獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

長井秀和さんのインタビュー記事 (1)

2022-11-25 01:56:18 | 長井秀和

「週刊新潮」(2022年11月24日号)で、創価出身の芸人、長井秀和さんのインタビュー記事が載っていました。

長井さんは、創価小学校、創価中学校、創価高校、創価大学と一貫して創価学園に学んだ経歴を持ちながら、お笑い芸人として活躍し、その後脱会に至った人です。

長井秀和さんは1970年1月3日生まれで、現在52歳ということです。
私よりも学年でいうと12違うのですね。
私は創価高校の6期ですから、長井さんは18期でしょうか。

長井さんは、妻子のある身でありながら、
2007年5月、フィリピンで未成年者へのわいせつ疑惑が発覚。
同年10月にはカナダ人タレントとの不倫疑惑もスクープされた。一連の女性問題が大きく報道された。
2008年11月27日に9年間連れ添った妻との離婚について会見を開き、女性問題について「自分のしてきたことは極めて軽率だった」と述べた。
今後は日本で活動するとしたが、テレビ出演はほとんどなく、2011年7月、英検準1級を取得し、都内の外資系企業や保険会社などの法人を対象に週3日ほど英会話講師を務めているほか、2015年頃にはクレーン現場の警備員もしていたという。
2012年、長年入会していた創価学会を脱会。
2017年10月、婚約中の英会話講師のドイツ人女性と結婚。
2020年12月、ドイツ人女性と離婚。
(Wikipediaによる)


実生活は、女性にだらしなく、芸人としての活躍の場も狭まり、政治の世界を狙っていたということでしょうか。

2021年8月、政治団体を設立し、翌年12月の西東京市議会議員選挙に立候補する意向を示したそうです。

今回のインタビュー記事も、選挙のための売名行為の可能性がありますね。


長井さんの脱会にいたるまでの体験は、私たちアンチの非活・脱会者にも共感するところもありますが、その主張にはやや違和感を感じるところがあります。
違和感の生じるのは、なぜなのか。
「週刊新潮」の記事を引用しながら、考えてみたいと思います。

以下は、週刊新潮 (2022年11月24日号)からの引用です。


「高額献金」規制すべきは「統一教会」だけでいいのか
元信者の私が言うから「間違いないっ!」
「長井秀和」が明かす「創価学会」と「政治」「献金」「二世」

あの人もガッカイらしいよー。
旧統一教会の問題が騒がれるようになるまで、一般の方が創価学会に対して抱く興味といえば、この程度のものだったのではないでしょうか。タレントのあの人は、アイドルのあの子も、プロ野球のあの選手だって……みんなみんな学会員ら しいよ! そんなゴシップを耳にしたことのある人も多いと思います。何よりかくいう私も学会の「芸術部」に所属する学会員の有名人の一人でした。

そう話すのは「間違いないっ!」のフレーズで一世を風靡したお笑い芸人の長井秀和氏(52)だ。熱心な学会員家庭に生まれた長井氏は、かつて学会の広告塔として公明党 の選挙応援にも駆り出されていた自称“創価エリ ート”である。
統一教会騒動でクローズアップされた宗教二世や高額献金、政治と宗教の問題は、創価学会にとっても他人事ではない。10年前に脱会し、現在は12月に投開票を控えた西 東京市議選を見据えて政治活動を行う長井氏が、身をもって経験した学会の内実を告白する。 

一般の人にとって“学会員の有名人”は単なるゴシップネタに過ぎないかもしれませんが、学会にとっては非常に重要な存在です。それは学会への勧誘や公明党の選挙活動において、彼らがとてつもなく大きな力を発揮するからです。
学会では勧誘のことを「折伏」と言いますが、そもそも信仰のない人に教義や池田大作名誉会長(94)の 素晴らしさを話したところで誰もピンと来ない。
だから結局、“芸能人の誰々も創価学会”とか“私はあの芸能人とも会ったことがある”とか、キャバクラ嬢を口説くオッサンのような売り込み方で勧誘するのが一番の近道なんです。
自分で言うのもナンですが、私はそんな学会の芸術部の中でもある種、特別な存在だった。芸術部には、それこそ久本雅美さんや柴田理恵さん、岸本加世子さんなど錚々たる芸能人が名を連ねていましたが、彼らはみんな大人になってから勧誘されて入会したクチ。
一方、私は両親が熱心な学会員で、小学3年生のときに開校した東京創価小学校に編入して以来、創価中、創価高、創価大と進学。 池田氏肝いりの創価学園で純粋培養された池田チルドレンの中で初めて売れた芸能人だったのです。
実際、私が芸人としてテレビによく出るようになっ2003年頃には“池田名誉会長も大変喜んでいる”という話をよく聞きました。さらに、今から7~8年前には、池田氏の側近集団である第一庶務の一人から「池田先生は時々思い出したように『長井君はど うしているんだろう』とおっしゃる」と開かされたこともあります。 
私は営業先などで池田氏をイジるネタもやっていたのですが、もちろん、そういう都合の悪い話は池田氏の耳には入れなかったのでしょう。 

