職場では今月1日から夏の制服に切り替わりました。
切り替わった当初は、こちらとしては季節外れの夏日が続き、涼しくてよかったのですがそれもつかの間。
ここ1週間ほどは雨続きです。最高気温も20℃を超えるくらいで、半そでの夏服は体が冷えます^^;
冷房ギンギンというわけではありませんが、仕事柄、料理を取りに行くと厨房は暑くて、飲み物など冷たいものを補充しに大型の冷蔵庫を開けると、ヒヤッと冷気にさらされる。一気に汗が冷える。といった具合です。
今日もどんより曇り空。
昨日、学習センターで1冊の本を借りました。
「新版 論理トレーニング」 野矢茂樹 著
哲学教科書シリーズの中の1冊です。
”外国語に向かうようにして日本語の論理を見直してみること。それによって、日本語が本来もっている論理的パワーが解放されてくる。”
なんだか面白そう。それに、今の私に必要なことだと思いました。論理的な考え方を身につけることで自分の考えをよく人にわかるように説明できるようになるでしょう。また、自分自身でも考えを整理するのに役に立つでしょう。何より、物事を冷静にとらえ、論理的に考えることができれば、無用な悩みにとらわれずにすむはずです。
この本は大学の教養課程でテキストとしてもつかわれているそうですが、独習用にも使えるように工夫されています。
論理とはなにか、演繹とは・・解説があり、途中で簡単な例題をはさみながらどのように考えていくか説明が続きます。とても親切な本だと思います。
そうそう、パトリック・ジュースキントの「香水」は読み終わりました。 後半は一気に読めました。
でも、後味の悪い小説でした^^;
あってはならないことが描かれていて。真の香水を嗅いだとき、人はそんなにも魅了されてしまうのでしょうか。
本物の香りを採取するのはものすごく時間と手間のかかることです。たとえば、大量のバラから数mlの精油しか採取できません。原液はとても濃厚でそのまま使うと気分や体調が悪くなるでしょう。だから、アルコールなどで薄めて使うわけです。
適量の香りは気分を落ち着かせたり、明るくしてくれたりするのです。
小説のラストでは、そんな作用のある本物の香りが、人々を豹変させてしまうわけです。最近は人工的で安価なよい香りが多いので、幸いにも(?)人は何の支障もなく日常生活を送れているのでしょうかね。怖いラストシーンは、所詮、小説の中の出来事でありえない!と思う一方で、本物の香りだったら・・と恐怖を感じずにはいられないのです。
人は香りから逃れることはできません。呼吸とセットですからね。
今日は夕方からロシア語の授業があるので、早めに学習センターに行き勉強しました。
自宅でもパソコンから講義を視聴することもできますが、どうも気が散ります。
やっぱり、勉強するには環境が大事ですね。
まずは「数学の歴史」を2回分。眠気予防にノートも取りながら見ました。テキストの内容を少しふくらませた講義で面白かったです。やっぱり、放送授業も大事ですね。
と 言いつつ、私ったらこっそり音楽CDを持ち込んで、途中で聴きながらロシア語の単語をまとめたりしていました。
講義ばっかりじゃ疲れちゃうもんね☆
こっそり持ち込んだCDは、グリエールというロシアの作曲家。初めて耳にする音楽です。これはたしか、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団のCDがほしくてamazonで探したものだと思います。スロヴァキア・フィル管のCD自体、あまり数がなく、グリエールって聴いたことないし、ロシアの作曲家だから興味あるな~って軽いノリで買ってしまいました。
先日届いて何度か聴きましたが、けっこう好きになりました。風景画を音符に置き換えたかのようなメロディーがよいです。有名な作曲家でなくても、いい曲はたくさんあるのですね。
音楽のほうに話がそれてしまいました。いかん、いかん。
音楽を聴きながらロシア語を少しやって、その後「住まい論」という科目がちょっと気になって視聴してみました。中東などの乾燥した地域の住まいや生活スタイルについての講義でした。とっていない科目なので時間の無駄か・・・。
最後に「日本近現代史」を1回分見て、ロシア語の授業に行きました。
ロシア語は今日で5回目。もう半分過ぎてしまったんだなぁ。8回でおしまいだけど、その後もロシア語勉強し続けたいな。
職場の雑談の中から採用された私の企画。様々な分野で活躍されている方を講師にお招きし、講演をしていただき、その後ランチ交流会というものです。
