東京では大変なことになっている。6時半頃から1時間近く久々のドシャ降りであった。東京は雨風に極めて弱く、これで帰宅の足は大きな影響を受けることになる。私はちょうど駅前のコンビニまで買出しに出ていたが歩道が雨水で溢れて来た段階で途中の不動産店の軒下で缶ビールを開けることにした。これほどの降りの強さは6月末以来のことである。まだ8月の終わりであり時間的にも夕立と言えるだろう。これからテレ朝系で「信長のシェフ」を観たい。先週見逃したので楽しみである。 待ったなしの信長のシェフ驟雨果つ まほろば
今日の上野または神田神保町行きは取り止め、近隣のJR駅で用を済ますことにした。いずれにしてもここは東京のDEEP下町である。今週の仕事は遠隔の千葉県の我孫子なので普段は下町の空気からは遁れられない。俳句の投稿準備はかなり進んだ。あともう少しで8月分は終了する。9月分はさて置いて夏の句の連作の構想に移る。来週9月に入るとしばらくはまた真夏日に戻りそうなので気分をまた夏に巻き戻さなければならない。夏でないと書けない心境を引き出すのである。どこからと言えば記憶の奥深くからだ。また一人吟行などで東京をアチコチ歩き回りながら自分という無尽蔵な宇宙の宝庫アキシャと対面し続けることになりそうだ。 アカシックコード 私といふ空洞 夏の果て まほろば
いくさとは人間の業なり秋始め 白帝の飽くなき白さ愛餓とも 秋暑し開襟シャツの刑事(でか)が来る 残暑見舞広末涼子は悪女なり 涼新た七度生まれて七度死ぬ シ-シュポスの神話ニッポンの秋は来ず ヒロシマをまた狙ったのか秋気満つ 金秋とはどう考えてもまた地獄 葉月の葉ぺらぺらエヴァンゲリオンの日 破顔一笑の石破茂九月の山上に(政界クリスチャンの一人)
今日は何と最高24度である。まだ8月も終わらないのに10月頃の気温になっている。下もやっと20度を維持出来るかどうかの瀬戸際である。このまま20~25度の日が続けばもう完全な初秋ということになる。とは言っても5月ぐらいから暑かったり蒸れたりの日が断続的に続いたのであっけなく夏が終わっても仕方がない。俳句だけは夏の句の連作を構想しているので大至急かからなければならない。別に作句は当季でなければならいという決まりはないのでかまわないが、やはり雰囲気があまりに違い過ぎるのも困る。ところで来週の平日に新年以来の句会に新たに出席出来そうである。それこそ当季や有季定型にこだわらず自由に短詩を出し合える場のはずなので楽しみである。俳句などというものが21世紀になって存続していること自体アナグロにすぎないのに、結社だ有季だとドグマ化して私物化する精神の腐敗とは根底から切れていることを切に期待したい。 八月のドカ雪人工でもかまわない まほろば