獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

対話ブログ・ラストステージ:獅子風蓮の登場 その2

2021-06-09 00:02:02 | 対話ブログ

●獅子風蓮(2021年1月22日 13:26)
獅子風蓮です。
元創価、法華講みかつのアラカン男性です。
シニフィエさん、コメント承認ありがとうございました。
少し誤解があるようなので、説明させていただきます。

詳しくはホームページやブログに書いた通りなのですが、一昨年夏ごろ創価高校(6期)の同窓会のお誘いがありました。
当日は仕事の都合で出席なかったため、近況を知らせるべく、あわただしく個人のホームページを立ち上げました。
その目的として、同期生の中では「退転者」「反逆者」と思われている自分の立場を、明確に示しておきたかったのと、子どもの結婚など、いろいろ創価学会にまつわる悩みを抱えている同期生もいるかと思い、その人が、立ち止まって考えるきっかけになればいいと思ったからです。
ですから、ホームページの説明として、「単に創価学会を批判したり日蓮正宗を批判するものではなく、創価学会からの脱会を勧めたりするものでもない」とうたっています。
「一人の大学生だった創価学会員が創価学会の組織に疑問を持ち、いろいろ学び、格闘し、人生を考えた軌跡です。創価学会に疑問を持った人、創価学会をやめた人、親が創価学会員で人生に困難を感じる人など……が、いろいろ考える参考になればと思い、作りました。まだ完成の途中ですが、一緒に、仏教を学びたいと思う人は、お付き合いください。」とも書きました。
リンク先として、この対話ブログも勝手に書かせていただきました。
創価学会の信仰に少しでも疑問を持った人が、この対話ブログをのぞいて、学会組織のおかしさに気づいてもらえたらいいなと思ったからです。

マイヒーローズの上位に創価学会の歴代の会長が並んだのは、そういう仲間内での受けを狙ったしゃれのようなものです。別に、尊敬している順に並べたわけではありません。
https://www.shishi-fu-ren.com/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA/
ちなみに、一番尊敬しているのはブッダ(大乗仏教でいう釈迦本仏の釈迦ではなく、歴史上のゴータマの方です)とイエス・キリストかな。

牧口先生は、創価学会がいうような平和主義者でも反戦主義者でもありませんでしたが、自身の信念を貫いた立派な方だったと思います。尊敬しています。

戸田先生は、今回のコメントにも書いたように、開けっぴろげで、よく言えば豪放磊落、人を惹きつける魅力のある方だったようです。
「映画・人間革命」は、この間、日本映画専門チャンネルで初回無料で放映されていたので、録画して見ました。
いやあ、懐かしかったです。
映画館で見た覚えはあるのですが、だいぶ忘れていたので、今回、見れて良かったです。
戦前の戸田先生が、出入り業者を片っ端から折伏しているところが描かれていましたが、あれはちょっと引きますね。でも、当時の折伏は、あれが普通だったんでしょうね。

結論からいうと、戦前から戦後しばらくの創価(教育)学会は、狂信的で、今から思うと非常識なところが混じってはいるものの、宗教的には純粋で、ドラマチックですらあったと思います。
だからこそ、こんな映画もできたのでしょう。
シニフィエさんたちが言われているように、牧口先生と戸田先生が最初から会員から金を巻き上げるために創価教育学会を作ったというのは違うと思います。
このブログでは、「狩野川物語り」を根拠に、そのような論が流されているようですが、「狩野川物語り」はあくまでフィクションであり、根拠としては乏しいと思うのです。

「戸田城聖-創価学会-」(日隈威徳)という本があります。最近復刻版が出たので、誰でも入手できます。
戸田城聖のことを批判的な立場から論じた本ですが、その中の創価教育学会の誕生にかかわる記載には、「狩野川物語り」の中身と共通する点はありませんでした。