告知はしているものの、反響が全くなく、何か見当違いでニーズに合わないことをしているのかと悩みました。
一人で考えていても仕方がないので、先日、営業推進課の人や、以前直属の上司だった営業部の部長に相談しました。
相談するということは、悩みや抱えている問題を相談相手に委ねることのような気がして自分の問題であれば、なかなか切り出せません。
でも、仕事のことは現在の進捗状況を報告することも兼ねてとにかく話すことが大事と考えました。
立場が違えば、見方も違うでしょうし、行き詰った考えに風を通すこともできます。
相談してみて、少し気持ちがラクになりました。問題点もしぼれました。それについてどうしたらいいか考えたら、今自分がやるべきことも見えてきました。
反対に、組織の一員としてやりすぎてはいけない、自分一人が背負い込むことでもないという感覚もわかってきました。 会社として企画を取り上げたからには、会社の企画でもあるわけです。各セクションでできるだけの協力をしてくれています。私も頑張らなくてはいけませんが、頑張るの語源「我を張る」までは行き過ぎですね。謙虚な気持ちで最善を尽くしたいと思います。
仕事をしていると、特にこうやって壁にぶつかった時には自分の考え方のクセがわかるというものですね。
これからも、ちょっとした時間をつくっては話をきいてもらおうと 思います。
今年はタイトスカートがたくさん出回っています。2年ほど前からほしくて何枚か手に入れてはいましたが、今年はほんとに当たり年です。
カジュアルなものから大人っぽいもの、大人の遊び心のあるもの・・・この3か月で3枚買いました。うれしいです☆
ところでタイトスカートの上手な選び方ですが、夏物であっても裏地の付いたものを選ぶべし!です。もうこれは必須条件です。
3枚買ったうちのカジュアルなものは、ちょっと失敗でした。夏でもOKな鮮やかな水色で、生地は薄手のコーデュロイです。でも、裏地がないので、歩いていると、ちょっともたつく感じがあります。
裏地があると、暑いかもしれませんが、もっときれいに着こなせたのに・・と残念です。下着で調節です。
そう、どんなに形がかわいい服でも、着こなしがきれいでなければ、着ているひとを素敵に見せてくれません。本人もあずましくない(うゎ、北海道弁!)はずです。着心地の良い服は少々高くついても結局は元がとれます。安上がりです。
自分に似合う服が出回っているときは、迷わず「買い!」です。
反対に、流行っていても、気がのらないときは服を買うことからしばらく遠ざかっていました。
ちなみに、今年は7分丈のパンツは全く着たいと思わないのです。このあいだも、店員さんに勧められても「気分じゃないんですよね~」とあっさり断ってしまいました。
夏。コートもジャケットも必要のない季節。おしゃれが楽しみです。
昨日の出勤途中の電車の中でのこと。2人ずつ向かい合わせで4人ずつの席が並ぶ、古いタイプの車両だったのですが、窓側の進行方向側の席が一つ空きました。立っていた私は「あ、座っちゃおうかな?」と思ったら、その席の向かい側に座っていた年配の女性が空いた席に移ったのです。それで、私は「あ、進行方向に向かって座ったほうが落ち着く方なんだな」と、その女性が座っていた席に座りました。
座ってから、私はまた読みかけの本を読み始めました。向かい側の女性はしきりに扇子であおいでいます。雨が降っていてジメジメしていましたし、体調がよくないのかな~ なんて頭のどこかで思いました。
すると、その女性が「すみません、少し窓開けたいんですけど」とおっしゃるんです。その窓は両下に洗濯ばさみのような 取っ手がついていて、その取っ手を閉じながら持ち上げて開ける様式です。私もお手伝いして窓を開けようとしましたが、開きませんでした。最近は窓を開けずに冷房をつけるのが普通になっています。しばらく開閉していないから固まっているのか、開かないようになっているのか。
女性「無理みたいですね。すみません」
私「そうですね。ちょっと蒸し暑いですね」 と言葉を交わし、ちょっとした”窓騒動”は終わりました。
これで状況は変わらないにしても、気分はずいぶん和らぐでしょう。
知らない人同士が和やかに会話できる、それを耳にした人も心のどこかで安心したり、ほほえましく思ったりするものです。
ほんと、電車の中はいろいろなことがあります。
昨日は私が登場人物になったというハナシでした。
同じ本の中に「ともあれ」と「とまれ」が出てきました。
