歌人・辰巳泰子の公式ブログ

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虚空蔵―「月鞠」19号百首歌

2018-11-25 18:35:23 | 月鞠の会
いのち一つしんに抱きしめいる硬さ まだ抉られぬ秋口の桃

職場いじめのコンテクストに乗りながらどうとでも取れるあなたのずるさ

名指しして見せたきものは日の没りの葡萄で染めたようなビル壁

台風予報に通り沿いなど見て巡りつまずいてしまう空けたバケツに

関節痛に屈めざる日の道祖神なぜなぜ足許にいらっしゃる

道の辺に点滅ありて立ち止まる地蔵虚空蔵ここ行きてよきか

水打ちてここの通りの街灯りしら骨のようにハンカチが落つ

湯のなかを歩みておりぬ蒸し暑き夕べ帰りたし ただ 帰りたし

冷房が強くて残業になるという同僚おりぬ アハハとウフフ

花でよかった、にんげんでなくてよかったな お花になって想う日がある

凍結を免れしかな冬の水遣らざりし鉢が涼をもたらす

養生をさせんと枝葉切りたるをなお吹く花芽多しせつなし

切り戻す傷の近くにあたらしき花芽吹きたりわが桔梗花

おおぞらに北斗のかたち見しひとは入れ物あらず水掬しや

農人口に農具足るる層ごくわずか柄杓で掬い水飲みたきか

道具奪らるる日々を過ぐしていたりけり 今朝は鉛筆折られていたり

口惜し涙で背中が曲がり往く道をもどる炎天 宙宇が揺れる

仙人掌の花など咲かせいしひとが亡くなりぬ一月十二日

オルゴールの踊り子は若き母ならん 車椅子から解き放たれて

猫亡くなりし日の記録など読み返す 「ひなたぼっこ」と何箇所もありぬ

亡き母のありざま憎みもの食えば箸が西向く占うごとく

亡き母のベランダに舞う心地して目覚めの水を桔梗に注ぐ

冠婚葬祭貧乏人は締め出せと難病のひとむずかしかりき

室外機唸れる暗さベランダにいて80%が水のわたくし

要諦は回数よりもタイミング 水道の管どくどく鳴らす

なかなかに奪いきれない輻射熱 濡れたるうえを女が通る

厭なひと――びあんか・びんか蘂あかく心強くも肯いくるる

はなびらが極光のある海に似て二〇一八年晩夏(おそなつ)の陽に

カルガモの子をば見守る人のあり我も誰かにまもられていん

八重のクチナシこれの根方に落ち合わん首都高速の日々打ち遣りて

小止みして背高き吾子は膝立てて安寝(やすい)の暗み あすは労働

踏むなとも踏めよとも下陰りして秋つゆくさの路地に張り出す

持ち方を変えてみたればえのころはしずくの光り手花火のよう

野分してふるえる家を想い居り昭和七年父の生(あ)れし家

冷えしるき麦茶一口喉にやり無聊をとおすわが日曜日

なじられてわが方丈に月を見るなじるひとにも寂しきかこの世

秋闌けて見えぬ花火の轟くはかつて農地の名残りならんか

いつしらに鉄砲百合の飛来せし建屋のめぐり午後はチョウ来る

鉄砲百合のつぼみは青し湯を浴びる音のしておりおとめの乳房

年々の姿のありて莢の口渇ききり、ひらき、月かげを吞む

冷えながら夜勤の夜ごといとしきは膨らみかけた鉄砲百合の実

鉄砲百合の袋のなかに待つひとよメビウスの輪を私は歩く

メビウスの輪を見てごらん遠けれど道を知るひとになりたく思う

莢の実の弾けしふくろ月かげに向きてどこより明るからんか

いまは熱持つ試行錯誤の悪い夢 鉄砲百合の根方でそっと

下手くそな絵のラーメンが美味しそう狩撫麻礼の遺作閉じつつ

乾麺を茹でてコーンの缶を開くこの鮮やけき穀の族(うから)よ

ラーメンに乗せてうれしき顔見たしスーパーマーケットにも野分近づく

ラーメンののちカップメン湯を沸かし平らげし子はいま眠りおり

カップメンのごみ片付けて区切りとす牛乳を飲みたくなりて午後五時

残業をせざるは人に非ずという空気のなかに染まらず 独り

「不倫はイヤ」と壁際の声「不倫していいのは私だけ」と聴こえる

ボールペンの尖をしたたか打ちつけて恋を守れる女ありたり

