こんなにも美しいライブを観たのは初めてだったかもしれない。
そこは、なんの変哲もないライブハウス。しかし、ステージ上で繰り広げられたのは、ガラス細工のように強くも儚いドラマだった。
『The Orphee(オルフェ)』と題されたこの日の公演。
運命の歯車が回り出すような「Reminisce」からゆっくりと幕を開けたライブは、utaの怪しげなギターフレーズが緊張感を煽る「HERMS」で、いきなり奈落の底へと突き落とされた。ステージは鮮血のライトに染まる。
“今夜裁きが降りる”
ryoが凛とした口調で告げたその言葉は、すでにストーリーの中に仕組まれた台詞のようだった。
そんな彼の突き抜けるファルセットにhatiがシャウトを絡ませたのは「BABEL」。utaは客席を挑発するかのように舌をちらつかせる。音や声のみならず、細かな動きや表情で舞台をつくりあげていく彼ら。ふと気がつけば、ステージから一瞬たりとも目をそらせなくなっていた。
ストーリーテラーは語る。
“ようこそ『The Orphee』へ。お待ちしておりました。今夜、失くしてしまったものを取り戻すために地獄へ降りましょう。暗い穴の底では、君たちの声だけが頼りだ。もっと声を聴かせてくれ”
ギリシア神話に登場する吟遊詩人オルフェフスは、亡くした妻を取り戻すために、地獄へ降りたという。しかし、地上に連れて帰るまで、妻の顔を一度も振り返ってはならないという条件を課された。
彼らはその物語をモチーフにライブを進めているようだった。
どの曲がどの場面を描いているのか。その解釈は、観る者によってそれぞれ違っただろう。しかし、ライブが展開されていくのと同時に、映像が目に浮かぶのはたしかだった。3人の奏でる音、歌詞、表情。そして、ryoが時折口にするストーリーの断片。みるみるうちに彼らの描く世界にのまれ、想像力が膨らんでいくのだ。
9GOATS BLACK OUTは非常にヴォーカリストを大切にしているバンドである。それでいて、3人がお互いを必要とし、絶妙なバランスをもってステージが形成されているのだから、本当に不思議なものだ。
hatiの粒のそろったベースが、ゆらゆらと微かに揺れる水面を表しているようだった「ROMEO」。ryoの感情を閉じ込めた声が、ライブのターニング・ポイントをつくった「TONATOS」。そして、インストゥルメンタルの「Lithium」での不気味なアルペジオから、「Who the MAD」での弦を掻きむしるようなアグレッシヴなプレイまで、幅広く見せつけたuta。
楽曲と演奏者が同化しているとでも言おうか。メンバーそれぞれが、このコンセプチュアルなライブに対するヴィジョンを持っているからこそ、これほどまでに説得力をもたせるのだろう。
すべての謎が明かされたのは、本編終盤でのことである。
オルフェウスの神話を説明したあとにryoは、3月に発売したフル・アルバム『TANATOS』についてを語った。自分の父を亡くしたことが、作品を生み出すきっかけとなったということ。しかし、ただ「悲しい」というだけの作品にはしたくなかったため、曲と歌詞に想いをこめたということ。
“オルフェウスが(地上に)戻ってきたときの結末を込めた曲です……「Heaven」”
彼は、妻を連れて帰れなかった。地上にもどる直前、不安に駆られたオルフェウスは、彼女の顔を振り返ってしまったのだ。時はすでに遅く、ふたたび死の世界の住人となってしまった妻。彼は涙をこらえ、独り地上へと帰る。別れの歌を謳いながら。
“聴こえているかい この愛が”
そう歌われるこの曲は、とても人間味に溢れていた。もしかしたら、先ほどryoが話していた彼の父との話ともつながっていたのかもしれない。彼は、自分のことを理解してくれない父親をずっと憎んでいたという。
いまになって失って気付く感情、想い、そして愛。懸命に謳う彼の姿は、まるで過去の後悔を歌に乗せて届けようとしているかのようであった。
『薬で治るなら まだいい
失って気付くんだ
後悔は 何度も反芻しながら
やがて 薄まっていく
先に 次に 明日に
これからに 未来に 繋ぐ為に
過剰な心配などしなくてもいい
消えることはなくとも
和らぐんだ』
「Lithium」の歌詩の朗読から「願い」へと繋げる。utaがやわらかなアルペジオを奏で、安心感を与えるhatiのベースが心地よく空間に流れていく。そして、オルフェウスは、大切な人の幸せを願い、愛を謳い続けるのだった。
正直私は、仮にここでライブの幕が閉じられてもまったく不思議に思わなかった。むしろアンコールはなくてもいいとすら思っていた。だが、彼らはこのストーリーの続きを演じて見せたのである。