長井氏の突然のプレイクは、池田氏だけでなく周囲の反応も変えることになった。もちろん、その裏で期待されていたのは広告塔としての役割だ。

実は学会の芸術部には半年間の研修期間が設けられているのですが、私の場合はそれも免除だった。「長井さんはいいんですよ!」「みんなあなたのことは知っているんですから!」と言われ、すぐに大きな会合に連れていかれました。今思えば本当にいい加減ですよね。

 

不気味な“宗教ハウス”
当然、選挙にも何度も駆り出されましたよ。私の父親は地区の幹部で、弟は聖教新聞の記者。だから、住んでいた東京・武蔵村山市だけでなく父親の出身地・北海道や、弟が働いていた岩手県の選挙に駆け付けることもありました。それに 国政選挙や統一地方選挙だけでなく、年中、日本のどこかで行われている地方議員選や首長選に「来てくれないか」と呼ばれたりする。 客寄せパンダとして利用されていることは重々承知の上でしたが、大抵、両親を通じて申し込みがあるので、親孝行になるなら、くらいの感じでしたね。
選挙応援で驚いたのは、久本雅美さんの出没率の高さ。久本さんは芸能界でもトップレベルの忙しさなのに、いつもどこかの選挙区で応援に入っているんです。
いっそのこと久本さんを会長にすれば、もう少し組織の求心力も増すんじゃないかと思うくらい、彼女は学会や公明党に貢献していると思いますよ。

学会の花形「芸術部」の一員として、折伏に選挙にと引っ張りだこだった長井氏。彼の学会員としての人生は、他の学会二世同様、その出生とともに歩み始めることにな る。

私は両親の代からの学会員でしたが、その育ちは巷間言われている宗教二世よりも強烈だと思います。何せ自宅が“信仰道場”と化していて、日々、学会員が集まっていたんですから。 
自宅があった武蔵村山市には当時、学会の会館がなかった。だから、何かあると“じゃあ長井邸で”となるんです。実際は、何もなくても毎日誰かが来て、南無妙法蓮華経の題目を大声で唱える「勤行」が行われ ていましたけれどね。 
当時、3階建ての家に住んでいたのですが、20畳くらいある3階部分は壁がぶち抜かれ、2階部分も半分くらいは学会のために使われていた。携帯電話どころかポケベルもない時代ですから、それぞれの私用連絡や、選挙・折伏の電話作戦のために、3階にはピンク電話まで設置されていました。
当時は学会が埼玉・所沢の西武球場なんかを借り切って文化祭を開催していたこともありましたが、その時も凄かったですよ。文化祭では、北朝鮮が将軍様をマンセーするときのようなマスゲームなどが行われるのですが、西武球場から近かった私の家が楽屋代わりに使われるんです。その日はもう、全身タイツの女性やヒラヒラ衣装を身にまとった若者が次から次へと自宅に出入りして。子供心には楽しかったですが、夜遅くまで大音量の題目とともに得体のしれない連中が出入りする宗教ハウスですから、近所の人からするとかなり不気味だったでしょうね。 
うちがそんな風に使われていたのは、父が聖教新聞の販売店の店主をしていたことも関係しています。聖教新聞は折込チラシも夕刊もありませんから、朝刊の配達が終われば基本的に仕事はない。ただ、販売店には学会および公明党の活動に殉じるという裏テーマがあった。うちの父も後年、公明党の市議を務めていたくらいで、学会のために生涯を捧げることを厭わないタイプの人間でした。

ところが、学会のエリート一家に生まれた長井氏自身の信仰生活は決して“真面目”と言えるものではなかった。

創価大を卒業してからブレイクするまで10年ほど下積み期間がありましたが、正直、私はそこまで熱心な会員ではなかった。1年に1回、地区の集会に参加するくらいでしたね。
もちろん、芸人としての活動が忙しかったというのもありますが、ブレイクし、芸術部でチヤホヤされていた頃も創価学会へのネガティブな思いはありました。今が100%だとすると、当時でも55%くらいはあったように思います。 
その理由は……やっぱり、目で見た生身の「池田大作」と組織の中で言い伝えられる「池田大作」との間にギャップを感じるようになったことが大きいですね。

(つづく)


解説
小学3年生のときに開校した東京創価小学校に編入して以来、創価中、創価高、創価大と進学。 池田氏肝いりの創価学園で純粋培養された池田チルドレンの中で初めて売れた芸能人だったのです。
実際、私が芸人としてテレビによく出るようになっ2003年頃には“池田名誉会長も大変喜んでいる”という話をよく聞きました。

なんだか自分が“創価エリート”として組織内でチヤホヤされていたことを自慢しているような文章で、あまりいい感じはしませんね。

実は学会の芸術部には半年間の研修期間が設けられているのですが、私の場合はそれも免除だった。「長井さんはいいんですよ!」「みんなあなたのことは知っているんですから!」と言われ、すぐに大きな会合に連れていかれました。

自分は特別で、目をかけられた存在だったといいたいのでしょうか。

 

獅子風蓮

 



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