歌人・辰巳泰子の公式ブログ

2019年4月1日以降、こちらが公式ページとなります。旧の公式ホームページはプロバイダのサービスが終了します。

(未定稿)鬼さん考 7

2024-07-23 23:24:09 | 月鞠の会
三 超自然の鬼から実体を持つ鬼へ(仮題)


⑵ 『今昔物語集』の鬼説話を分析する

『今昔物語集』(新日本古典文学大系『今昔物語集』校注:小峯和明)を読んでいて、興味深い言葉に出くわしました。平安時代末期に成立したとされる『今昔物語集』全31 巻は1000 話以上の短編を収録しますが、説話自体の収録数だけではなく、『日本説話索引』(清文堂 説話と説話文学の会編)の見出し語「鬼(おに)」に示される出典の件数においても、突出しています。
鬼説話が多いのは、分母の大きなことが第一の理由でしょうが、解説に〈中国では道教がひろまり、仏法と拮抗しあい、融合しあう長い歴史があった。日本の神仏習合と隔離の動向にも近い。道教独自の冥界や他界があった。〉〈道仏混交の要素がきわめてはっきり現れている。〉などと述べられるように、道教と混交した内容が多いことも、理由の一つでしょう。
加えて、「鬼(おに)」という言葉の表す内容が、必ずしも異界の属でなくなってきたこともまた、理由の一つに挙げられるのではないでしょうか。
本朝部の鬼説話は、総じて43話。
本朝部に記載される鬼は、冥途や異界にとどまらず、私たちの日常生活にも、突如として出現します。
そこで、この43の例話が、どういった場所、どういった具体物、どういった思想に関係しているのかを見ました。
手順としては、43例について、まず、登場する鬼と関連する具体物を調べる【予備調査】をおこないました。これは、鬼出現のきっかけをつかむためです。このとき、後述する観点①~⑨の重複を許しました。


【予備調査】
①死、葬式、冥途に関係する鬼…13件/②疫病に関係する鬼…2件/③廃屋、古寺、橋などの境界に関係する鬼…11件/④発光をともなう鬼…2件/⑤雷、蛇など水系に関係する鬼…2件/⑥百鬼夜行など集団の鬼…3件/⑦実在の人間に由来すると考えられる鬼…12件/⑧魂魄。…1件/⑨/火、火花、鍛冶に関係する鬼…3件

たとえば『日本霊異記』では、ごく現実的にとらえられるできごとでも、あくまでも神仏による霊異として事物を解釈してありました。しかし、『今昔物語集』では、怪異、霊験譚として示される話のほかに、鬼だと思いこんだものの正体を超自然と言い切れなかったり、それが日常の事物に過ぎなかったりする話が、相当数にのぼります。【予備調査】の観点⑦「実在の人間に由来すると考えられる鬼」がこれに該当し、43例中の12件で全体の27%。そのうえ、霊験譚や怪異のように印象づけがなされる例話のなかにも、人間によるしわざとして十分説明しうるストーリーが、含まれていました。

①は、本国の中国で「鬼(キ)」の語が死霊を表すものであることから、古代の日本でも冥界とのつながりが意識されていたことを受けて、観点として設けました。

②『日本霊異記』上巻第3縁では、疫病で亡くなった奴が悪霊となって寺に祟ります。それからくだって、身分の高い人や才能の優れた人物であれば怨霊となり得ると一般には考えられ、平安時代には御霊信仰といって、疫病が流行すれば祈祷をおこなっています。ここから何か出てくるかと思ったのですが、疫病に関係する鬼は、わずかに2例で、いずれも、鬼(おに)が疫病を引き起こすという直接の文脈とはなっていませんでした。病気をもたらすものの多くは「もの」、すなわち物の怪として認識されていたことを踏まえると、『今昔物語集』の編纂された頃には、「もの」と「おに」の切り分けがずっと進んでいたということでしょうか。具体例を挙げれば、20-7「染殿后、為天宮被嬈乱語」において、染殿后の病気は「もの」のしわざでした。その「もの」を祓う神通力のあった徳の高い聖が、自身の内面に催した后への愛欲から、極めて強力な「おに」となります。ここから、今昔の扱おうとしていた「おに」が、「もの」とは、別の次元に扱われていたことが、うかがえます。

③の廃屋、古寺、橋などは、市井の人の棲まない地場。日常と非日常の境界です。特に橋は、甚だ凶悪なる鬼の出現地であり、27-13「近江国安義橋鬼、噉人語」は、渡辺綱による鬼(茨木童子)退治の原話ともされています。茨木童子は後述する酒呑童子の配下の鬼であり、この後の時代、鎌倉や室町時代に造形される鬼説話の舞台となる地や、土台となるストーリーが含まれていることを見込んで、観点に加えました。この観点は、教訓に直結しています。③にかかる11件のうち8件までに、無用の争いから鬼の出る場所へ至ったことを戒める教訓、人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める教訓が付されていることは、注目に値します。詳しくは後述しますが、何事も神仏次第との前提ではなく、人々が、主体的に行動することを前提としているからです。

④は、遺体のリンが発光するという科学的な説明を、現代ではつけられるとしても、当時としては超自然の現象であり、畏怖の対象だったことと、『抱朴子』に鬼神は光るとの記述があるため、観点として設けました。