“オルフェウスの後日談です”
そう静かに告げたあとに演奏されたのは、先ほどの光に満ちた楽曲とは打って変わり、ダークで重々しい空気感が漂う「in the rain」。
実は、オルフェウスの神話には続きがある。話の一説ではあるが、地上に戻った彼は、妻を二度失った哀しさに耐えきれず、死んでしまうのだ。
仰向けに倒れ、憔悴しきった彼の瞳からは涙がこぼれ、土に溶けていく。その目に映るのは、“消えてしまったあの人”だ。
主人公を殺してしまうのはタブーだろう。だが、ryoは『TANATOS』というアルバムを通して、「人の死」を表わしたかったという。しかも、このシーンにありがちな表面的に「死」を捉えるだけにはしたくなかったと。その言葉にこのバンドの本質を見る。
救いはないのだろうか。
しかし、彼らは最後の最後に微かな希望をもたせてくれた。
“人の死は覆らないし、昨日は明日来ないし、悲劇は悲劇のままだけれど、失くしたらまた見つければいいじゃない。新しい命と、新しい未来に繋げていこうという歌です。……「天使」”
ミラーボールがきらきらと光を反射し、空間を伝っていく。それはまるで星空だ。空の上で愛する妻の元へとたどり着いたオルフェウス。きっと彼女とともに、遠いいつかにまた生まれ変わるのだろう。
9GOATS BLACK OUTは「死」を通して「生」を描こうとしたのではないだろうか。
“また逢いましょう!!”
ステージを去る直前、マイクを通さずに叫んだryo。その言葉は、自身の父へ贈る再会の約束のようにも聞こえた。
もう振り返らない。後悔の涙は穏やかな微笑みへと変わっていた。
【SET LIST】
SE.
01.Reminisce
02.HARMS
03.BABEL
04.SALOME
05.belzebuth
06.red shoes
07.ROMEO
08.sink
09.TANATOS
10.raw
11.Lestat
12.Lithium
13.優しさの意味
14.宛名のない手紙
15.float
16.690min
17.Who's the MAD
18.minus
19.headache
20.Heaven
-「Lithium」歌詩朗読-
21.願い
-EN-
22.in the rain
23.天使
そこは、なんの変哲もないライブハウス。しかし、ステージ上で繰り広げられたのは、ガラス細工のように強くも儚いドラマだった。
『The Orphee(オルフェ)』と題されたこの日の公演。
運命の歯車が回り出すような「Reminisce」からゆっくりと幕を開けたライブは、utaの怪しげなギターフレーズが緊張感を煽る「HERMS」で、いきなり奈落の底へと突き落とされた。ステージは鮮血のライトに染まる。
“今夜裁きが降りる”
ryoが凛とした口調で告げたその言葉は、すでにストーリーの中に仕組まれた台詞のようだった。
そんな彼の突き抜けるファルセットにhatiがシャウトを絡ませたのは「BABEL」。utaは客席を挑発するかのように舌をちらつかせる。音や声のみならず、細かな動きや表情で舞台をつくりあげていく彼ら。ふと気がつけば、ステージから一瞬たりとも目をそらせなくなっていた。
ストーリーテラーは語る。
“ようこそ『The Orphee』へ。お待ちしておりました。今夜、失くしてしまったものを取り戻すために地獄へ降りましょう。暗い穴の底では、君たちの声だけが頼りだ。もっと声を聴かせてくれ”
ギリシア神話に登場する吟遊詩人オルフェフスは、亡くした妻を取り戻すために、地獄へ降りたという。しかし、地上に連れて帰るまで、妻の顔を一度も振り返ってはならないという条件を課された。
彼らはその物語をモチーフにライブを進めているようだった。
どの曲がどの場面を描いているのか。その解釈は、観る者によってそれぞれ違っただろう。しかし、ライブが展開されていくのと同時に、映像が目に浮かぶのはたしかだった。3人の奏でる音、歌詞、表情。そして、ryoが時折口にするストーリーの断片。みるみるうちに彼らの描く世界にのまれ、想像力が膨らんでいくのだ。
9GOATS BLACK OUTは非常にヴォーカリストを大切にしているバンドである。それでいて、3人がお互いを必要とし、絶妙なバランスをもってステージが形成されているのだから、本当に不思議なものだ。
hatiの粒のそろったベースが、ゆらゆらと微かに揺れる水面を表しているようだった「ROMEO」。ryoの感情を閉じ込めた声が、ライブのターニング・ポイントをつくった「TONATOS」。そして、インストゥルメンタルの「Lithium」での不気味なアルペジオから、「Who the MAD」での弦を掻きむしるようなアグレッシヴなプレイまで、幅広く見せつけたuta。
