Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。日蓮正宗とは一切関係なく私個人の見解です。

柴田淳さんの言葉

2022年11月06日 18時38分52秒 | クラシック洋楽日本邦楽演歌雅楽江戸明治大正昭和平成令和現代歌謡伝統音楽集
私の敬愛してやまない、シンガーソングライター、女性歌手の、柴田淳さんの、印象深いお言葉です。

誰かと出会ったあと
私に興味を持たない人は
もう追いかけない

私に会いたいと
思ってくれる人の中から
大切な人を見つけます

一緒にいて
私もまた会いたいと
思えた人は
どんな関係であっても
その縁を
宝物のように
生涯大切にする
(柴田淳。シンガーソングライター・歌手)

日蓮正宗の極説。私のいじめ体験記、どう乗り越えたか。私の復讐劇への烽火(のろし)が上がり、今、正にその時、始まった。

2022年11月06日 11時59分18秒 | 学校・教育への提言特集、注文・学校・恩師への感謝・学生生徒時代の想い出
 私は、小学校四年の、クラス編成、我々四年生になってから、皆がクラス替えになった。
 それまで仲が良かったお友達ともお別れ、寂しかった。
 でも、クラス替えでも、何人かは、同じクラスだった。
 そこで、私はこじんまりと、佇むように、身を小さくして、過ごしていた。
 そこに、Iという、太って、背も私より遥かに高い男の子が、私をイジメだした。

 主に言葉の方だったが、これがバカバカしくて笑えるのだ。
 「おい、お前、生意気そうな奴だな!今日の昼、十二時過ぎ、給食が終わったら、体育館の裏側の、焼却炉の方に来い、判ったな。」
 というので、私もバカだから、その昼の、十二時過ぎに、給食が終わってから、一応、体育館裏手の、焼却炉の所に、大体、次の授業が始まるギリギリまで居るのだが、一向に、相手、そのIが来る(来た)試しがないのだ。

 そのIは、事あるごとに、今度は校庭のどこどこのとか!、桜の木が植わってる所に来い!と言うのに、私は根が正直だから、ひょいひょいと行ってみても、誰も、猫一匹さえもそこにはいないのだ。

 私は、こいつは、稀代の噓つきだ、と判断・判明したので、その後、そいつの言う事は、二度と信用はしなかった。
 そいつは、私の何がうらやましいのか、事あるごとに、私を罵倒し、私をうらやみ恨み、恨み言を私の前で、私に対して、何がら年じゅう、言っていた。 私は、呆れながらも、文句も言わず(言えずに)付き合わされた。

 それが、その小4の春から夏、秋にかけてで、季節は正に、冬に向かっていた。

 私は、ある事で、今思い出しても、何とも思い出せない(私は記憶力だけが取り柄の人間だとは、思っているんだが)話なんだが、ある事で、そのIと学校で又もや、対立した。

 私は、今度は、この時こそは、復讐の念に燃えて(この時位である、私が復讐心を覚えて、この後の人生に於いても、その恨みつらみをきっちりはっきりとその相手にもしっかりと、自身の納得のゆくまでに果たす術、詰まりは仕返し行を覚えたのは!)私は暴挙に出た。暴力暴行を、この時この男に対して、人生に於いて初めて、振るった。(今では「時効」だと思い、書いているが、読者の皆さんは、参考にはしないで頂きたい。)。

 私一人では不安だったので、もう一人、私の舎弟というか、弟分の様な、男子で、私と背格好が一緒位の男子も連れて行った。
 そして学校の帰り道。私とその舎弟は、いつもの帰り道とは真逆の、そのIの帰り道と同じ道を、Iと一緒に、最初は、仲が良さそうに振舞い、そのIとも打ち解けてはいた。

 しかし、最初から悪意を持った私は、段々と私の啖呵がエキサイトしてゆき、相手Iの言葉尻を捉えては、許せねえ、この野郎と、段々と、私の言葉は、汚い言葉、相手を見下し、罵倒、罵詈雑言の類となって、発されてゆく。

