同じようなことを、いったいどれくらい経験すればわかるのだろう…。
その夜勤は自分の感覚でいうと、「とってもひどかった」。
患者さんの就寝の準備のお手伝いが終わり、ちょっとお菓子を口にして、夜勤の相方と他愛もない話ができたのは1時間もなかった。
ナースコールが止まなかった。
さあ、仮眠だわと思って体を横たえていた間もナースコールが鳴り続けていた。
白衣のポケットでPHSが震え続ける。
眠ろうと思っていたけど、胸の振動で思わずPHSを取り出して、どのお部屋から鳴っているのか確かめる。
ああ、〇〇さん、やっぱり眠れなくて呼んできたんだ…。
そう思いながらも休憩する時は休憩しなきゃと思い、相方に託して目を閉じた。
1時間も経たない間に、相方が自分を起こしに来た。
「ナースコールが重なっているので、ちょっと、対応を手伝ってもらえませんか」
対応を手伝うのは私の担当の患者さん。
ラウンドの時間ではなかったけど、なんとなく気になって訪室した時、患者さんが窒息しそうなくらい、痰があふれていた。
吸引して痰を取るのだけど、止めどもなく溢れてくるといった状態だったそうな。
なんとなくでも訪室して患者さんをキャッチしてくれた相方に感謝しながら、対応した。
そこから、定時のラウンドをしようと思うのだけど、ナースコールが止まず、思うようにラウンドができない。
できるだけ患者さんには夜間は眠ってもらいたいと思うから…、患者さんもそう望むのなら、薬剤を使ってでも眠っていただく。
けれど、薬剤は自分たちが思うように…、いえ、患者さんが希望するようには眠りの時間を与えてはくれない時もある。
夜だからって眠らなくてもいい。
熟睡できなくても、うとうとでもできていればいい。
長時間眠れなくても、短時間眠った後は適当に起きておきます、そんな患者さんもいらっしゃる。
起きている患者さんからコールがある。
エアコンを入れて、エアコンを切って。窓を開けて、窓を閉めて。
そして、トイレに一人で行くには足取りが不安定で危ないから、必ず看護師が付き添ってトイレに行っている患者さんがトイレで目覚める。
付き添っている最中にほかの患者さんからコールがある。
「体の向きを変えてほしい」と。
気になる患者さんは痰が溢れていないかしら…。
呼吸困難が強い患者さんは眠っているかしら。
あの患者さんの体位交換をしないと…。
もうとにかく、カルテを書く暇もなく、病棟中を歩き回った。小走りした。
そして、自分の休憩時間を返上しているうちに、相方の休憩時間となった。
2人夜勤のこの病棟では、相方が仮眠をとっている間は1人で対応したり、ラウンドしないといけない時間がある。
自分も休憩するのだから、それはお互い様ではある。
相方が休憩している間、ナースコールは10分と開かずに鳴り続けた。
ある患者さんからコールがあった。
ひどく震えている。
ぱっと見て、熱が上昇しているくらいは誰でもわかる。
ただ、熱の原因が気になる。ひょっとしたら、ずっと懸念されていることが起こっているのだろうか。
熱や血圧、腹部の観察をする。
穿孔しているわけではないかもしれないけど、気持ち悪いくらいの悪寒戦慄だった。
その患者さんが震えている間、肩をさすり、手を握っている間、またナースコールがなる。
患者さんのそばにいたいけど、「ごめんね」と告げてナースコールをとって、別の患者さんのもとへ。
別の患者さんは、薬剤を使って眠っていたのだけど、目が覚めた。
足が冷たい。温めてほしい、と。
そそくさと湯たんぽを準備して、足をさすっていたら、足の指が痛いから、足の指をギュッとさすってほしい…。
そうおっしゃるから、足の指を一本ずつ指で握ってマッサージをしていた。
そしたら、またほかの患者さんからコールがあった。
いかなきゃ…。
でも、この患者さん、昨日、ナースコールのコードを首に巻きつけ、死のうとした患者さん。
そばにいてるとうとうと眠るけど、離れるとまたナースコールが鳴るのはわかっていた。
そばにいてあげたい。
だって、この患者さんがこうやってそばにいてほしいって言ってくれる時間、この患者さんがいてる時間はそんなに長くないとわかっていたから。
でも、行かなきゃ。
また、戻ってくるねと告げて、コールのあった患者さんのもとへ行く。
「おしっこさせてください。」
これが用事だった。
この患者さんは薬剤を使って眠るのを好まない患者さん。
でも、まだ比較的にこの夜は眠れている方だったけど、下半身の浮腫がひどくて、下肢のポジションが定まらない夜を過ごしていた。
とりあえず、この患者さんの排尿をお手伝いする。
排尿のお手伝いだけでなく、ポジションを修正してみる。
尿器を手に、尿器にたまっている尿を処理している間にもナースコールが鳴る。
足が冷たいと言っていた患者さんのコール。
尿の処理を済ませて、その患者さんのもとへ。
足の痛みを訴えつつ、両手を広げておられた。
思わず、その両手を私の両手で握ってみた。
