マイペースで行こう

東京都東久留米市内のキリスト教会の牧師のブログです。更新も内容もマイペースですが、20年目に入りました。

クリスマスカード

2007-11-09 18:26:12 | ちょっと息抜き
教会に行く前にちょっと寄り道をして買い物。
イトーヨーカドーで必要なものを買った。
その途中、クリスマスカードを書いてないことを思い出した。
3Fでクリスマスカードを購入。

World VisionでスポンサーをしているインドのKishore君へ送ろうと思ってたのに。
現地での作業にゆとりを持たせるためか、できれば10月末くらいまでにとお知らせが来てたような気がするが・・・。
毎年遅れ気味。
筆まめではないので、せめてクリスマスカードとバースデーカードだけは送ってあげたいと心がけている。

教会に着いて、PCにある写真をプリントアウトしてカードに貼り付け。
英語で少しコメントと自己紹介(Kishore君を紹介されて最初のクリスマスカードなので)を書いた。
ささやかなことだけど、クリスマスを迎える喜びを分かち合えることはうれしい。
喜んでもらえるといいな~。

教会もこれからますますクリスマスモード

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えっ、走ってきたの?

2007-11-09 18:03:08 | お客さん
昨晩はH君が我が家に来た。
7時前に「今日行っても大丈夫?」という確認があったまま、8時近くになっても現れない。
どうしたのかね~と妻と話していたら、ピンポーンと鳴った。

H君だった。
「今日は走ってきた。」
秋津のH君の家から我が家まで50分かかったそう。
仕事で疲れてるだろうにと思ったら、「最近運動不足でね」とのこと。
たしか肉体労働のはずなのに・・・。
「最近仕事が楽だから。」
さすが、若いね~すごい体力に感心。

まずはいっしょに夕食。
メニューはビビンバとサラダだった。
デザートも。

おいしかった!

H君、帰りはさすがに電車だった。

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賛美礼拝

2007-11-08 17:50:03 | 神学校・講座
今日は神学校で昼食を済ませて教会に戻った。
ちょうど穏やかな天気だったので、教会の庭の草取りをした。
短時間だったけれど、作業もはかどってきれいになった。

土曜日には神学校で賛美礼拝が開かれる。
昨年は残念ながら出席できなかったので、今年は出席したいと思う。
妻もいっしょに出かける予定。

そのため、できることは今日明日のうちに終わらせておきたい。
昨日は礼拝説教の原稿をまとめておいた。
あとはYouth For Jesusのショートメッセージの原稿と役員会の報告のレジメが残っている。

今日も昼食の後、神学生のみなさんが時間を合わせて集まって賛美の練習をしていた。
楽しみにしている。

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写本

2007-11-08 17:35:17 | 神学校・講座
今日は新約緒論の講義。
新約聖書の写本の分類について。

今まで知らなかった分野なので、講義で聞くことはとても新鮮。
毎回レジメを用意してくださるのだが、それ以外の口頭での説明も聞き逃さないように集中。

ギリシャ語のオリジナルのテキスト(つまりパウロ本人やヨハネ本人が書いたもの)を復元するために、どれほどの作業と時間が費やされてきたのか。
それを思うと毎日当り前のように読んでいる聖書の重みがさらにズシンと増す。

現存する写本の数は4000~5000ほどあると言う。
それらをいろんな観点から分類し、オリジナルのテキストを探究していく作業は、ただ聞いているだけでも途方もないようなことに感じる。

教会の歴史の中で(特に宗教改革以降)、多くの人たちの研究の恩恵によってオリジナルのテキストにかなり近いもの(9割程度)が現在与えられている。
まだ議論の余地が残っている部分が1割ほどあるそうだが、今後の講義の中で本文批評を学び、自分なりの選択(どの語句がより適切なのか)をするようになるとのこと。

奥が深い。

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神がおられるのに、なぜ悲しみが存在するのか?

2007-11-05 16:55:38 | 教会の風景
昨日のYouth For Jesusも十数名でよい時間を過ごした。
賛美とみことばの時間。
リクエストがあったので、歌集に新しい曲が加わった。

聖書箇所 ヨハネ11:30-37
「みこころを知る シリーズ6」

ラザロの死を目の前にしてイエスはどのようにお感じになったのか?
聖書によれば「霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて」(33節)
      「イエスは涙を流された」(35節) とある。

本来、神との幸福な関係の中にあり、喜びと感謝に満ちた生活を送るように造られた人間。
しかし、死の前に無力で、別離の悲しみも経験しなければならない現実。
私たちはこの現実をみつめるときに「(聖書の教える)罪」を認めざるをえない。

この場面で、主イエスは、死とその原因である罪に対して憤りと心かき乱される思いをなさった。
人の置かれている窮状に心を痛められた。
そして、「涙を流された」。

神がみこころを進められる時でさえ、そこには悲しみや痛みが伴うことがある。
もちろん、そのすべての理由を正確に知ることは私たちにはできないだろう。
ただし、主が私たちと共に心を痛め、涙を流しておられる。
そして、私たちをむしばむ罪と死の力に対して怒りを感じておられる。

しかも、主は決して痛みと悲しみだけで終わらせることをなさらない。
みこころの中で起こる痛みと悲しみは、その後に来る慰めと喜びの前触れでしかない。
この場面の最初のところで言われたとおり。
「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」(11:4)


集会後はいつものように夕食の準備。
並行してKING GRACEのミーティングが行われていた。

夕食はいつもより人数が少し多めでにぎやかだった。
一つのテーブルで収まりきらなかった。




メニューはカレーうどんとサラダ。

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