 そして、しまいには、暴力、である。当時、雪が、大雪が積り、郡山市内は、雪が積もっていた。

 そこで、その雪を、そのI目掛けて、これでもか、これでもか、と、顔中、体中にぶっつけ、仕舞には鉄拳制裁である。そいつの頭から体から尻足ほか、ありとあらゆる所を蹴り上げたり、腕や拳でぶん殴ったり、髪を掴んだり、そいつを倒して、尚も、私の怒りは全くと言っていい程、収まらなかった。

 そいつは、カバンのランドセルの脇には、何故か一杯、神社だか何かの、お守り札が沢山、吊り下げられ、守られている積りでいた。それは、きっと、その親だかじいちゃんばあちゃんが、そいつを大事に思い、それら、そんなに沢山の守り札など、要らない筈なのに、十個以上、情けなくも、こいつはぶら下げていた。

 自身、それを、これは、出雲大社に行った時の御守り、これは伊勢神宮、これは明治神宮、などと、狂ったものの如くに喚いて、しかし、大事にしていたのだけは私も学校で聞いて判っていた。

 これを、何の臆面、てらいも無く、私は全て、引きちぎり、それらをランドセルから引っ張り、切り裂き、地面に落とし、「何だ、こんなもん」と神への怖れなど微塵も感じずに、踏みつけにしていた。当時から、私には、そんな、創価学会だか、日蓮正宗だかの、狂気じみた?!邪教など恐れもしない、勇敢な?!、謗法払いの面も多々、あったのである。

 この時のIの恐れ入った顔ったらなかった。「それだけは、それだけは、勘弁して、お願い!」

 私「うるせえ。お前は、こんなものを拝んでるから、ろくな事を、俺などの、人様にはろくに口もきけずに、結果も残せねえでいるんだよ、判ってんのかこのタコが!まだぶっとばさっちいいんのか、えっ!」
 と言うと、相手ももう、殴られたり蹴られたり、ぶっとばさっち、守り札までも引きちぎられて、成す術も全く無かった。

 私とその舎弟とは、この後の、こいつ、Iの、親への告げ口、親に言いつけるのを最大限怖れた為、こう口封じをした。
 「今度、又、お前がこんなことやったり、親に告げ口した日には、お前の命はぜってえ、ねえからな、判ってんだろなあ、このタコ野郎が、判ったな、絶対に、お前の親には言うなよ、判ったな!」
 I「はい、分かりました。だから、もう、僕をいじめないで!」

 と言って、当初の、学年始まった四月には、私がこいつにどやされていじめられていた立場だったのが、この冬になり、完全に立場が真逆、逆転し、私が優位に、偉い立場で立ち回れるようになった。

 この後、幾つも、私自身、汚ねえ手を使った相手からの、それは、会社企業等の不当な圧迫面接等々をも含めた、いじめに遭うが、不思議にも、その、そいつらが自然と、むしろ不自然にしろ、現在の様子状態を伺うと、ハッキリ言って、○んでいたり、一家離散していたり、会社自体が存在せずにつぶれて居たり、している事の方が多い。
 そのそいつらの本当にその後の人生が、私自身が神か何かに成り代わってそうなってやっていると言う自覚は全くないのだが、この、日蓮正宗の信心をし出してからは特に、そういった、私をイジメ抜いた奴らの後の人生が、後半生が、本当に、悲惨極まりない、非業の死を遂げていたり、大難が起こり過ぎて自滅したりしているのには、そいつらに同情する程、ばかりだ。

 やはり、この世には、確かな、本当の御教えと言うものが存在し、それに反した者は、仏罰法罰神罰業罰天罰冥罰というものがシッカリと存し、てき面にそれに当たる、罰が当たる人も出て来るんだろうな。
 これは、実は日蓮正宗信徒自身にも言え、正宗信徒だからって、罰に当たらない訳では無い。これら、交通法規で言えば、赤信号に従わなければ、交通事故を起こすが如くの、誰でも仏法の、仏の法に反し、従わなければ、それなりの結果、因果応報、因縁果報の、全ての仏様の教えに従う必要性がここにこそあると、私達日蓮正宗の僧俗、信徒、法華講の者共は、断ずる次第であります。

 以上。よしなに。wainai.