また、平成24年より週刊ポストで連載された佐野眞一のノンフィクション「化城の人」というのがあります。「池田大作と創価学会の80年」という副題で、厳しい批評家の目で創価教育学会の設立前後から創価学会のことが書かれていました。
私も連載を楽しみに、毎週欠かさずコピーを取っていましたが、佐野氏がこの連載にあたって「盗作」を指摘されたり、他の週刊誌の連載記事の中で差別的表現があったということで批判され、週刊ポストのこの連載「化城の人」は第一部最終回(戸田の死)をもって中断されてしまいました。
第二部では、池田氏のことが書かれる予定だったので、中断が残念でした。
そのため、書籍化はされていません。
佐野氏が断筆にまで追いやられたのは、創価学会の圧力があったのではないかとの推測もされています。
いま、この貴重なコピーをひもといて、創価教育学会設立当時の記載を読んでみても、「狩野川物語り」の中身と共通する点はありませんでした。
戸田先生は、創価教育学会を資金面で支えようとしたため、実業家としての面が強かったんだと思います。
金儲けに忙しかったのは確かですが、それは牧口先生と創価教育学会組織を支えるためだったのだと思います。けっして、会員をだまして金を吸い上げる目的で創価教育学会を作ったのではないと考えます。
しかし、前のコメントで「末法無戒」のことに言及しましたが、戸田氏の指導は、現世利益、露骨な功徳罰論を前面に出した点など、狂信的なものが多く、その影響をのちの創価学会に強く残しました。
その点で、私もホームページで断っているように「戸田先生の思想をどう評価するべきか、現時点では判断を保留せざるをえない。古い版の『人間革命』をまた読み返して、じっくり考えてみたい」という立場です。

つぎに池田氏を「池田先生」と表記している点について、ここに集まる方の多くは不快感を持たれたようで、申し訳ないと思っています。

現在の創価学会の詐欺性、犯罪性についてはシニフィエさんとまったく同感です。
日蓮正宗の教義の誤りも理解しています。
池田氏については、学園生として感謝している部分があるので、自分の中ではいまでも「創立者池田先生」という気持ちがあります。しかし、いろいろ自分なりに勉強してみると、現在の創価学会の組織悪の原因は、やはり池田氏が作ったと思わざる得ません。
池田先生を敬愛する気持ちと池田氏を批判する気持ちのせめぎあいの中から、このように考えるようになりました。
元々池田氏は理想をもって創価学会を良くしていこう、発展させていこうという自信に満ち溢れていた。ところが、ある時期から池田氏に挫折感が生まれ、徐々に人格の変化、劣化が起こったのではないか、それに合わせて、組織の劣化が起こったのではないかと。
そのへんを、自分のホームページやブログで、すこしずつまとめて書いていきたいと思っています。

ちなみに池田氏には、著書や論文を自分で書いていない疑いがある(詳しくは私のホームページの中のマイアーカイブ「宗教と倫理の間」で論じました)
https://www.shishi-fu-ren.com/%E5%AE%97%E6%95%99%E5%80%AB%E7%90%86%E9%96%93%E5%8D%81/
ところや、へんに見栄をはるところ、人心掌握術に長けているはずなのになぜか側近の離反者が多いところ、謀略的なところなどなどがあります。それでも、庶民的で、人を引き付ける魅力があります。不思議な人です。そのへんの実像に少しでも近づければと思っています。

「佐藤優氏や田原総一朗氏などから、池田先生の視野の広さと先見性が評価されてきているのを見ると、私のような立場の人間からしても、なんだかうれしい」と書いたところも不快感を与えたようなので釈明させてください。

