森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

情報が動くということ

2010年04月19日 16時53分20秒 | 脳講座

 人の神経細胞(ニューロン)の数は胎児8か月ごろが一番多く,この時期あたりまでにシンプルな五感の形成を行います.ちょうど脳で言うとprimaryと呼ばれる領域の分化であり,胎児期にはすでにシンプルな感覚を持ち得ています.この時期,ニューロンはピークを迎えます.その後,胎動を止め,外界に誕生することを待ちます.すでにこの時期はニューロンが減りつつあります.

 生後,外界で生活し始めると,ニューロン同士のシナプス形成が豊富に行われます.大きなネットワークができるというのですが,救急車のサイレンが近付いてきたとか,聞こえなくても口の動きだけで何をしゃべっているのかわかるとかは,感覚同士が結びついたもので,高度な知覚ということになります.こうしたネットワーク形成に欠かせないシナプス形成は大脳皮質の領域でその発達は異なりますが,基本的な機能を処理する領域,たとえば頭頂葉なんかは早いうちに完成されていきます.全般的にはシナプス過剰形成といって,生後シナプスを増やしますが,その後だいたい8か月ごろから減り始めます.シナプス刈り込みと呼びます.

 新生児はこのシナプスの豊富さから大人では違いがわからないものもキャッチすることができます.Nature neuroscienceに報告された有名な赤ちゃんはサルの顔の区別ができるだとか,赤ちゃんは絶対音感を持っているだとか,赤ちゃんはお母さんの母乳をかぎ分けられるとか,日本の赤ちゃんでも韓国語の発音の違いを聴き分けられるとか,記憶や概念がないからこそ,そのような区別ができます.まさに違いがわかる男,女です.最近,ネスカフェの宣伝が「違いがわかる男」シリーズが復活して,とてもうれしいです.些細なことに大人は知らぬ間に気付かなくなってしまっています.先入観もその一つです.経験は知恵を生み出すものですが,時間を優先するがあまり,個々人の来歴に基づいた間違った解釈も生み出してしまいます.これは思考のためにとても重要なもの(解釈脳)ですが,それが横行してしまうと真実を見失ってしまいます.脳の中の記憶と現実のフィードバックを常にモニターする心がとても重要だと思います.脳のなかの来歴だけで生きず,そして他人の情報ばかりほしがらず,その両方を巧みに使い分ける脳でありたいものです.

 土曜日は聖隷クリストファー大学の大城研究室との情報交換会,本学からは松尾先生,冷水先生,前岡先生,そして博士課程の研究員たちが参加しました.とても情報が往来する良い会でした.そして日曜日は甲南女子大学の西上先生,生理学研究所の大鶴先生に痛みの神経機構と脳内機構についてご講演していただき,情報が動くという感覚を得ました.概して,一人の脳では情報が停滞します.そしてそれは濁り,最終的には自己の中だけで完結してしまい先に言ったバイアスを大いにかけてしまいます.他者コミュニケーションの本体は,他者によって自己の脳のなかの情報が動くというものであると,今回体感しました.最近はoutputばかりで,ともすれば自己脳だけで完結してしまうがあまり,自己を崩壊してしまいそうでしたが,他人から情報を得て,そして自己の脳で動かすという,まさに脳を身体で経験するという醍醐味をこの週末で感じることができ,とても有意義な週末だったと思います.講演するより,講演を聴くことの楽しさを久しぶりに経験しました.ありがとうございました.