Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ。

あゝ、遥かなる富士山

2017年07月14日 21時11分51秒 | 旅程。旅行記。時間旅行。ちょっとの外出。旅立ち。墓参等含む(高野悦子女史等)。

日蓮正宗総本山大石寺に行った砌(みぎり)の、バス車内から撮った富士山。

 富士山には登ったことは、一度もない。しかし、我ら日蓮正宗法華講信徒は、「登山」と称して、富士山の近郊にある、静岡県富士宮市、総本山大石寺に「登って」ゆく。富士山の、あの富士の高嶺は、登るのは登りたいが、時間的にも、距離的にも、金銭的にも余裕がなく、おそらく一生の間にも、それは叶わぬ夢なのかも知れない。
 やはり、富士は、こうして下から見上げていた方が宜しいのかとも思う。富士山登山は、かなりの難儀を食らいそうな感じがある。
 しかし、よく「がん患者の会」の皆さんが、富士登山を果たしたと言うニュースとか、NHKテレビのタモリのブラタモリで、いつだったか、タモリがNHK女子アナウンサーと一緒に富士山に登っていた。日本一の高さなので、空気は薄くなるが、酸素ボンベの携帯用のを持って行っていて、時々吸っていたが、それは気分が良くなるからであり、余り登山中、二人とも普段とは変わらぬ様子であった。
 やはり、嫌な言葉にはなるが、最後は「自己責任」という奴なんだろう。
 富士山で遭難しても、自分が悪い、自分が責任を取る、という事だろう。
 富士山を、静岡県側から見るのと、山梨県側から見るのが、違うと言う見方があり、写真等でみると、実際違いが分かる。
 富士山は、小田原市に程近い、私の生まれ故郷、神奈川県足柄上郡開成町にいた時も、うちの窓が自然の額縁になって、それはそれは立派な富士山であり、うちに来た親戚縁者は皆その威容に惧(おそ)れをなし、驚いていた。皆、観光絵葉書みたいだと言って、母も父も大喜びだった。
 私の好きな短編小説集に、太宰の「走れメロス・富嶽百景」(岩波文庫)という本があり、富士山を身近に感じたい時などは思い出して読んでいる。太宰治は他の小説は余り感心しないが。
 兎に角、富士山には、私は、軽く優しくガツンと一発、ひとたたき、背中にいつも頑張れ、と暖かく、何か声援を与えられ受けているような、不思議な感覚で、今も私を応援しつつ、励まされ続けているような実感を常々抱いている。富士山よ、有難う!


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