わたしのホームページでは、マイブックシェルフ(私の思想に影響を与えた本たち)というページで、私の思想に影響を与えた本のうち代表的なものを、一般の本、創価学会批判本、創価学会サイドの本というカテゴリー別に紹介しています。
田原総一朗氏の『創価学会』は創価学会サイドの本というカテゴリーに分類されていて、明らかに創価学会サイドの情報に偏って書かれた本です。
最近発売された佐藤優氏の「創価学会研究」も、このカテゴリーに分類されることでしょう。
佐藤氏は月刊誌「潮」にも連載を持っていて、「新・人間革命」の文章のコピペを多用して、創価学会よいしょの記事を書き連ねていて、あまり気持ちのいいものではありません。
しかし、佐藤氏は、元外交官としてソ連で勤務されたことのある方で、外交面で功績のあった池田氏を評価しているのも理解できるのです。
ただ、佐藤氏がどうして雑誌の連載や多数の著作をしてまで創価学会と池田氏の援護をするのか、その動機についてはよく分かりません。多額の執筆報酬と印税が目的なのでしょうか。それだけではない気がします。
佐藤氏には『国家の罠_外務省のラスプーチンと呼ばれて』という著書があります。
これは漫画化もされていて(「憂国のラスプーチン」)読みやすいです。
もしかしたら佐藤氏は、創価学会という教団組織の中に、ラスプーチンのように食い込んで、自分の影響力を、教団やその支配する政党にまで広げ、ひいては国家に対する影響力まで確保しようと考えているのかもしれません。
そうでなければ、どんな肩書を持って、創価中枢の査問委員会のような会議に招かれたりするのでしょうか。
佐藤氏については、その膨大な著作の中から、代表的なものを読んで、しっかり批判していきたいと思います。しかし、かなり時間がかかると思います。ご容赦ください。
このように、別に田原氏や佐藤氏のことを全面的に信頼しているわけではないのですが、彼らのようないわゆる識者が、池田氏や創価学会のことを評価しているのを見ると、すでに脱会している立場であっても、ついうれしくなってしまうのです。
この間、創価大学が箱根駅伝で活躍しました。
それを見たアンチの人々のうち少なからぬ人が、単純にうれしく思ったのではないでしょうか。
私も創価大学の選手の健闘には心の中で拍手を送りました。
それと似たような感じで、池田氏が一般の識者から評価されると、たとえそれが間違った情報や偏った情報から得られた過大(誇大)な評価だとしても、条件反射的に、心の中でうれしいと思ってしまい、このような書き方をしてしまったのです。
これも、当初のホームページ開設の目的が、同期生に対するアピールでしたので、表現が甘くなりすぎていたかもしれません。

さて、「獅子風蓮さんは創価学会を宗教だと思っていますか?」という質問ですが、現在の創価学会の組織の評価については、「創価は詐欺だ」というシニフィエさんの指摘が正しいと思っています。
しかし、ある時期までは、信仰を共にするものの家族的な雰囲気のある組織だったとも思うのです。
私自身は組織を早くに離れ、組織にまつわるなんの苦労もしていないので、あまり意見の言える立場ではないのですが、あくまで、私が子ども時代に感じていた学会の印象です。

最後に、「脱会した今でも創価に未練や可能性を感じているということなのでしょうか」ということですが、創価学会に未練はないですが、今も創価学会に籍を置いている同期生や、親族がもし組織に疑問を感じて苦しんでいるなら、相談にのってあげたいとおもってます。

ホームページにも書いたことですが、大学生になった私は、自動的に学内組織に所属することになりました。
そして、友人を連れてきて折伏をしなければいけないと言われました。
学会2世として、確たる信仰心もなく、教学もまともに勉強していない不真面目な学会員としては、これは一種のカルチャーショックでした。
教養学部のクラスでみんなと仲よくやっていきたかったので、友人を折伏なんてしたくはなかったのですが、今でいうブラック企業のノルマのような圧力を感じて、一度だけ、真面目そうな男子学生に声をかけて学内の組織に連れて行ったことがあります。
その時、組織の先輩は、彼の出身県を尋ねて、四国のある県だと聞くと、「そこは真言宗だから亡国だ……」という折伏を始めたのです。これは、ついていけないと思いました。
また地元(横浜市)の学生部の組織からも会合に出るようにしつこく誘われ、自宅まで熱心に訪問され、嫌気がさしてきました。
やがて、創価学会の組織の在り方、信仰の在り方に疑問を持ち、大学の図書館で日蓮関係の書籍を探して読んだり、一般の書店で、創価学会批判の本を買ってきてはいろいろ考えたりしたのです。
その時のことを拙い文でつづったパンフレット「よりより創価学会を作るために」は私のホームページのマイアーカイブに載せてあります。
https://www.shishi-fu-ren.com/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%96/
そのパンプレットを組織内外の友人に渡して、問題提起したつもりでしたが、あまり期待したような反応はなく、学会の組織改革なんて簡単にできることではないと思い知らされました。大学での勉強も忙しくなり、いつしか組織からは離れ、学会の信仰からも遠ざかっていました。
まだ創価学会員だったころ、創価学会改革の提言をまとめて、池田先生に送ったことがあります。残念ながら返事はいただけませんでしたが、なんだかそれで気が済んで、その後は、学会改革なんてどうでもよくなってしまいました。

