「見仏」と「札所巡り」と「仏教少々」

仏像鑑賞と札所巡りと受け売りの仏教を少し

私たちは今を生きていない

2021-01-31 19:16:12 | 仏教
受け売りの内容ですが、
以下のCamper-hiroTVさんが自身の動画で、パスカルの言葉を引用しています。
https://www.youtube.com/watch?v=2gW8ujL_JsI
私たちは、今を生きていない。将来を生きたいと思っているだけだ。
そして、常に幸せになることを待ち望んでいる。だから、今幸せでないのは当然のことなのだ。


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座禅等の紹介2021年01月

2021-01-24 07:34:48 | 仏教
ドイツ人のネルケ僧侶の活動の中にオンラインの座禅があり、
紹介しておきます。
平日は有料のようですが、コロナの影響で大阪城での座禅会を
止めている変わりに日曜日に無料でやっているようです。
youtubeのライブ配信です。

https://muhone.hatenablog.com/entry/1999/01/01/000000
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谷中のお寺の掲示板2

2020-09-26 12:30:18 | 仏教
谷中のもうひとつの気になった掲示板で、
お寺の名前は、メモしていませんでした。
恩を売って何かしてあげるとかでなく、
損か得かだけで判断することなく、
親切、施しをすると結局は自分のためになる。


谷中には、御府内では、お参りしなかったお寺がたくさんあり、
谷中を散歩してみるのもよいかもしれません。
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谷中のお寺の掲示板

2020-09-26 11:04:32 | 仏教
谷中近辺の御府内八十八か所巡りをしていたとき、
札所以外のお寺で仏教の標語的な掲示板の中から
気になったものを写真で紹介します。

天台宗金峰寺。

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築地本願寺、仏教文化講座2020.2

2020-02-22 18:16:13 | 仏教
寄り添うってなんだろう~僧侶の実践から学ぶ
磯村健太郎

磯村という名前から
別の人を想像していたが別人物だった。
朝日新聞記者で59歳。もうすぐ定年退職。

*******
いろんな宗派から講演を依頼されてきたが、今日は安心している。なぜなら、真宗の本願寺派の門徒だから。

築地本願寺には合同墓地がある。このお墓に入るべく申し込みをしている。妻に相談して、このお墓にいっしょに入らないかと聞いたら妻は涙を流した。妻は2度目のプロポーズみたいで感動したと感動して泣いた。(子供がいるとは話さなかったのでそういう経緯で合同墓地・・・なのかもしれない)

生い立ち。
福岡の炭鉱の町でうまれ、おかしを作る町工場を家族が営んでいた。でも貧しかった。父親の方は新興宗教にはまり、その教会にも高校生くらいまで連れられて行った。特に疑問はなかったが、大阪の大学に行くようになり、この宗教からは自然と疎遠になった。

記者になり、刑事事件などを担当していた。アエラという雑誌で、部下の不祥事で2年間仕事がなかった時期も経験した。その間に、宗教とのかかわりを考え始め、それを記事にすることにした。
「ルポ仏教、貧困・自殺に挑む」という本も出した。

仏教から2つの点を考える。
1つは、人生の指針。
もう1つは、他人の幸福を願うこと。利他もしくは慈悲。これらをよりわかりやすい言葉でいうなら寄り添い。
総理は、初心表明演説で、「沖縄に寄り添って」ということばを使っていたが、評判が悪い。

約10年前、本願寺に仏教を勉強しに来ていた時、白いワンピースを着て地べたに座っている物乞いをしている50代くらいの女性をよく見かけていた。真夏に、日傘をさしながら。何度も前を通って声をかけれずにいた。通りすがりのサラリーマンが女性のホームレスは珍しいよね。などと言っていた。(この続きは後で)

見えない貧困(女性の場合、身だしなみは最低限よくしているように見えるがぱっと見貧困であることがわかりにくい)。Deep Pure。深刻な貧困。
例えば4人家族で年間120万の収入。月10万で生活しているということになる。
山梨のNPOは、貧困者に食品を送る活動をしている。貧困が自殺の要因にもなっている。自死が日本では年間2万人ほどいる。

