神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

宮内公文書館

2024-01-11 23:56:11 | 余録
 きょうは今年初めて宮内公文書館へ行ってきました。

 8時11分発の青梅線直通に乗って、中野で8時53分頃の東西線に乗り換え、9時17分頃に竹橋駅に着きました。

 改札を出ると、だいたいの人は右方向の毎日新聞社側の出口へ吸い込まれるように向かいます。それを尻目に、私はポツンと反対側へ向かいます。

 駅を出るとすぐに竹橋です。

 
    竹橋:冬の帰途、明かりが灯っていることもあります
       
 北桔橋門〔きたはねばしもん〕から入り、守衛所で手続きをして、天守閣跡の石垣を右手にみて少し進むと、宮内公文書館の建物が見えてきます。

 ここには約9万点の文書・資料が所蔵されているそうです。

 
    宮内公文書館の正面 
 
 私は、コロナの前の5~6年間、ほぼ毎週通いました。
 朝9時半ころから、昼食をはさんで、夕方の4時半ころまで6時間ほどは閲覧します。そして、1日に10点ほど、いろいろと閲覧します。
 
 私が見られたのは、およそ、
 1日に約10点 ×年40回 ×約5~6年 =約2000~2400点
 
 これが多いのか少ないのか、私が見なければならないものがあと何点あるのか、面白いです。

 これまでの閲覧の成果は、『御料局測量課長 神足勝記日記 ー林野地籍の礎を築く―』日本林業調査会(J-FIC)に、そのごく一部ですが、取り込むことができました。
 この本、この先10~20年たってどんな使われかたをするのでしょうか。楽しみです。

 もちろん、私は元気で健在のはずです。
 それにしても、八代亜紀さん、亡くなってしまいましたね。八代さんの「雨の慕情」のレコード大賞受賞、留学先のドイツで、大みそかに知りました。嗚呼。
 
 このほかにも、いろいろお世話になって得たものがありますから、折を見て書ければと思っています。「お通し」みたいに、いつも「さわり」だけです。

 そうそう、今日閲覧したのは『進退録』の昭和19年のところでした。
 何を見たか? もちろん「人」です。

 ものごと、人を見なくてはだめです。
 経済学とかいいながら、数字ばかりをやっている人がいますけど、それはまだとっつきに過ぎないので、人にたどり着かないと・・・。

 細かいことは別の機会にして、帰りがまたいいんですよ。たいがい、いつもいろいろな資料に出会えますから、帰りはいつも充実感でいっぱいです。
 たしか「太陽がいっぱい」という映画がありましたね。関係ないですけど。

 
  あしながおじさん

 今日は曇りでしたけど、写真のような日も多いです。
 ともかく、今日は今日で、いい日でした。
 
 え? 
 帰りの電車、ずっと座れたんですよ・・・。

 では。
 

 
 

 


 


 

 



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