わたしの1970年代前半の上京から、すでに40年以上の年月が過ぎ去った。とにかく、10年区切りの各年代の変貌ぶりが凄まじい。中でも、当初の70年代から80年代への変化がいちばん大きかった。60年代末のウッドストックに集約されたニューロックは、70年代の後半には跡形も無く消滅し、パンク・ニューウェイブという突然変異めいた異貌の音楽表現が出現し、80年代前半には何の痕跡も残さず消え去った。そんな中で、ファッションの世界に一陣の涼風のように現れ、街を彩ったデザイナーズブランド(キャラクターズ。略してDC)は時代の唯一の収穫だった。その担い手が70年安保を闘った【団塊の世代】であったことも身近さを感じる理由だった。ただし、その創造物(ファッション)を身に着けて街を闊歩していたのは、わたしたちを足蹴にしてのし上がった【元祖おたく世代】であったことは不快極まりないことであった。丸井のバーゲンの列に並ぶ時、わたしは30歳を少し超えていたが、彼らは20歳前後のシャキシャキの若者だったのだ。このDCブランドの売りのひとつに、ダブダボの大よそ当時の大都市の日常生活にそぐわない、アンチ機能的な上下服があった。ニューウェイブ音楽の中心だったテクノポップのような無機質な全体性ではなく、実に豊穣な色彩感に溢れていた。70年代までの否定精神は、もはやどこにも無かった。これを指して、ある新聞コラムは【戦争をしない男の服】と表現していた。確かに、80年代という時代はベトナム戦争(~1975)も終結し、第二次世界大戦からの《第二の復興》とも言うべき次なる世界の有り様を模索する時期に当たっていた。その割には、この時代の担い手は全ての事柄に対してあからさまに醒め切っていて、彼らがこれらのブランド服を身に付ける時は、まるで能面のような表情をしていた。1970年の変革の破綻という泥沼を見ながら、何の展望もなく立ち尽くすことを余儀なくされていた私たちポスト【団塊の世代】には、理解の範囲を越えていた。もはや、何事も完結し、変化の必要はどこにもないとでも言いたげに映った。・・・《続く》
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