苦は心の中にあると仏教は言っている。でも社会の問題が苦を生んでいるということもある。内面の問題だけではない。

よろず相談(僧談)を本願寺の僧侶がしている。
お坊さんの行動から学びたい。

どういうスタンスで困っている人に向き合っていけばよいか。

とあるお寺の僧侶が、お寺の前の張り紙に「悩み事聞きます」と書いて出した。次々とお寺に来る人が増えた。例えば、死にたいと相談。・・・なら死にたいというのはわかります。と答える。気持ちをくもうとする努力、プロセスが大事。

京都自死自殺センターというところがある。本願寺の僧侶が主体となってNPOとして活動している。宗教色を出さずに、電話相談をしている。

僧侶がひきこもり相談をしている。ListenではなくFeelのほうがよいのかもしれない。

中村元の著書「ブッダの言葉」には、生きとし生けるものは幸福であれと書いている。

四天王寺に悲田院という駆け込み寺の歴史がある。現代版の駆け込み寺が東北にある。名前とどこから来たのかを書いてもらう。ただ、あえて問題は聞こうとしない。聞いたところで何ができますか?という意図もある。相手から問題を口にするときには聞くという姿勢。何も聞かないのも寄り添うというひとつの形。

ひらがなで、「いのち」という組織を上野のあるお寺運営している。ホームレスを支援している。

滋賀のあるお寺。お供え物を集めて困った人に米を送る活動。東北の方にもこのような支援の輪が広がった。

先ほどのホームレスの女性についての続き。何度も通り過ぎたころに、ついに声をかけた。どうだったらよいですかと尋ねた。雨風がしのげて軽作業でよいので生活できれば・・・。この女性を件をあるお寺に声をかけた。・・・でも結局うまくいかなかった。
そのあと、その女性を見かけなくなった。有楽町のほうにもいるらしいというのを聞いたので行ってみたがそこにも見当たらなかった。このことについて、あるお寺に相談した。その女性は、新たな行動をとり始めたんではないでしょうか。

朝日新聞を退職後、ボランティアをしてみたい。貧困問題と向き合ってみたい。

****
内容的には、自分の生い立ちの話と、記者という立場から、僧侶が行っている行動について、スライドを示しながら紹介するという講座の内容であった。



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築地本願寺、仏教文化講座2020.1

2020-01-26 09:14:59 | 仏教
現代人のためのブッダの教え
佐々木 閑

般若心経の解説をテレビでしていたのを
だれかがyoutubeにアップして、
その動画の中に出ていた人。初老の男性。

花園大学で教授をしている。
福井の真宗のお寺の一人息子。
お寺は継ぎたくないという気持ちから理系の学校を
選んできたが、22歳のとき京大の文学部に編入して、
仏教を勉強し始めた。

ヨーロッパの人々は、アジアを植民地化するときに、
現地の文化も参考にする必要があった。
その過程の中で、ヨーロッパの人々は、
とんでもないものを見つけた。それが仏教。
ヨーロッパで、仏教の研究が進んだ。
(日本は当時江戸時代)
また、インドの言語のルーツを辿っていくと、
もとはヨーロッパの言語とルーツが同じであった
ことがわかった。

明治以降、仏教学を勉強するにあたり、
むしろヨーロッパで研究された仏教学を
学ぶということが日本で行われた。

私は、釈迦教の信者です。

ブッダが生まれた当時の背景。
バラモン教という宗教があった。身分制度を含んでいる宗教。
バラモン教は、現在も引き継がれ、
ヒンズー教という名前に変わった。
バラモンとは、バラモン教の階級制度の最上位の身分の
人たちのことを指す。
血筋で身分が決まるバラモン教を否定したのが仏教。
バラモンは、日本で言い換えると梵天にあたる。
この身分制度、現在のカースト制度は、日本で
言い換えると士農工商。

梵天は、神様の教えを伝える人。
日本で言い換えると、卑弥呼。

釈迦は、人はみな平等と考えた。
(どういう意味の平等かというと)
「人はみな不幸」というのが平等。
幸せだと思っている人は錯覚。
人間は生物なので、死に向かって進んでいる。
人間はおおむね老いて、病気になって死ぬ。
(そういう意味で平等)