創価学会改革の提言をまとめるなんで、どうも私には妄想癖があるのかもしれません。
それでも、今でも考えます、あの時、学会の組織が私の提言をまじめに取り上げていてくれたら、と。
40年を経て、学会はソフト路線に舵をきったといわれています。
「四箇格言」はひっこめて、折伏は無理をせず、今後はF取りなどの無理な選挙活動も控える流れのようです。
ある意味で、40年前の私の提言が一部実現しつつあるように思われます。
しかし、肝心な批判拒否体質、過去の誤りをきちんと反省すること、過去に犯した犯罪行為を明らかにして、関係者に謝罪すること、宗門との抗争で謀略に満ちた汚い戦略をとったことへの反省と謝罪などはなされないままです。聖教新聞の多部購読や高額の財務を実質的に推進して、会員を苦しめてきたことの謝罪と改善などもなされていません。
このような現代的な改革がなされない以上、創価学会に未来はないと思います。
外資系コンサルティング会社アクセンチュアに高額の顧問料(これも原資は創価学会員の財務など)を支払って、イメージ戦略を図るよりも、この獅子風蓮にまかせれば、バッタバッタと改革のメスをふるって見せるのに、と私の妄想は広がります。

結論、今のままでは、創価学会に未来はありません。

シニフィエさん、これで質問の回答になりましたでしょうか。
有意義な対話になっていれば幸いです。

獅子風蓮でした。

●獅子風蓮(2021年1月22日 13:30)

連投、お許しください。
獅子風蓮です。
元創価、法華講みかつのアラカン男性です。

SGKMKさん、はじめまして。

獅子風蓮さんは創価高校卒なので今でも池田センセーを尊敬してますよね。
池田センセーは悪くなくて今の創価学会の組織や上層部の幹部たちが悪いと考えてますよね。

はい、ある時期まで、池田先生は学会内左派(いい意味で)だ。
取り巻きの幹部連中が保守的で、池田先生を押さえつけている、と本気で思っていました。
でも、今は、現在の集金システムを作ったのが池田氏本人で、そこから吸い上げたお金を海外や専用施設建設などで浪費しているのも池田氏本人だと気づき、諸悪の元凶は池田氏にあったと認めています。

創価学会も改善していけばまともな宗教団体に成ると考えているようですが、無理ですよ。
マルチ商法と一緒なんですよ。外部を創価学会に入会させることは創価学会にお金を貢いで下さいと頼んでい>ることと同じなんですよ。

同意します。

法華講に移ったようですが日蓮仏法を信じているのですね。天台智顗の五時八教も信じているのですよね。法華経はお釈迦さまの教えだと信じてますよね。

これは誤解です。
大学生のころから創価学会に疑問を持って仏教書などを読み漁りました。
『仏教の思想』(上・下)梅原猛(1980年、角川書店)を読んでショックを受けました。
上巻では、天台大師智顗の説いた「五時八教」は近代文献学の成果に照らすと誤りであると書いてあったのです。『法華経』はブッダの教えと何の関係もないことも知りました。
私のホームページやブログにその辺のことは詳しく書いてあります。
https://www.shishi-fu-ren.com/
(あるいは獅子風蓮で検索してみてください)

法華講に移籍はしましたが、日蓮正宗の教義を全面的に肯定してわけではありません。

ところで、平成21年に胃がんにかかり胃全摘手術を受けたことを、私のホームページにかきました。
マイアーカイブの最後のところです。
https://www.shishi-fu-ren.com/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%96/
いやあ、このときは焦りました。
創価学会をやめ法華講の集まりにも顔を出さない不信心者の私ですが、朝晩、ご本尊に向かい、真剣な祈りをささげました。時間は長くありませんでしたが。
術後10年以上たちますが、再発もなく、元気にしごとを続けています。
なにも信心の功徳だといいたいのではなく、執刀して下さった外科の先生、進歩した抗がん剤、応援してくれた家族、すべてのおかげだと思っています。
それでも、真剣に祈ることは、自身の免疫系を賦活することにもつながり、それは無意味だとは思いません。
創価学会にも日蓮正宗にも、教義的な誤りを見つけることはたやすいですが、信仰の対象を与えてくれたことに、感謝しています。

SGKMKさんとは、誤解が解ければ、いい関係が持てると思っています。
これからもよろしくお願いいたします。

獅子風蓮でした。



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