散歩者goo 

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昨日記140925木 (民族学と芸術 ジム・ランニング)

2014年09月26日 13時02分32秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
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先程、昨日の昨日記140924の最終節に、私の芸術論を短く追記した。
民族学の立場から現代の芸術観、美術館は西洋思考の産物であるという。
では別の美術という視点が民族学から提示されるかというと、疑問である。

文化人類学では、各地域の文化を対等なものとして観察し、価値を認めるという基本姿勢がある。
しかしその背景には、普遍的な学術的合理性がある。

そもそも民族学は、社会学、や哲学の構造主義・記号論の体系に関係していて、普遍性を持つ。
現代の学問体系は、すべて西洋から生まれたものであるが、その基本は数学や科学に代表される普遍性
であり、すべての学問体系は普遍性を持っているから成立するのである。
芸術も同様である。(西洋の近現代の芸術観(価値観)を共有する地域においてのみ成立)

しかし、人文系の学問や芸術は、価値観が影響する場合が多い。
価値観は、人間に依拠するもので属人的であり、普遍的ではない。
男女平等や民主主義ですら、国により地域により人により考え方が違う。
そうしたことを、多数決でまとめるのが議会制度であり法律である。
例えば、歴史観も国や個人でも違っていて、歴史上の各国の年代区分ですら自国の学者どうしで意見の違いがあるのが現実である。
芸術も同様である。
現代芸術は西洋美術から発展したものであり、その範疇で作家が民族芸術に影響を受ける例は多くあり、(印象派<浮世絵>・ピカソ・モジリアーニ・・・・)美術館も現代美術の視点から、民族芸術を評価しているようだ。

芸術論が長くなったが、昨日は食料品の買い出しに行ったこと、ジムに行ったこと以外は特別なことは
無かった。
ジムでは、ランニングを行った。
ランニングは1週間ぶりだった。
時速9.2kmで休みを入れながら30分間走り約4.5km走った。
1週間ぶりなので、途中でばてるかと思ったが何とか走れた。
とりあえずの目標時速9.6km30分無休で走るには、先が長そうだ。
ランニング後の疲労はほとんどなかった。

その他、
大相撲 逸ノ城 新入幕で2大関倒した。
今日は横綱戦、怪物に違いない。
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