楽しいこともいっぱいある。
苦しいことがあったら押さえつける。
脳が防御している。
年を取ってくると苦しさがより大きくなってくる。
生きているという本質は苦しみ。

津波で家族をなくし家をなくした人に
どうすれば幸せになるか
どう教えてあげられますか?
元の幸せにはもどりません。

そこで、悟りが必要になる。
人はみな不幸。幸せとは何でしょうか?
苦しみが消えることが幸せにつながります。

老病死を消せればよいが、不可能。
イスラム、キリスト教は魂が残り続ける宗教。
老病死をなくす宗教。

仏教は違う。老病死は防げないという前提。
自分を変える。自分の価値観を変える。
心で理解する。
そのためには毎日のトレーニングが必要。

老病死は奪われるという意識がある。
若さが奪われる。健康が奪われる。命が奪われる。

老病死に対して自分をどう変えればよいか?
奪われるものが自分のものでないと考える。
手放すということ。

幸せの基準が変わらなければならない。
ものをたくさん手に入れて幸せを感じる人は、
諸業無常とは逆の考え(諸行常)。
どんどん手放していく人は、諸行無常の考え。
(ミニマリズムや断捨離にも通じると思う)

自分の我を消していくと苦しみがなくなる。
日常のいろんなシーンで自分を変えることが望まれる。

ここで真宗について。
仏教の根本の面がある。
阿弥陀さんにおまかせして、
自分中心の世界をやめる。他力に任せる。
したがって、老病死がきても安楽になれる。

仏教とは、
苦しみを感じた人が訪れる病院。
今、健康である人も、病気になったとき
病院にかかれるという安心感がある。

****
質疑応答の中で・・・。
この方は、瞑想や座禅をしているわけではないようだ。
座禅はやったことはあるとは言っていたが、
もっぱら仏教学を突き詰める中で苦しみを
なくすという方法を取っている雰囲気。
という意味だと、実践という意味だと
少し足らない点ではあるが、
講座としては期待以上の内容でよかった。
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築地本願寺、仏教文化講座2019.12

2019-12-14 21:12:24 | 仏教
落語家でもあり、僧侶でもあるつゆのまるこの講座

僧侶がテレビに出る番組に出ていたような気がする。
ちょうど裏番組を見ていたので、断片的にしかみたことはなかった。
こういう講演の場で、
テレビに出ていた人だから自分にとって価値があるなんてことは思わない。
前回、テレビにも出ているコメンテーターが講座に出ていたが、
話が普通すぎて途中から寝てしまった。

つゆのまるこは、落語家の芸名、33歳、女性坊主頭。天台宗の僧侶。
真宗の非坊主頭を見慣れているせいか、坊主でしかも女性ということで、
逆に違和感があったが、一般的には僧侶は坊主頭のほうが・・・らしい。

最初に仏教落語、次に自分の生い立ちの話。
****************
この一流の本願寺、一流のお客さん、一流の話家。
合わせると三流。(観客笑)
落語は300年ほど前、おぼうさんが始めたと言われる。
仏教により関心を持ってもらおうと始めたという話もある。

私は落語家としてはプロなんですが、
僧侶としては「アマ」なんです。(観客笑)

とあるプールで80すぎのおばあさんと、息子のお嫁さんが
泳いでいた。おばあさんになぜ泳ぐんですか?と聞くと
三途の川を泳いでわたりたいから。
息子のお嫁さんは、水泳のコーチにお願いした。
ターンの仕方だけは教えないでくださいね。(観客笑)

暴走族の男性がバナナの皮ですべって死に三途の川を
渡る話を落語のネタとして話した。
(詳細は割愛)

(次に生い立ち。)
高1のときに落語家になりたいと思うようになった。
お坊さんになりたいと思ったのも同じ高1のとき。
(最初から2刀流をめざしていたなんてなんて人!)
家はお寺ではなく、普通のサラリーマン家庭。
おじいちゃんがなくなったとき、人は死んだらどうなるだろうと
疑問を持っていた。宗教にその答えがあるのではないかと、
キリスト教、イスラム教、仏教と勉強した。
高校を卒業後、18〜21歳で弟子入りして先に落語家になった。
その後お寺にも通い続け、25歳で出家して修行した。
現在、結婚をしていて子供もいる。
旦那は、芸人。(番傘で、ものを回して
まわっております〜の芸)
旦那はクリスチャン。
でも仕事のことで喧嘩はするけど、
宗教のことで喧嘩をすることはない。
結婚するときに、神父さんのほうに、
結婚しても良いですかとお願いしに行った。
神父さんの返事は、「YES」。(観客笑)

