3日間の工期でリビングのリフォーム工事。 今日は最終日で今日で工事は完了する予定だ。 現状の進捗状況は今日の午前中にフローリングは全て張る事が出来るだろう。 午後からは幅木を取り付けて完了だ。 今日は夕方の早い時間には完了するだろうと予想する。
時間が掛かる箇所はほとんど終わっているので、後は次々に張り付けるだけだろう。 明日は朝からフローリングにワックスを塗布して、午後には家具を移動して元に戻すことが出来る。
車も今日の夕方には戻す事も出来るので、これで工事中に気遣う事も無く、床が新しくなったリビングで寛ぐ事が出来る。
さて、明後日からはいよいよ脱衣所のドア、息子の部屋のドアを同時に改修することにしている。 天候にもよるが晴れなら午前中にペンキを塗布して、翌日はダンプラを張り付けて完了だ。
その次は庭に砂利を敷き詰める作業になる。 まずは先日も一部は取り付けて居るけど、ダンプラをフェンスの下位置にインシュロックで固定して砂利が隣へ落ちる事が無いように養生して、その後に砂を撒き、その後に砂利を敷き詰める。
今は庭の半分にレンガを敷いているので、残りの半分に砂利を敷くことにした。 レンガを敷く事も想定していたが、どうしても水の流れなどを考慮すると、砂利の方が雨水がたまる事がないので、砂利の方が良いだろうと判断した。
さて、今日も天気は快晴で良い天気。 洗濯物も良く乾くだろう。 リビングのカーテンも取り外してあるので、カーテンも洗濯して干した。
普段はカーテンは洗濯後にそのまま取り付けて居るが、今日は外に干している。
昨日は午後から夕方までギターを弾いていて、今日は左人差し指の先が少し痛みがある感じ。 プロの人達の指先を直接近くで見る事が無いけど、私のように指先が堅く皮が厚くなっているのだろうか? 特に女性のギタリスト達の指先などを動画などで見ても、写真などで見てもとても綺麗な指先で、指先が硬く厚い皮のようには見えないが、もちろん、当然だけど、弦を押える力や押えて居ても痛みが無い程度には皮の厚さは必要だろうし、ある程度は同じ程度なんだろうと思う。
ギターのワークアウトの動画などを見ると、男性の指先は確かにかなり厚い皮膚だろうと思う気がする。
ギターの押弦はできる限り最低限の力で押す事が理想だ。 押えている他の指は力が抜けて、脱力している状態が理想だと言われている。 そして、次に押える位置にプランティングされていること、出来る限り弦の近く(低い位置で構える)に待機していることなど。 可能な限り次の音を押えて居ることなど。 そうした指の動きが出来るなら上級レベルだろう。
音符を即座に把握して指が無意識にその位置に移動させるレベルになるまでには相当な時間の練習や、指板の音と音符が完全にリンクして身につける必要があるだろう。
ギターの練習も多く出来るならそれなりに上達する事は間違いないだろう。 しかし、あまり一度に長い時間練習していると、若い人なら別だが、私のように高齢になると、やはり身体や指への負担からあまり良いとも言えないだろうと思った。 なので、やはり1時間程度を目安にして、1時間毎に休憩を20分前後取るようにする。
ギター講座の講師もやはり高齢なので、一度に弾ける長さが年々短くなったと言っていた。 さらに、爪などの割れや薄くなって来た傾向もあるので、昔のような音色を出すのも難しいとも。
私は爪に関してはすでに以前から爪引きは完全に諦めている。 なので、指頭のみを使用して弦をつま弾いているが、やはり指頭だけで綺麗な音色を揃えるのはかなりの努力が必要だ。 特にaの指は他の指先に比較すると柔らかいので、弦へのタッチ感はとても柔らかく、音も弱くなる。 この指と他の指との音色を揃えるのはかなり意識的に弦への角度やアタック感を思考する事になるが、まだまだ綺麗に弾けるまでには時間が掛かるだろう。
