そこはかとな紀

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映画 ブリッジ・オブ・スパイ

2016-01-03 10:08:27 | 映画

以前にもリンカーンで書きましたが

<アメリカという国は我々の国日本と成り立ちが違うということなのです。日本を始めとした殆どの国は、まず昔から人がいて、いつの間にかに村がができ、国ができてきたわけです。住民にとって自分がなぜその集団に属するかということは自明すぎて考えたこともありません、我々日本人が普段自分が日本人であることを意識しない空気のような存在で感じていることの理由もそこにあるわけです。その集団に近代国家の概念が明治維新とともにやってきたわけです。つまり自然発生集団に国が後からやってきたわけですね。

 それに対してアメリカ合衆国は(便宜上ネイティブアメリカの方たちは除きますが)その大多数が移民や奴隷として連れて来られた人たちから構成されています。彼らの紐帯となるもの。つまり絆はなんでしょう?平たく言えば制度や法律ですアメリカという新天地の枠組みに憧れてやってきた人たち、不本意ながら奴隷として連れて来られた人々。そんな思いも出身国も立場もバラバラな人達がイギリスから課せられた不当な税金が理由とはいえ、独立戦争という苦難の末勝ち取った国がアメリカ合衆国なのです。そして誕生した新生アメリカ国民を繋ぎ止める事ができたのは、民主主義という理念であり法律だったわけです。つまりここでは国という制度そのものが最初に存在しそれによってアメリカという集団ができたといえるのです。>

 前半はその色が濃厚です、今でもアメリカの学校では一日の初めに起立して星条旗に忠誠を誓います。というのは彼らをつなぐ紐帯が憲法星条旗という人間が決めたルールだからなのです。そういうシーンも事実映画にもありますしね。

 国旗に起立するとか国歌を歌うということが拒絶できる国(日本ね)は我々は何となく日本人だよねーという連帯感を常識として持っているからこそ可能であるといえましょう。とは言えそんなアメリカでも1960年の冷戦真っただ中の雰囲気は誇張もあるとして、この映画のような雰囲気だったんでしょうね。

 まあスパイってのは間違いなく007みたいじゃなくってこんな風なじみーなおっさんがコツコツとかつどうするんだろうねー 

 こういう国策映画みたいなのは9.11以降賞を取りやすいってのも形は違いこそすれ昨今のアメリカ国内の情勢を反映しているような気がいたします。

 

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