昨日、第40回技術士全国大会札幌大会の記念式典があり、その記念講演で2010年度ノーベル化学賞を受賞された鈴木章北海道大学名誉教授の貴重なお話を拝聴することができました。
鈴木先生の生い立ちから、北海道大学の学生及び教官時代、アメリカ留学時代、北海道大学の教授時代、ノーベル化学賞受賞のいきさつ、受賞した時のエピソードなど、1時間という短い時間でしたがとても感動的なご講演でした。
特に私が印象深く感じたのは、学生時代に当時は日本で初めてという英語の化学の教科書を渡され、必死になって和訳し徹夜で読み込んだというお話でした。
そして、その教科書の著者であるアメリカのノーベル化学賞受賞者のブラウン先生のもとに、北海道大学の助教授時代に留学したことが、数十年後にノーベル化学賞受賞へと繋がったそうです。
2001年と2002年にブラウン先生がスウェーデンのノーベル財団に、鈴木先生をノーベル化学賞候補として選考委員会に推薦状を送ったことがきっかけでそうで、その後、ブラウン先生がお亡くなりになって推薦状の送付は途絶えてしまったそうですが、最後の推薦状送付から8年後の2010年10月に突然ノーベル財団から電話があったそうです。
ノーベル化学賞を授与したいのでぜひ受けて戴きたい、と。
予想だにしない、まさに青天のヘキレキだったそうです。
50年以上前の学生時代に出会った化学の教科書を必死に和訳して徹夜で読み込んだことが、半世紀以上を経てノーベル化学賞受賞という栄誉に繋がったという、とても感動的なお話でした。
そして、最後に、沢山の人達に協力して戴き支えられてここまで来れたことを感謝申し上げたい、というお言葉で記念講演を締めくくられました。
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鈴木先生の生い立ちから、北海道大学の学生及び教官時代、アメリカ留学時代、北海道大学の教授時代、ノーベル化学賞受賞のいきさつ、受賞した時のエピソードなど、1時間という短い時間でしたがとても感動的なご講演でした。
特に私が印象深く感じたのは、学生時代に当時は日本で初めてという英語の化学の教科書を渡され、必死になって和訳し徹夜で読み込んだというお話でした。
そして、その教科書の著者であるアメリカのノーベル化学賞受賞者のブラウン先生のもとに、北海道大学の助教授時代に留学したことが、数十年後にノーベル化学賞受賞へと繋がったそうです。
2001年と2002年にブラウン先生がスウェーデンのノーベル財団に、鈴木先生をノーベル化学賞候補として選考委員会に推薦状を送ったことがきっかけでそうで、その後、ブラウン先生がお亡くなりになって推薦状の送付は途絶えてしまったそうですが、最後の推薦状送付から8年後の2010年10月に突然ノーベル財団から電話があったそうです。
ノーベル化学賞を授与したいのでぜひ受けて戴きたい、と。
予想だにしない、まさに青天のヘキレキだったそうです。
50年以上前の学生時代に出会った化学の教科書を必死に和訳して徹夜で読み込んだことが、半世紀以上を経てノーベル化学賞受賞という栄誉に繋がったという、とても感動的なお話でした。
そして、最後に、沢山の人達に協力して戴き支えられてここまで来れたことを感謝申し上げたい、というお言葉で記念講演を締めくくられました。
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