それでも、指頭のメリットは雑音が無くなる事。 爪に当たる時の雑音は確かに完全に無くなる。 消音時も確かに遣りやすい。 音量の変化を調整することも爪がない方が容易だろうと思うし、特に柔らかい曲調なら爪を使わない方が音楽的な面では良いだろう。
実際に過去のギタリストの巨匠達の中には指頭こそが芸術的な音色を出せるとも確信していた人もいる。
しかし、それはそうした能力に達していたのだろうとも思うし、肉体的な優位性もあったのだろう。
-フェルディナンド・ソル(1778-1839)は彼の生きた時代で最も賞賛されたギタリスト・作曲家の一人でした。彼の曲は今でもギター・レパートリーに大きな位置を占めています。爪の問題に関して彼はこう述べました。「私の人生の中では、決してその演奏が我慢できるギタリストを聴いたことがない。爪を使って弾く限りにおいては」。
こうした過去の巨匠達の言葉を見ると、決して爪弾きが最高の物だと言えない。 しかし、恐らく、ソルは体格的にもかなり大きくて指先なども相当な力量があっただろうと予想されている。
さらに、タレガもその体格もかなり良かった様子だ。
ギターの歴史の中で次に重要な人物はフランシスコ・タレガ(1852-1909)でした。彼は教則本は書きませんでしたが、エミリオ・プジョール(1886-1982)の著作を通じて教育的に重要な人物になりました。彼の師であったフリアン・アルカスが爪弾きしていたので、彼も亡くなる9年前まではそうしていました。1900年、彼はコンサート活動から身を引き、指頭弾きを始めたのです。タレガは指頭を使っても透明なサウンドを生みし、それは「弦を鳴らす彼の身体の大きさ、敏捷性、強靭さにあった。この確実なタッチが進展されたに違いない」とプジョールは記しました。彼は又また、フエンラーニャを真似て、付け加えています。「指頭は魂の震えを一番伝える・・・爪のような反応の鈍い手段は、芸術家の感性を弦に直接伝える妨げになる」
タレガも晩年は爪弾きから指頭奏法に転換して居る。 それはやはり高齢になり、爪が弱くなっただろうとも想像出来るし、それ以上に指頭も相当に堅く厚い皮膚になっていたとも想像する。
しかし、そうした男性のギタリストなら指先の皮膚などの厚さ、堅さを保つのは出来るかもしれないが、女性ギタリストとなるとかなり難しい気もする。
女性の指先は相当な柔らかさであり、爪を使わないで弾く時の音色は弱く、音量を出す事も難しいだろう。
もちろん、プロレベルのギタリストならそうした事は克服する事も出来るだろうが、やはり爪を使う事で音量や音色の明瞭さを確保出来るのは確かだろう。
爪を保護して、爪で弾ける人なら私も間違いなく爪弾きしているだろう。
しかし、私はすでに高齢だし、そもそもプロになれる訳でもなく、趣味で気楽に楽しく未だに初心者レベルの私は爪に頼る必要も無いし、逆に普段の生活で爪に気遣うような生活をしたいとも思っていないし、衛生面からすると爪は短く切りそろえて置くことが良いのである。
これまでも、爪を右指だけ伸ばしている事で、左右のバランスが崩れている感覚になる事がある。
左指は短くカットしているので、余計に左右の均整は崩れる。
普段の生活でも爪によるリスクも確かにあるし、プロレベルでも無い限り、私は爪はあえて必要ないだろうと思っている。
コンサートやホールで弾く機会が多くある人なら別だけど、家やレッスンで弾く程度なら逆に爪無しの方が音量が抑えられるし、気楽に練習出来る。
今日は以前も書いたけど、爪について少し多く書いた。
これからも私は指頭奏法で綺麗な音色を出せるように試行錯誤したいと思って居る。 実際にプロの人の中にも少数派ではあるが、爪を使用しないでギターを弾いている人も居る。 それはピックなどを使うような演奏でない時でも。
なので、私もこの先もやはり爪を使わないで自分が納得出来る音を出せるように成りたいと思って居る。