にゃんこのヨガ的生き方

毎日をゆったり、元気に機嫌よく暮らす

ちゃびしゃん、ごめんね。

2022-07-31 10:03:11 | ねこ
飼い猫「ちゃび」と過ごした最後の時間で、私はちゃびに謝りたいことがいくつかあります。

・毎日の点滴やおむつ替え、カテーテル給餌を負担に思い、(いつまでこんなことが続くんだろう)と思ったこと。

・最後の方は瘦せたためか点滴の際輸液が漏れ、二度三度針を刺しなおすことがよくありました。これが心理的にきつい。その度に「もう!」と不機嫌な声を出したこと。

・癌が進行して食欲が落ちたちゃび。私としては何とか食べてほしくて猫缶を開けるのに、ふいと横を向く。溜まっていく猫缶。「なんで食べないの。食べないなら もういいよ」と苛立ちまぎれに言ったこと。

・痙攣して苦しんで亡くなるところは見たくない。朝起きたら亡くなっていたなど、私が知らないうちに最期を迎えてくれた方が気持ちとしては楽かも。そんな風に思ったこと。

・こんなになるんだったらいっそ手術しない方がよかったかも。とうに諦めがついて今頃は気持ちを切り替えられていたのに、と思ったこと。

ちゃびは膀胱を全摘、尿管を皮膚に繋ぎました。絶えず尿が皮膚に染み出てくるため、おむつをしていました。腹部は毛刈りをしていましたが、人間と違って洗い流すことができず拭くだけです。最期の方はもう先はないとわかっていたので、毛刈りのために病院に連れて行くことはしませんでした。においが蓄積していきました。

歯槽膿漏による痛みのせいで、口から食べることができなくなりました。そのままでは餓死です。考えた末、経鼻チューブでミルクを補給することにしました。経鼻チューブは鼻に留め、鼻から喉に通します。前脚で掻いてチューブを取ってしまわないよう、常にカラーをすることになりました。傍にいる時はなるべくカラーを外してあげましたが、カラーがあるせいで思うように毛づくろいをすることができなくなりました。

猫は毛づくろいをすることで体を清潔に保ちます。においもありません。綺麗好きな生き物です。ちゃびも綺麗な子だったのに、最後の方は常に尿のにおいがし、ミルクで所々毛がガビガビしていました。当時は仕方ないと思っていましたが、今から思えば可哀想なことをしました。手術して半年延命したことがよかったのか、何とも答えが出ません。

私はちゃびが大好きでしたが、自己中心的で弱くて愚かでした。今でもそうです。自分を責めて許しを乞うつもりはありません。ただ、言っておかないとフェアではないと思いました。
ちゃびしゃん、ごめんね。
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