土日のラジオ福島は広告ばかりでダメだ!NHKラジオに限る!今、私の好みの女性について、恥ずかしいが、話す。

2022年11月06日 06時13分06秒 | ブログ論。私の本音。一人語り。物故録。恋愛論。恋話。大いなる自分の好み、嗜み。
 私は普段から、ラジオ福島の愛聴者だが、土日朝だけは許せない。関係のない、広告ばかりにほとんど埋め尽くされるからだ。
 ほとんどが、意味のない、広告番組の垂れ流し。朝からガッカリである。
 だから、NHK第一ラジオにダイアルを回すと、ちゃんと、そちらでは、ニュース、音楽、各評論家、各界の有名人、論客による論説、リスナーからの、今行われているツイッターを用いたNHK独自の論の及ばせ方、そういったオーソドックスな、放送番組をやっている。どれをとってもNHKは素晴らしい。
 今日なんか、音楽では、「紙風船」の「冬が来る前に」が立冬寸前の今に流れ、私もタイムリーであり、感心した。その歌の中で「冬が来る前に、もう一度、あの人と、めぐり逢いたい。」という歌詞がある。

 こんな事を言うと、かなりの、特に女性陣には、敵に回すんじゃないか、危惧の念も抱き、情緒不安定にもなり、やり過ごすのも精いっぱいなんだが。

 私も、今、興味、関心があり、気にはなっている女性が複数、居る。

 私は、恥ずかしい限りだが、最近、女優と言うのと、、好きなタイプの女性が複数、二人、居る。一方が女優。もう片方は、普通の、身近に居た、一般の方、一般人である。

 グラビア界ではそれ程有名でもない(そんな事も無いかも知れぬが)女性で、何と、偏差値75を誇り、千葉県出身であり、東京文京区本郷に在る、桜蔭中学、桜蔭高校を経て、東京大学文学部入学、卒業をされた才女の方なんだが、今は、平日は普通のビジネスウーマン、会社員ではあるのだが、土日は、普段からはガラッと変わって、グラビア活動を為さって居る、東堂ともさん、という方が今、とても自分は気にはなって居る。
 その彼女が、東大卒の女性と言えば、皆、判で押したように、何かメガネを掛けて、暗そうな感じ、と思うのであろうが、そうでは決して全くないのである。
 とっても明るそうで、快活そうで、健康そうで、その肉体美・健康美と、東大卒の知性美が合いまった、総合的にも、全体的にも、私が一番、健康的で、素晴らしいと思える女性なのだ。
 こんな、私の様な、学歴コンプレックスの固まり、私の在籍していた学校は、皆、一流に近い、実際一流校で、良い素晴らしい学校ばかりだったんだが、高校も一度二度と転校を繰り返し、大学は中退、等と言う半端者、ならず者、アウトロー、無法者、のような情けの無い自分にとっては、勿体ないような素晴らしい高学歴女性なのだ。
 東大卒、素晴らしい。なにより、髪型から何から全てがかわゆく、可憐で、愛らしく、私は大好きだ。
 その方は、スレンダーボディ、という感じの、出る所は出てるが、昔で言う、トランジスタグラマー、といっても背は高い方。

 とにかく、その方と、もう一人は、普通の、一般人。私が入院時代、大変お世話になった、看護婦さんだ。
 彼女とは、初めて逢ったテーブルでは、複数の患者さん達と、看護婦さんは楽しそうに語らっていた。
 そこである患者さんが、胸に掲げたIDカード、その看護婦さんの名前と顔が書いてあるプレートが、実際の顔とは全然違い、おかしい、と言った。
 看護婦さんは、これは何年も前の、古い写真だが、私は写真の方が良く映るんだろうなあ、実際の自分は自信が無いなあ、とか本当に自信なさそうにその場で言っていた。
 私は、それを見ていて、異論を唱えたくて、一言、言った。「実際の、実物の、現実の今の貴女の方が、数倍、何十倍も、写真なんかよりも、輝いていて、生身の貴女の方が、私の目には素晴らしく映っていますよ」と。
 すると、その女性は、「ありがとうね。今日は、本当に、なーんにも出せないけれど、嬉しいわ。その言葉、そんな事、あなた以外に言われた事は全く無かったわ」と言った。
 その女性は、未だに独身である事を知った。私は尚更、悲しいような、何か、誰か、彼女に手を差し伸べられる人がいないものか、とも思った。
 彼女は、顔も可愛いし、体型が大柄だが、それも可愛らしく、その姿が、私には何よりも、ユーモラスに映り、好ましく思い、名前もすぐに覚えた。