そしたら、すかさず、私の二の腕に手を伸ばし、患者さんの手が私の二の腕を握った。
「気持ちいい」。
私のたわわな二の腕を握って、その触感で「気持ちいい・・・」とおっしゃる。
そのまま、少し身をかがめて、そのままの姿勢でいた。
「気持ちいいの???」なんていいつつ、その患者さんを眺めていると、患者さんがうとうとし始めた。
人力、いわゆる、人のぬくもりを感じると眠り始める。
そんな患者さんを薬でねじ伏せるように眠らせるのはどうか…といろいろなことを考えながら、とにかく、患者さんのそばにいた。
でも、その時、またラウンドの時間がやってきていた。
点滴をしている患者さんも多くいて、このままずっとそばにいるわけにはいかない。
またほかの患者さんが尿の管が入っているのに、「おしっこ」と訴えて、目覚め始めた。
そして、トイレに行きたいという患者さんのコール。
思わず、コールが重なったので、仮眠をしている相方を起こして、対応をお願いした。
一人では手に負えなかったので。
気が付けば、朝の5時。
カルテはほとんど記録できていない。
ナースステーションに帰って、ちょっと椅子に座ったら、コールが鳴る。
ラウンドにかかる時間が1時間を超える。
そうしているうちに、夜が明けてきた。
私もへろへろになっていたけど、相方もへろへろになりながら、お互いに声をかけあいながら、患者さんのもとに駆け付けた。
お腹もすいてきた。
でもナースコールが鳴る。
患者さんの用事を済ませて、もうそろそろ、何か食べたいなと思ったころ、容赦なく、ナースコールが鳴る。
それが6時前。
胸のポケットで震えるPHSとナースステーションで鳴るナースコールの音を聴いて、思わず、身がよろけた。
自分の体が壁にぶつかった。
それでも患者さんのところにいかないといけない。
そして患者さんのところに行く。
患者さんは自分のペースでいろいろ頼まれる。
自分がこの順序でやった方がいいと思われることを全く無視するかのように、思い通りに!
この時点で思わず、イラっときた。
その自分にがっかりもした。
そこから、気になる患者さんのもとに行き、対応している合間にナースコールの対応をしながら、朝が来た。
さすがに、心身ともに、萎えた。
頭がもやもやしたまま、申し送りを終えて、書けていないカルテに挑みながら、居眠りをしてしまう。
能率が全く上がらない。
のらりくらりしている間に、昼の12時が過ぎた。
カルテに書きたいことがあるけれど、頭の中で整理ができない。
14時を超えた。
ようやくカルテを書き終えて帰ろうとしたところ、患者さんが亡くなったと聞いた。
夜。
そう、足が痛い、自分の腕を握って気持ちがいい…と言っていたあの患者さんが亡くなった。
もう、思考能力とか感覚はマヒした状態に近かった。
あの患者さんの姿を見ていたら、もうすぐお別れが近いとわかっていた。
私たちからしたら、そばにいてほしいなんていわれたら、ほかの患者さんの対応があるので、ずっとその患者さんのそばにいること自体が無理で。
でも、人のぬくもりで安心するのならそばにいたい…。
でも難しくて…。
残り少ない時間なのだから、そばにいてあげたかった…。
亡くなったという話を聴いた途端、その夜勤のいろんなことが思い浮かんだ。
それまでの患者さんの姿も思い浮かんだ。
たった一夜のことだけど、それまでの患者さんとのお付き合いもあったけど、この夜、その時その一瞬を自分なりにでも大切にできなかったことが自分の胸をえぐる。
その、亡くなった患者さんにお会いすることもなく、病棟を引き上げてきてしまった。
私の限界でした。
こうやって、後で後悔することがわかっているのだから、その一瞬を大切にしないととわかっていながら、ちゃんと大切にできないまま、患者さんは去っていきました。
悲しさと悔しさと空しさがこみあげますが、あの時間はもう、戻りません。
緩和ケアの仕事って、苛酷ですね・・・・。
身を削って懸命に患者さんに接する看護師さんに、
頭が下がる思いです。
もし、親が介護状態になったら家で面倒見れないだろ
うから病院や施設にお願いしようと軽く考えていましたが、現場のやるせない状況を垣間見る思いです。
ポンさん、心身ともにお大事に。。
私にはあなたが天使のように思えます。
確かに、緩和ケアは過酷なのかもしれませんが、
人の人生を考えると、そんなものなのだろうと思っています。
人生にはいろいろあるように、ケアに携わるものの姿勢や考え方はとてもいろいろあるのではないかと考えると、
つらくなる時もありますが、救われるときもあります。
よくみないとわからないときもあるかもしれません。
時間が経たないとわからないこともあるかもしれません。
でも、
きっと、きらりと輝くものが、
人の人生からいただけるものが、
感じ取れるものがあると信じてます。
どうか、
がっかりしないでくださいね。
私たち、緩和ケアをやっているものは、
記事に書いている思いをするようなこともありますが、
あきらめたりはしませんから。