楽曲と演奏者が同化しているとでも言おうか。メンバーそれぞれが、このコンセプチュアルなライブに対するヴィジョンを持っているからこそ、これほどまでに説得力をもたせるのだろう。
すべての謎が明かされたのは、本編終盤でのことである。
オルフェウスの神話を説明したあとにryoは、3月に発売したフル・アルバム『TANATOS』についてを語った。自分の父を亡くしたことが、作品を生み出すきっかけとなったということ。しかし、ただ「悲しい」というだけの作品にはしたくなかったため、曲と歌詞に想いをこめたということ。
“オルフェウスが(地上に)戻ってきたときの結末を込めた曲です……「Heaven」”
彼は、妻を連れて帰れなかった。地上にもどる直前、不安に駆られたオルフェウスは、彼女の顔を振り返ってしまったのだ。時はすでに遅く、ふたたび死の世界の住人となってしまった妻。彼は涙をこらえ、独り地上へと帰る。別れの歌を謳いながら。
“聴こえているかい この愛が”
そう歌われるこの曲は、とても人間味に溢れていた。もしかしたら、先ほどryoが話していた彼の父との話ともつながっていたのかもしれない。彼は、自分のことを理解してくれない父親をずっと憎んでいたという。
いまになって失って気付く感情、想い、そして愛。懸命に謳う彼の姿は、まるで過去の後悔を歌に乗せて届けようとしているかのようであった。
『薬で治るなら まだいい
失って気付くんだ
後悔は 何度も反芻しながら
やがて 薄まっていく
先に 次に 明日に
これからに 未来に 繋ぐ為に
過剰な心配などしなくてもいい
消えることはなくとも
和らぐんだ』
「Lithium」の歌詩の朗読から「願い」へと繋げる。utaがやわらかなアルペジオを奏で、安心感を与えるhatiのベースが心地よく空間に流れていく。そして、オルフェウスは、大切な人の幸せを願い、愛を謳い続けるのだった。
正直私は、仮にここでライブの幕が閉じられてもまったく不思議に思わなかった。むしろアンコールはなくてもいいとすら思っていた。だが、彼らはこのストーリーの続きを演じて見せたのである。
“オルフェウスの後日談です”
そう静かに告げたあとに演奏されたのは、先ほどの光に満ちた楽曲とは打って変わり、ダークで重々しい空気感が漂う「in the rain」。
実は、オルフェウスの神話には続きがある。話の一説ではあるが、地上に戻った彼は、妻を二度失った哀しさに耐えきれず、死んでしまうのだ。
仰向けに倒れ、憔悴しきった彼の瞳からは涙がこぼれ、土に溶けていく。その目に映るのは、“消えてしまったあの人”だ。
主人公を殺してしまうのはタブーだろう。だが、ryoは『TANATOS』というアルバムを通して、「人の死」を表わしたかったという。しかも、このシーンにありがちな表面的に「死」を捉えるだけにはしたくなかったと。その言葉にこのバンドの本質を見る。
救いはないのだろうか。
しかし、彼らは最後の最後に微かな希望をもたせてくれた。
“人の死は覆らないし、昨日は明日来ないし、悲劇は悲劇のままだけれど、失くしたらまた見つければいいじゃない。新しい命と、新しい未来に繋げていこうという歌です。……「天使」”
ミラーボールがきらきらと光を反射し、空間を伝っていく。それはまるで星空だ。空の上で愛する妻の元へとたどり着いたオルフェウス。きっと彼女とともに、遠いいつかにまた生まれ変わるのだろう。
9GOATS BLACK OUTは「死」を通して「生」を描こうとしたのではないだろうか。
“また逢いましょう!!”
ステージを去る直前、マイクを通さずに叫んだryo。その言葉は、自身の父へ贈る再会の約束のようにも聞こえた。
もう振り返らない。後悔の涙は穏やかな微笑みへと変わっていた。
【SET LIST】
SE.
01.Reminisce
02.HARMS
03.BABEL
04.SALOME
05.belzebuth
06.red shoes
07.ROMEO
08.sink
09.TANATOS
10.raw
11.Lestat
12.Lithium
13.優しさの意味
14.宛名のない手紙
15.float
16.690min
17.Who's the MAD
18.minus
19.headache
20.Heaven
-「Lithium」歌詩朗読-
21.願い
-EN-
22.in the rain
23.天使