俺の知る普段のバンコクよりは、はるかに凌ぎやすい気温の昼間、スクンビット通りを右手にいつもの渋滞を眺めながら、オレはBTSのアソーク駅へ、てくてくと歩いていた。
このところ、親友・サミーの薦めで泊まっているウィンザーホテルはスクンビットのSOI26(26通り)にある。
そこよりスクンビット通りへ出る手前に左に入る路地があり、そこに入って道なりに右へ進むと駐車場のスペースに無理やりリゾートチェアを並べたようなバーミー屋(タイ風屋台ラーメン)がある。
そこのひとつのチェアに腰を落ち着けバーミーを頼む。1杯30バーツ(80円)である。
店の入り口には、その店のお母さんらしき女性がバーミーを作っている。彼女が料理長なのである。
バーミーを2杯食べたオレはアソーク駅へてくてく歩いていた。
歩く道々に果物を切って売っている屋台や、なまずを揚げたものを売っている屋台、パパイヤを細かく刻んで、その場でソムタムを作って売っている屋台を見かける。
さすがのオレもこれらは食べれそうにない。
スクンビット通りの渋滞のクルマはオレが歩いているよりはるかに遅い。
タイのバスはなぜか異様にお尻の部分が長い。できるだけたくさんの乗客を乗せようと苦心しているのはわからないでもないが、あまりにもたくさん乗客を乗せると前輪が浮いてしまうのではと思うくらい長いのだ。
アソーク駅より一駅、ナナ駅でBTSを降り、かつて何度か訪れたことのあるアンバサダーホテルのそばのマッサージ屋に足を運んだ。
マッサージ師としては、いささか不自然な胸が見えそうな服を着てホットパンツを履き笑顔でオレを見る女性を無視し、60歳に手が届きそうだが熟達した技術を持っているであろうおばちゃんを指差し、足つぼマッサージを依頼した。
足つぼマッサージを受けながら、ジェスチャーを交え、椎間板ヘルニアからきている右の坐骨神経痛の話しをおばちゃんにしてみた。
そうすると、足つぼの後、サービスで腰と右尻を的確に揉んでくれた。
たった少しのこのマッサージであったが、腰の痛みが消滅したことには、正直驚いた。
さすがの一言である!まさに奇跡の指を持つおばちゃんであった。
今回のバンコク滞在は、いつも夜な夜な飲みまくっているサミーが旅の途中との事で、全く夜の予定がない、睡眠充分なる旅であった。
去年、ひょんなことから知り合い、親しくしているHIDEと夕食に出た。
HIDEがいいイーサン地方(東北地方)のタイレストランがあるということでエカマイ通りへ。
オレの大好物のソムタムはイーサンの食べ物なのである。
そこでカエルを食べることにした。
かつてカエルは食べた経験があるのだが、これほどまでにグロテスクに、サーブされたカエルを食べるのは初めてであった。
その味は鶏のササミに近く、辛いたれに付けて食べるとすごくうまかった。
カエルは筋肉質なのであった。
緑色のビア・チャンのコスチュームを着て注いでくれる女性をわき見しながら、思えば長くこの街を訪れているなぁと考えていた。
初めて来た頃はまだBTSもなかった。今から18年ほど前の頃である。
気持ちは今と変わらず、ただただ突撃の青春時代であった。
あの頃知り合った人たちは、今尚、この喧騒の中で生活しているのであろうか・・・。
震度4の地震がくれば全ての高層ビルが倒壊するであろうと云われる大都市・バンコク。
これまで100回近くは訪れているであろうこの街だが、いつきても新鮮である。
それはこの地に住む人々が流れ流れて、訪れる度にオレにとっての新しい展開が生まれてくるからであろう。
次の訪泰は3月、またその時もこれまでにない新たな旅になるのであろう。
屈託のない笑顔のタイ人に乾杯!
やはりここは、微笑みの国なのであった。
このところ、親友・サミーの薦めで泊まっているウィンザーホテルはスクンビットのSOI26(26通り)にある。
そこよりスクンビット通りへ出る手前に左に入る路地があり、そこに入って道なりに右へ進むと駐車場のスペースに無理やりリゾートチェアを並べたようなバーミー屋(タイ風屋台ラーメン)がある。
そこのひとつのチェアに腰を落ち着けバーミーを頼む。1杯30バーツ(80円)である。
店の入り口には、その店のお母さんらしき女性がバーミーを作っている。彼女が料理長なのである。
バーミーを2杯食べたオレはアソーク駅へてくてく歩いていた。
歩く道々に果物を切って売っている屋台や、なまずを揚げたものを売っている屋台、パパイヤを細かく刻んで、その場でソムタムを作って売っている屋台を見かける。
さすがのオレもこれらは食べれそうにない。
スクンビット通りの渋滞のクルマはオレが歩いているよりはるかに遅い。
タイのバスはなぜか異様にお尻の部分が長い。できるだけたくさんの乗客を乗せようと苦心しているのはわからないでもないが、あまりにもたくさん乗客を乗せると前輪が浮いてしまうのではと思うくらい長いのだ。
アソーク駅より一駅、ナナ駅でBTSを降り、かつて何度か訪れたことのあるアンバサダーホテルのそばのマッサージ屋に足を運んだ。
マッサージ師としては、いささか不自然な胸が見えそうな服を着てホットパンツを履き笑顔でオレを見る女性を無視し、60歳に手が届きそうだが熟達した技術を持っているであろうおばちゃんを指差し、足つぼマッサージを依頼した。
足つぼマッサージを受けながら、ジェスチャーを交え、椎間板ヘルニアからきている右の坐骨神経痛の話しをおばちゃんにしてみた。
そうすると、足つぼの後、サービスで腰と右尻を的確に揉んでくれた。
たった少しのこのマッサージであったが、腰の痛みが消滅したことには、正直驚いた。
さすがの一言である!まさに奇跡の指を持つおばちゃんであった。
今回のバンコク滞在は、いつも夜な夜な飲みまくっているサミーが旅の途中との事で、全く夜の予定がない、睡眠充分なる旅であった。
去年、ひょんなことから知り合い、親しくしているHIDEと夕食に出た。
HIDEがいいイーサン地方(東北地方)のタイレストランがあるということでエカマイ通りへ。
オレの大好物のソムタムはイーサンの食べ物なのである。
そこでカエルを食べることにした。
かつてカエルは食べた経験があるのだが、これほどまでにグロテスクに、サーブされたカエルを食べるのは初めてであった。
その味は鶏のササミに近く、辛いたれに付けて食べるとすごくうまかった。
カエルは筋肉質なのであった。
緑色のビア・チャンのコスチュームを着て注いでくれる女性をわき見しながら、思えば長くこの街を訪れているなぁと考えていた。
初めて来た頃はまだBTSもなかった。今から18年ほど前の頃である。
気持ちは今と変わらず、ただただ突撃の青春時代であった。
あの頃知り合った人たちは、今尚、この喧騒の中で生活しているのであろうか・・・。
震度4の地震がくれば全ての高層ビルが倒壊するであろうと云われる大都市・バンコク。
これまで100回近くは訪れているであろうこの街だが、いつきても新鮮である。
それはこの地に住む人々が流れ流れて、訪れる度にオレにとっての新しい展開が生まれてくるからであろう。
次の訪泰は3月、またその時もこれまでにない新たな旅になるのであろう。
屈託のない笑顔のタイ人に乾杯!
やはりここは、微笑みの国なのであった。