手羽中という名の無人駅にあり今宵しんしん骨を外しゆく

蕗味噌のようにまず湯を沸かしおりこれ箸休めセロリの葉味噌

ささみのだしでほうれん草を胡麻和えにこころ休めの箸休めなれ

でくのぼうの母親なんぞ置いてゆけ後れていいから事故に遭うなよ

昆布茶粥仕込んでおりぬ荒海に採れしこんぶの味の優しさ

塩レモンドレッシングと香菜とマヨネーズのソースで色々つまむ

不時泊は温め合ってするものさポタージュがありチョコレートがある

君が止まれば私も止まるオルゴールの踊り子のように今は眠らな

クシティガルバ ぽっかり浮かんで微笑まれ何かがあっても、あれが、わたしだよ

アカーシャ―ガルバ あれの虚空へかえるのに屍というは脱力すなり

「ギックリ腰は突然に」という友の句を笑い飛ばしてうつも突然

うつ病めば近づくひとの無くなれり 静かに英語書く秋のよる

ありがちな一病を得て堂々と笑顔とやなれ 笑顔がすてき

段ボール割ればカラリと何も無く潔きかな潔くあれ

段ボールからりと割れてたのもしき腹蔵のなき夜勤の上司

のたうつ蛟 苛め抜かれしわたくしの割腹として段ボールを裂く

わたくしの日々の割腹、無音声(むおんじょう)監視カメラのライブ映像

残業規制従う我が守るもの わが子を容れん清潔の肚(はら)

大空よ嗜虐のひとは如何ならん溥儀見よとその答え簡明

段ボール割られ積まれて静もるはけだもののよう 海へ連れたし

段ボール カートに乗せて地下へゆく 私を苛めるひとのいない海

ぽってりと鈍いあかりの地下置き場 照らされているゴミが優しい

排水溝を洗いくれし子 我に似る働き方をしてしまう君

エクセルのごと非表示選択しておりぬ かなしきことを守らんがため

段ボールの虚空蔵なるを点検す 今宵も君のたましい抱かん

社畜というぐれた言葉に笑いおり ぐれたくなって掃除している

装具外せば姿現すとぐろ巻く換気口奇怪とつぜん愉快

換気扇の掃除終えたりうつトリガーは換気口へと吸われゆきたり

動線を掃き浄めれば朝焼けた船のようなりオレンジを嗅ぐ

デバイスと決めつけおれば怖くなし言ってることは正しいんだもの

けざむきは十一月の水浅葱 コーヒーそして漢方薬を服む

思いやり深き友らとわが過ごし明けたるきょうの空、水浅葱

少しだけ縁舐められてさやけきは十六夜の月ゆうべの円居

雇い止めとか転職だとか異動とか「消してやるぜ」の脅しが残る

里芋は毛のむくつけきまま湯がく 当たる刃の優しいように

寝てもしんどい起きてもしんどい朝のうち里芋の皮剥かんとしたり

里芋は灰汁の出始め火を止めて予熱で皮をやわらかくする

ミルフィーユみたいで美味しそうなのは課長がまとめたあとの伝票

営業主任のまとめし伝票、雪うさぎ すべすべ滑らかでうずくまる

娶らざる男の仕事見ておれば紡ぐようなり息詰めて見ん

真っ黒な手をして男たちが巻くタイヤにチェーン、はや雪もよい

この里芋はやがてどうなるおかあさん豚族とカレーになるのです

ショウガ・にんにく・飴色玉ねぎまとめ役 なんでも来いのカレーにしよう

お父様に切られて両手のない娘 グリム一編まざまざとあり

”The blue sky is there.” なる一文を末文とせん 君に見せたし

末文に滲めるものを共に見ん 雨のあとには虹が架かると

発着所から一直線の動線にハトのおりたる職場を愛す



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今後の予定

2018-11-10 15:19:42 | 日常
もろもろ滞っておりますが、今後の予定としては、このブログを公式ページにするつもりでおります。
ヤフーの公式ページが、プロバイダ都合で、来春、廃止になるからです。

さしあたっての新規投稿でした。

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