***********
別に笑いを期待している講座ではないが、
今日は笑った。
気になったのは、ずっと落語口調で、
質疑応答も落語口調。
この人、普通に喋れるのだろうかと思った。(笑)

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築地本願寺、仏教文化講座2019.9

2019-09-22 07:09:36 | 仏教
命の体感、こいではるこ

タイトルとは最近、ミスマッチな講座内容。
今回も同様。
講師は、35歳の女性。

*******
「悟りってなんですか」という本を数年前に出した。
各宗派の僧侶にインタビュー形式で、
対談した内容。
おそらく、この本がご縁で、今日ここへ講師として
呼ばれたのではないかと思う。
ライターはかつてはしていたけど、今はしていない。
自称、丹田道の提唱者。

(前半は自己紹介)
新潟の村上の出身。父方、母方は真宗。

小さいときから不安を抱えている子供だった。
父の転勤が多く、転校も頻繁で、せっかく
環境になれたのに別の学校へ。むなしい。

高校の古典の授業で、鴨長明の方丈記を習う。
最初の文書で、無常というものを知る。
少し開けた。
でも救われたいけど救われないというジレンマは
持ち続けた。
大学は、早稲田文学部。
卒業後、編集社に務めた。
残業が多く、十二指腸に穴が開いたりした。
ブラック企業だった。
会社は辞めた。

鴨長明に関係する京都の鴨川へ行って見た。
加茂川だけでは時間があく、京都といえば
有名な広隆寺の弥勒菩薩。見に行った。
柔和な表情に驚いた。お寺の人もひまだったのか
話しかけてきた。
このかた(仏像)は、何を考えていると思いますか?
50数億年後に、
人々を救うことを考えていらっしゃるのですよ。
また驚いた。

仏教に興味をもち、その入りとして、
全国の仏像を見ることもした。
仏像といえば真言密教。
空海の言葉で、「仏法ははるかにあらず、
心の中にある。」

真言宗は、門をたたきにくいし、その当時
座禅がブームだった。
座禅を通じてなら、お寺の門をたたきやすい。
鎌倉のお寺で座禅をし始めた。

座禅は、自分に向いていた。
無の境地に近づけた。
悟りの片鱗が見えたような気がした。
座禅をやっているときは落ち着けた。

でも、座禅をやめると、感情が抑えられない
いつもの自分。

2011年頃、資格を取って、
国立博物館内の図書で働いていた。
親鸞、法然に関する展示が予定されていたとき、
親鸞、法然に関する本を集める担当になった。
浄土教にも興味を持ち、法然から入った。
臨終のシーンから現世で救われていた人だったんだと
涙をほろりとさせた。このとき、念仏が自然と心から出た。
その後、親鸞の歎異抄も読んだ。

頭だけで人生を考えていた。
それは、お腹に移動した。
お腹に心がおさまる感覚。・・・

++++++++
頭で考えるというのを、お腹(丹田)で考えるに変えるというのを
力説して、説明されていたが、瞑想、禅をしていない素人には
理解不能だった。
ときどき、途中退席される人もいるが、
今回は、門徒さんが中心に座ると思われる席のほうからも
退席者が数人いた。
後半は理解不能だし、門徒さんにとっては、逆の方向を
向いている。と感じたのだろう。

まあ全否定することもないと個人的に思う。
いい方法があれば生活に取り入れていけば良いのである。
禅や瞑想やマインドフルネス。

頭だけで考えているのみであるが、
体があって生かされているんだという感覚。
わからないが、こういう感覚があるなら近づいてみたい。

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格言2019.9 死ぬこと以外

2019-09-19 21:57:37 | 仏教
最近、ネットを見て、勇気付けられる格言を見つけました。

「人生、死ぬこと以外はかすりキズ」

本でも出ているようですし、
一般女性が言った言葉とかそういうものでもあるかもしれません。


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築地本願寺、仏教文化講座2019.8

2019-08-24 23:20:50 | 仏教
ドリアン助川


テレビの何かの番組で見た記憶があるのだが、思い出せない。

講座が始まる前イタリアかスペイン語あたりを話す中年の夫婦、
人が集まり何かありそうだからと着席していた。
講座が始まって日本語がわからないと
どうにもならないと思った二人は、離席していった。