 私は、あの看護婦さんに、段々と関心を人一倍持つようになっていった。彼女が部屋に来るときは、人一倍緊張した。

 ある時、私の同部屋の、八十歳前半のおじさんが、私に言った。
 例により、あの看護婦さんが独身である事、あんなにデブ、(私はスレンダー女性も好きだが、実際の所は、デブ専、と言うか、ぽっちゃりした、ぽちゃぽちゃとした、太った、肉付きの良い、あんな、ふくよかな豊饒な女性も大好きである。これは、子供の頃は、やせた女性が好きだったのが、福島に来たら、何か、皆、女性たちがふくよかな人ばかりが福島には全般的に一般的にも多く、そんな人たちに囲まれている内に、自身、自然と、太った女性が大好きになった。私の好みの女性のタイプが福島に来て大分代わった。)だから、当然、お嫁に何ていけないよなあ、誰があんな、一抱えも、二抱えもあるデブ、もらってくれるんだ、とその八十代のおじさんは、それはそれは、手厳しく言った。

 それに代わり、私はきっぱりと、言った。「だったら、私が代わりにお嫁に頂き、もらってあげる。私は、ああいう、太った、ぽっちゃりとした女性が大好き!何か、一緒にいると、安心感がとっても本当にあるし、一緒に二人で食卓を囲み、彼女の旺盛な食欲で、盛り盛りと美味しそうに食べる太った逞(たくま)しい彼女の姿を、二人で一生を寄り添い、一生見てゆきたい気持ち、気分が今の私の偽らざる本当の気持ちなんだ。」と語った。

 それに対して、その高齢男性は、あんたよっぽど好きなんだな、お前もホントに物好きだな、変わってんなあ、俺は遠慮しとくわ、とすごすごとその場を逃げ去るように言っていた。

 その看護婦女性とも、私のH病院退院にて、永遠のお別れ、逢える事も皆無となってしまった。本当に、私は、H病院看護婦、Aさんロス、である。悲しくてやりきれない。

 だから、今日の朝、NHK第一ラジオで5時台に掛かった昭和歌謡音楽フォークソング、紙風船の「冬が来る前に」を聞いていたら、今日も又、私は寝床で一人、それら、縁のある女性たちを思い出し、あの看護婦さんとは、その悲しいお別れを思い出しては感傷的・感情的・情緒的になり、感極まって、これも又、声を上げて一声泣き、私はその早朝、涙を流してばかり居たのであった。ちゃんちゃん、おしまい。

 以上。よしなに。wainai.

※編集後記、2023年12月18日月曜日現在。
私はここで、東堂ともさんが好きだ、と書いているが、その時はそう思ったのだろうが、私は今はあんまり、あんな、痩せ気味の人は好きではない。
元々、去年の時から気付いていた筈なのだ。ぽっちゃりとした人がいい、と。
とにかく、ああいった類の人は、私の好みでは全くない。ただ、学歴が優れていて、見た目が普通の人よりかは目立ち気味だった為、自身のミーハーさから、ただ、ここに書いてしまったが、本当は、もっと膨らみの有る方が良いと思っている。これは、私の趣味嗜好だから、誰にも否定は出来ない。
とにかく、一瞬の気の迷いであった、としか思えない。今は、東堂さんは、全くの、好みでは無かった、とだけ、一言して置く。
以上。よしなに。wainai