能登半島地震から2週間と少し、
徐々に支援は広がり始めているようですが、
地震による物理的被害の修復はまだ手着かず、
数千年に一度だったかもしれない、4mも隆起した地殻変動の爪痕を見て驚きました、
一日も早い復興を願います、
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そして、今日1月17日は阪神淡路大震災発生から29年目の節目、
被災した身としては、もう29年も経ったのか、というのが正直な気持ち、
震災直後は、あの時の事を思い出すと自然と涙が流れたものですが、
最近はそういうことも少なくなってきました、
時は人の想いとは別に流れ続けます、
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29年経った被災地神戸に、もう生の地震の爪痕を見ることはできません、
慰霊碑や記念碑はたくさんありますが、
当時、崩壊した街並みは綺麗に修復され、
生の地震の爪痕を見る事はもうほとんどありません、
人が作った都市というシステムにも治癒力があると感じます、
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30歳以下の人に震災の記憶はない、
爪痕は綺麗に修復され、傷は治癒しました、
見た目には、大きな厄災などは無かったかのような街に戻りました、
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高校生が昭和20年6月にタイムスリップして、特攻隊員と恋に落ちるという映画を見ました、
タイトルとは裏腹に予想外に硬派な映画で、
恋物語というよりは戦争の記憶を掘り起こす、
戦争の愚かさと平和の尊さに目を向ける、という意味合いが強い映画でした、
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昭和20年にタイムスリップした女子高生は、
素直に、愚直に戦争の愚かさや平和の尊さを口にします、
敗戦寸前の日本という厄災の最中に放り込まれたからこそ、出てきた言葉です、
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今の日本に、生の戦争の爪痕は残っていません、
慰霊碑、記念館や原爆ドームは残っていますが、
生の爪痕は修復され、傷は治癒した都市があるだけです、
そんな環境の中で、
若い俳優の口から戦争の愚かさや平和の尊さを語るのは、
とても有効だと気づかされました、
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観客はほとんどが10代~20代、
エンドロールが終わり、場内が明るくなっても、
立ち上がる若者はほとんどいませんでした、珍しいことです、
少し間をおいて、ザワッと沸き起こる呟きと嗚咽、みんな泣いています、
生の戦争の爪痕も傷跡も観たことが無い世代、
記念館や原爆ドームの見学以上に、
彼らの心に、戦争の愚かさと平和の尊さが焼き付いた瞬間でした、
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厄災の爪痕はいずれ治癒しますが、
その厄災の記憶は受け継がれなければならない、
次々に襲ってくる厄災を人々の記憶に留め、
次の世代に受け渡す責任が我々にはあると思いました、
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今日は29年前に亡くなられた方々だけでなく、
過去の厄災で亡くなられた方々に哀悼の意を表します、
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