
 ・・・とすると、この度の震災の被災地には守護神の火の鳥やその化身がたくさん舞い上がっているに違いない。火の鳥よ、限りなく守れ、守れ、この秋津島根を。 

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