「ともあれ」はとにかくとかそうこうしているうちに、という意味でとっていますが、「とまれ」は「ともあれ」の口語的な表現、というか、私的には幼稚な表現では・・と思っていました。
でも、本の中でそういう表現が出てくるということはアリなのかな~?と不思議に思い、国語辞典を引いてみました。
すると、アリだったんですね。「とまれ」は「ともあれ」の詰まった言い方、とありました。
なるほどね。
でも、やっぱりいきなり「とまれ」は違和感があるけどな~
件のこの本は、パトリック・ジュースキント作『香水』です。先日『コントラバス』についてちょこっと書きましたが、同じ作家です。
その後、『ゾマーさんのこと』を読んですっかり彼のファンになりました。
『香水』は、体臭をもたない男が香水に魅せられ、殺人に及ぶのか・・・というお話。 まだ読んでいる途中です。
私、以前アロマセラピーアドバイザーの資格を とったのですが、そのとき勉強した知識をフル稼働させてくれる本なんです。
精油を作る時の蒸留法、圧縮法などや、歴史的背景が小説を通して読むと情景が浮かんできて よく理解できます。
また、ジュースキント氏はこの小説を書くにあたって、綿密な下調べをしたことと思いますが、それを登場人物にどう結び付けていくのかが、とてもスリリングです。
体臭をもたないと、人から無意識レベルで侮辱されるものなのでしょうか?匂いがあるから「仲間」として受け容れらるのでしょうか。
人間も動物ですからね。
面白い本です。
昼食におにぎりを食べていたら、ゴリッ!何だ、何だ?!と思ったら、歯の詰め物が取れていました^^;
仕事が終わってから、歯医者さんへ直行。
「3年前にも同じところが取れてますね。今日もこのままつけますが、この次取れたら新しく作り直しましょう」と先生に言われて、治療終了。
この歯医者さん、ほかに虫歯がないかとか、全然診てくれないんです。たまたまジム友で同じ歯医者さんにかかっていた人がいて、「あの歯医者さん、全然商売っ気ないよね~・笑」と話したこともあるくらいです。
あんまり、あちこちいじられるのもどうかという感じですけど、こちらが言わない限り診てくれないのも・・・。
ま、自己責任です。歯磨きしっかりしようっと!
クラシック音楽が好きな私ですが、ちょっと敬遠してしまう作曲家がモーツァルトなんです。
意外ですか?
モーツァルトを嫌いな人はいないと思います。私も嫌いではないけど、あまり聴かないです。CDはいろいろ持っているんですけどね。
なぜ、敬遠してしまうのか?それは、あまりにも単純明快・万人受けする聴き心地の良い曲だから。と私には思えてしまうからなんです。
私が好きなのは、チャイコフスキー、ドボルザーク。レスピーギもいいですね。尊敬するのはショスタコーヴィチ。
聴いていて、どこかクセがあるような引っ掛かりがあるような。でもそこが魅力に なってくる曲。そんなのが好きです。
そんなひねくれた私が、「おっ!モーツァルトもいいかも☆」と思うのがオペラなんですよね。
昨日、キタラの パイプオルガンのコンサートに行ってきたのですが、歌劇「魔笛」”復讐の心は地獄のようにわが胸に燃え” がとても華やかで素敵でした。
聴いていて笑顔になっていましたね^^。
そういえば、昨年の5大オペラのコンサートも何の予備知識もなく出かけていったのですが、楽しめましたもん。
「恋って素晴らしい!」って陽気になれるコンサートでした。
このワクワク感をつかまえておきたくて、amazonで「魔笛」が入っているCDを探してしまいました。
またしても増えていくCD・・・まっ、いいか!
三修社から出版されている、黒田龍之助 著「初級ロシア語文法」を購入しました。
最初に知ったのは、amazonでしたが、実際に手に取って中身を見てから買おうと思い、書店へ。
書棚にはたくさんの学習書が並んでいて、探すのにちょっと手間取りましたが、ありました、ありました!1冊だけ^^
中を見てみたら、レビューのとおり講義調で読み進めやすく、親切な流れになっていて即購入。
読みはじめて気が付きましたが、この本、モノクロで読みやすいんです。
最近の学習書はサービス過剰というか、紙質もよくカラー印刷のものが多いです。
紙質がよいと重たくなるし、カラー印刷だとイラストまでカラフルであまり勉強に関係ないところに意識が向いてしまいそうな・・。
何より一番気に入った点は、ロシア語にカタカナの発音がついていないこと。
先日も書きましたが、カタカナのルビは邪魔です。CDがついているものは不要です。そうじゃないと、いつまでたっても覚えられません。
さすが、黒田先生!
