前回から突然始まった「映画少年漂流記」。「プレイバック70年代」の映画編ということで、ぼくが70年代中学~大学卒業までに映画館やTVの映画劇場でリアルタイムで観たお気に入りの作品を、その時代のエピソードも交えながら紹介していく予定なので、気楽にお付き合いいただきたい。どの映画もぼくにとっては思い入れの深いものだが、この頃見た映画は思いっきり個人的趣味が反映していて、世間で名作と言われる映画はほとんど見ていないので、あしからずご了承ください。
さて1969年、小6の冬にぼくは映画館デビューを果たしたのだが、中学生になった1970年は映画館へ一度も足を運ばず過ぎてしまった。中学生になると同時に、親友のM君は転校してしまい、新しくできた部活(ハンドボール部)仲間の友人たちの中には、一緒に映画を見に行くような映画好きはいなかったのである。
年が明けいよいよぼくにとってはあらゆる意味でエポックメーキングな年、1971年が訪れた。中学2年生になって同じクラスになったI君が、またぼくを映画の道へと導いてくれたのだ。ぼくの洋楽のお師匠さんであるI君は(洋楽巡礼参照)、もちろん洋画にも造詣が深く、そのI君イチオシの映画ということで誘われて見に行ったのが『小さな恋のメロディ』だった。とにかくヒロインのメロディ役を演じたトレーシー・ハイドが抜群に可愛くて、彼女はこの映画1本で、ぼくたち多くの日本の少年たちの純真な男心を鷲づかみにしてしまったのである。
スクリーンの上のメロディ(トレーシー・ハイド)にすっかり恋してしまったぼくは、彼女の記事が載るスクリーン(映画雑誌)を購入し、映画で使われた曲が入ったビージーズのレコードを擦り切れるほど聴いて、映画のシーンを心に描く毎日だった。I君とはいつも映画の話で盛り上がり、2人でメロディのような可憐な少女が突然転校してくる妄想にふけっていた。ニキビ面の自分たちのことは棚に上げ、同じクラスの女子とは比較にならない現実にため息をつき、ロンドンから遠く離れた日本の片田舎に住む中2の1971年は、何事もなく過ぎていくのであった。
■映画のストーリー
舞台は1970年代初頭のロンドンの下町にあるキリスト教系の厳格な中学校。同じクラスの11歳の2人の少年、ダニエル(マーク・レスター)とトム(ジャック・ワイルド)は、少年軍も同じだったことがきっかけで親しくなる。ミドルクラスの家庭に育つ内気でシャイなダニエルと、労働者階級の貧しい過程で育つやんちゃなガキ大将のトム。性格も家庭環境も対照的なふたりだが、なぜか意気投合し友情を深めていく。
ある日トムに誘われ、たまたま女子バレエのクラスを覗き見したダニエルは、そこで踊るひとりの可憐な少女メロディにすっかり心を奪われてしまう。ダニエルとメロディはお互いに惹かれあい、ふたりの愛を育んでいく。そろって学校をさぼりデートに行った海辺のリゾート地で、ついにふたりは結婚の約束をかわす。
最初トムはふたりの友情に突然入ってきたメロディにとまどい、自分との友情よりメロディへの愛を優先するダニエルにつらくあたるが、やがてダニエルとメロディが真剣に結婚を望んでいることを知り、ふたりを応援する。はじめはからかっていたクラスメイトたちも、真剣なふたりの愛を成就させようと一致団結し、ふたりは駆け落ちを決心をする。
授業を抜け出したクラスメート全員に見守られ、秘密の遊び場の鉄道の廃墟で、トムが神父になり結婚式が行われた。それを阻止すべく駆け付けた先生や親をクラスメイトの協力で振り切ったふたりは、トムの見送るなか廃線跡のトロッコに飛び乗り、どこまでもまっすぐに伸びる線路を遠ざかって行った。
■ぼくのイチオシ
公開当時この映画に夢中になり、ぼくは少ない小遣いをはたき地元の町の映画館へ2度も見に行ったのだが、その当時はメロディの可愛さにばかりに気を取られ、この映画の本当の魅力に気づいていなかった。今回久しぶりにDVDをじっくり見直して、ラブストーリーとは別に、登場する少年少女たちの日常が実に生き生きと自然に描かれているのが印象に残った。
映画の冒頭は、夜が明けたばかりのロンドンの町を行進する少年軍(BB)のシーンから始まる。入隊したばかりの優等生ダニエルと、ひと目で悪ガキと分かるトムが親しくなるきっかけの場面なのだが、ロンドンに住む同世代の彼らの日常を初めて目にした当時のぼくは、新鮮な驚きと興味で、のっけからぐいぐい映画に引き込まれてしまった。
映画の前半は環境の違う主人公3人の家庭と学校での普通の日常を、ディテールにこだわり丁寧に描くことに専念している。 3人は同じ学校に通いながらも、その暮らしぶりはずいぶんと違っている。ダニエルはミドルクラスの家庭で育ち家は一戸建て、母親は派手な身なりでオープンカー(ただしかなりくたびれているところがミソ)を乗り回し、会話の端々からも上昇志向が垣間見える有閑マダム。一方トムとメロディが住むのは低所得者向きの古い集合住宅で、トムは祖父と2人暮らしのため、家事をしに決まった時間に帰宅しなければならない。メロディは母親に頼まれて昼間からパブに入り浸る父親を迎えに行くのが日課で、祖母を含めた4人家族の決して裕福ではない暮らしぶりが透けて見える。
後半からはダニエルと親友トムとの男の友情と、ダニエルとメロディのラブストーリーが絡み合って急テンポで物語が進行していく。全編に流れる淡いトーンの映像には、カメラを通して彼らを優しく見守る監督の思いが伝わってくるようだ。トロッコに乗りふたりだけの世界に旅立つラストシーンは、見終わってからも単なるファンタジーでは終わらない深い余韻を残していく。その他にもメロディが金魚を持って街角を歩くシーンや、ダニエルとメロディが手を取り合って下校するシーン、雨の墓地で2人がより添うシーンは、美しい映像と音楽とともにいつまでもぼくの心に残っている。
■DVDパッケージは逆光に浮かび上がるふたりの姿が印象的なシーン
■翌年に出版された原作本
■原作本掲載の映画のワンシーン
楽器の演奏テストの順番待ちの間、自然に始まった即興演奏で、ふたりの心は急速に接近する
■小さな恋のメロディ
公開:1971年
監督:ワリス・フセイン
出演:マーク・レスター、トレーシー・ハイド、ジャック・ワイルド他
次回はこの映画にはなくてはならない名曲の数々を、名シーンとともに紹介します・・・