日蓮正宗総本山大石寺に行った砌(みぎり)の、バス車内から撮った富士山。
富士山には登ったことは、一度もない。しかし、我ら日蓮正宗法華講信徒は、「登山」と称して、富士山の近郊にある、静岡県富士宮市、総本山大石寺に「登って」ゆく。富士山の、あの富士の高嶺は、登るのは登りたいが、時間的にも、距離的にも、金銭的にも余裕がなく、おそらく一生の間にも、それは叶わぬ夢なのかも知れない。
やはり、富士は、こうして下から見上げていた方が宜しいのかとも思う。富士山登山は、かなりの難儀を食らいそうな感じがある。
しかし、よく「がん患者の会」の皆さんが、富士登山を果たしたと言うニュースとか、NHKテレビのタモリのブラタモリで、いつだったか、タモリがNHK女子アナウンサーと一緒に富士山に登っていた。日本一の高さなので、空気は薄くなるが、酸素ボンベの携帯用のを持って行っていて、時々吸っていたが、それは気分が良くなるからであり、余り登山中、二人とも普段とは変わらぬ様子であった。
やはり、嫌な言葉にはなるが、最後は「自己責任」という奴なんだろう。
富士山で遭難しても、自分が悪い、自分が責任を取る、という事だろう。
富士山を、静岡県側から見るのと、山梨県側から見るのが、違うと言う見方があり、写真等でみると、実際違いが分かる。
富士山は、小田原市に程近い、私の生まれ故郷、神奈川県足柄上郡開成町にいた時も、うちの窓が自然の額縁になって、それはそれは立派な富士山であり、うちに来た親戚縁者は皆その威容に惧(おそ)れをなし、驚いていた。皆、観光絵葉書みたいだと言って、母も父も大喜びだった。
私の好きな短編小説集に、太宰の「走れメロス・富嶽百景」(岩波文庫)という本があり、富士山を身近に感じたい時などは思い出して読んでいる。太宰治は他の小説は余り感心しないが。
兎に角、富士山には、私は、軽く優しくガツンと一発、ひとたたき、背中にいつも頑張れ、と暖かく、何か声援を与えられ受けているような、不思議な感覚で、今も私を応援しつつ、励まされ続けているような実感を常々抱いている。富士山よ、有難う!