こちらの文法書には「あとがき」もあって、そのなかで露和辞典を買うなら「白水社のパスポート露和辞典」をお勧めしています。
辞書としてだけでなく、読む辞典としても使えるとのこと。これもさっそく書店でチェックしてみるつもりです。
よい学習書に出会えると貪欲に勉強しようという気になります。うれしいです。
公開講座に行った時のこと。
講義が始まる前に年配の男性が雑談していました。
「秘密法なんかはいつか来た道だね」。
そんな風に感じているんだなぁ・・・
自由が奪われる時代には生きていたくないです。
仮に、お店のレジの印字がかすれて読みにくいとします。
あなたの食事の代金は1,700円です。金額は、最初にメニューを見てあなたも確認済みです。
でも、伝票のちょうど千の位の1がかすれて見えません。そのあとの「,700」は見えています。
レジで1700円を請求されたら、見えないからと言って「700円しか払いませんよ」と言い張りますか?
これは実際にあったお話です。
伝票の印字がかすれて見えないのであれば、すぐに修理してきちんと見えるようにするのが本当ですが、それがかなわない場合は、お店の側も伝票をテーブルに置く際にお客様に説明し、金額をしっかりお伝えするべきでした。お店にも落ち度はあります。でも、わかっているのに開き直って700円で済ませる人がいるとは、正直驚きました。
客の立場になると無条件で店員よりも強く出るのって、いじめの発想だと思えます。
至らない点があったとして、そこにつけこむのはいかがなものでしょうか。世知辛いですね。激辛です。
私も客の立場になった時に、そのお店に不都合なところを見つけたら、店員さんにさりげなく聞いたり、指摘したりしますけど、そこを利用して有利に動こうとは思いません。まぁ、私の主観でしかありませんけどね。
人とのコミュニケーションの取り方のバリエーションっていろいろあると思うんです。
対家族、対友人、対職場の人、対電車に乗り合わせた人、対お店の人(これも顔なじみのお店もあれば、初めて入るお店、旅先で立ち寄るお店・・いろいろですね)などなど。
でも、相手が変わっても自分という軸は変わりません。不本意に思うことはきちんと主張するべきですが、ある程度の寛容さというか、相手の立場を思いやる感覚も持っていたいものです。
朝、起きるとカーテンを開けて、窓を開ける。そんな季節になりました。
毎朝新しい空気が部屋の中に入ってくるのは気持ちがいいです。
昨夜は久しぶりによく眠れました。
本を読んでいたら、ベッドに吸い込まれるように眠ってました。
ΚΟΦЕ ロシア語でコーヒーの意味ですが、これ、Еで終わっています。だから中性名詞だと思ったんですが、男性名詞なんだそうです。
仕事の合間に「ロシア語の授業で男性名詞と女性名詞、中性名詞の区別の仕方を教えてもらったよ」と話していて教えてもらったことです。
授業では混乱を防ぐためか、先生は例外については何も触れませんでしたが、単語集で確認したら、男性名詞とありました。
言葉って理屈ではないこともありますから、ふ~ん。そうなんだ。いいこと聞いた♪って思うくらいです。
英語も身近にネイティヴの人がいたら、もっと楽しかっただろうなぁ。
細々とやっているこのブログ。訪問者数、閲覧数とも普段よりちょっとだけ増えた日がありました。
5月27日。この日は何を書いたんだっけ・・・?
「歴史の中の一部分」でした。この記事でこのブログの存在を知った方が他の記事も見てくれた、ということかな。
自分の心の中を見つめてみるために書いているブログ。
誰かが見てくれていると思うと、完全にすっぴんというわけではないけれど、それが良いのかなとも思います。
意志は形として見えませんが、自分自身を「こうありたい」という方向に導いていくものかと思うのです。
形として目に見えないからこそ、きれいにしておかなければ^^
・・・と、ブログの数字からあれこれと思いが広がり、襟を正す私でした。