ドリアン助川は、放送作家。
今回は「あん」という映画を作るに至った背景や裏話、
プライベートなことも。この映画はハンセン病に関わる。


浄土宗の高校、大学では東洋哲学科。
インドへ旅をして、病気になって十数キロやせて
帰ったということもあった。
いざ就職となったときに色覚異常だったので、
放送局や広告代理店などは門前払いを受けた。
色覚異常は20人に1人とも言われる。
一人で生きていくことに。
塾の先生、飲み屋のバイトなど、そして放送作家になった。
(ご存じの)クイズでアメリカに行ける番組も書いた。
1989年11月9日ベルリンの壁が崩壊した。ベルリンへも行き、
チャウシェスクのチェコスロバキアにも行った。
自衛隊のカンボジア地雷除去も
現場で伝えたいとカンボジアへも行った。
一方で、パンクロックもしていた。
頭をモヒカンにしていたときも。
ラジオで五年間、高校生の悩み相談もした。
頼んでいないのに生まれてきた。
辛いこともある。
生きていくことにどういう意味があるだろうと高校生に問いかけた。
10人が10人とも社会のために役に立つために生まれた。
社会のために役にたたなければ意味がない。
(ちょっときれい事の模範解答を出したのかも。)

ライ菌におかされるのがハンセン病。
神経を破壊していく病気。指がなくなったり、
鼻が落ちる。盲目になることもある。致死病ではない。
治ったとして施設から出されない方針だった。
医療関係者がハンセン病になったという記録はない。
この菌の感染力は弱い。1996年まで社会から遠ざけられた。
1997年あんという本を出した。
そこから後に、2015年映画化することになるが、
それまで長い道のり。
かつて道化師の姿でバンドもしていた。
所沢の不登校の多い学校から、生徒の前で演奏してくれと頼まれた。
そこで、ハンセン病の老人2人が見にくれていた。
そこでの出会いがあり、ハンセン病患者の生の声が聞けた。
多磨全生園の人達にもお世話になった。
映画化のため5~6年越しでスポンサーを探した。
2億円はかかる。 生の声が聞けたことで映画化が加速した。
ドイツ、フランスの人たちにもスポンサーになってもらった。
日独仏合作映画となった。ストーリー。
樹木希林演じる徳江という老女がどら焼用のあんを作っていた。
ところが彼女はハンセン病。
(たぶんまだ病気のことが分からなかった時代だと思う)。
彼女の指が変形していて、噂になった。
やがて、彼女はその場を去る。そして、その後は収容所へ。
カンヌ国際映画祭に出品。
上映後、スタンディングオベーション。拍手がなりやまなかった。
泣けた。
でも、ふと周りの出演者を見たら誰も泣いていなかった。
樹木希林さんは、
皆さん拍手で手が痛いでしょうから早く引き上げましょう。
と一言。
世界のバイヤーによって35か国で上映が決まった。

患者の森本さんという人は、収容所の生活より、
外で勉強したいと、脱走して大学へ通っていたことも。
その後、体調をくずして、収容所に戻った。

あんのモデルになったのは石垣島出身の女性。
実は、あんではなく、サーターアンダギーを作っていた。
ある時、その女性と植樹をすることになっていた。
ちょうどその頃、樹木希林さんの訃報を電話で聞いた。
お通夜葬儀には出れないと伝えた。
その女性に樹木希林さんは元気ですかと
尋ねられたけど言えなかった。

小説のほうは、フランスの文学賞をもらった。
フランスでのサイン会で
10歳の娘さんを亡くしたという女性が涙していた。
詳しい状況はその女性とは話さなかったけど。



立て板に水でよくしゃべる。筆記がなかなか追い付かず。
時系列の話ではないこともあったので、少し戸惑った。
まあ、なかなか良い話だった。


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