⑤拙考で前述したように、古代より、雷や降雨に鬼説話が関係していたので、観点として設けました。ここでは滝つぼに大量の蛇、鳩槃荼鬼(くはんだき)と名乗る鬼神が登場し、谷から上がれなくなった日蔵上人を肩にかけて助けますが、加害はしません。今昔で蛇神は本朝部より震旦部に見られ、鳩槃荼鬼は、吉野山中の瀧に由来する水神でしょうか。

⑦の観点では、17-43「籠鞍馬寺遁羅刹鬼難僧語」、20-7「染殿后、為天宮被嬈乱語」、20-37「耽財、娘為鬼被噉悔語」、27-8「於内裏松原、鬼、成人形噉女語」、27-9「参官朝庁弁、為鬼被噉語」、27-12「於朱雀院、被取袋菓子語」、27-15「産女行南山科、値鬼逃語」、27-22「漁師母、成鬼擬噉女語」の各話が該当します。そのようにとらえた理由を、次に述べます。

⑧の、魂魄思想については、拙考にて前述しました。

⑥⑨は、金工産業と鬼伝説が関係するという説(『鬼伝説の研究 金工史の視点から』若尾五雄著 大和書房)があるため、観点として設けました。12-28「肥後国書生、免羅刹難語」の女鬼の口から出る光は、火花を想起させます。14-42「依尊勝陀羅尼験力、遁鬼難語」、16-32「隠形男、依六角堂観音助顕身語」ではいずれも、百鬼夜行らしき鬼の集団が、火を燃やしながらガヤガヤとやってきます。特に後者では、鬼たちのかけた呪いを解く動作として、童子が姫を槌で打ち、姫はその憑き物が落ち、男は呪いが解けて、姿が見えるようになります。昔の人々は、溶鉱炉の炎や鍛冶の火花に、異界や呪術的な畏怖を感じていたのでしょうか。


【予備調査】で見当をつけたこれらのことを踏まえつつ、【思想性による分類】をおこないました。これは、鬼が、編纂者にとって、または鬼自身にとって、何を訴えるために登場するのかを見るためです。特には、霊験譚や神秘主義によるところの説話か、超自然現象に拠らない(人間のしわざとして説明のつく)説話かどうかを見るためです。このとき、後述する●○△×の印は、重複できないものとしました。


【思想性による分類】
●印…17例。仏教的な意味合いが強い鬼説話。
まず、鬼出現に際して、超自然的な現象を持つものも、無いものも含めて、仏教的な意味合いであるかどうかを見ました。仏教的な意味合いの強度は、規範意識の高さとほぼ比例すると考えたためです。
仏教の教義は、戒があるなどして規範意識が強く、国教として、古代から政治に活用されています。ですので、仏教色が強いということは、形而上事物への畏怖、信心の惹起を、どんなことよりも優先するでしょう。●印は、具体的には、種々の民間信仰の要素の濃い説話であっても、仏教との習合が意図されている場合は、仏教説話としてカウントしています。たとえば、31-27「兄弟二人、殖萱草紫菀語」の鬼は、『俊頼髄脳』(前出)を出典とし、道教の魂魄思想を体現しますが、『俊頼髄脳』では鬼の持てる感情を「あはれび」と表記したのに対し、今昔では、仏教語「慈悲」に置き換えています。このような場合、仏教との習合があると見なしました。

○印…13例。超自然現象の描出がある鬼説話。
次いで、鬼出現に際して、仏教色の薄いものでも、超自然的な現象を持つものについて○印を付けました。規範意識に裏打ちされた宗教的な畏怖を前提としなくとも、超自然現象が明確に発生しているのであれば、説話自体に、何らかの霊的畏怖を惹起する意図があると考えたからです。そして、種々の民間信仰をバックヤードに持つ説話であっても、超自然現象の発生しない場合には、出現した鬼に、何らかの実体が持たれる可能性があると考えました。

△印…6例。人為的な事件として説明ができる鬼説話。超自然現象については「認識の相違」などとして排除しうる。

×…7例。鬼のいない鬼説話。超自然現象が発生せず、鬼について言及されるが、鬼と思しき存在が登場しない。もしくは他出典の同一説話において、鬼のいない鬼説話であることが明白である。

以上のことから、●印または○印の付けられる説話中の「鬼」は、宗教的規範を示すための架空もしくは想像上の存在ととらえることができ、これらの登場する鬼説話を、「超自然の鬼説話」とすることができます。そして、その一方で、△印の説話を「実体を持つ鬼説話」、×印の説話を「鬼のいない鬼説話」と考えることが可能です。ただし、27-14「従東国人、値鬼語」については、③には該当するものの、途中から欠文しており、上記●○△×印での分類を不明としました。



【結果と着眼点】――43例の鬼説話について
以下に、43例の鬼説話を、『今昔物語集』での配列順に示したところへ、【予備調査】(①~⑨)及び【思想性による分類】(●○△×印)と突き合わせ、内容のうえで着眼した点を記しました。各話末尾の「←」以下は、新日本古典文学大系『今昔物語集』(校注:小峯和明)の脚注から、出典ないし源泉を示すものとして一部を転記しています。


●12-28「肥後国書生、免羅刹難語」③④⑨……女・巨人・目が光る。口から雷のような光を出す。鬼は、まず馬を食らい、書生は観音を念じて助かる。「妙」の一字が現れ、法華経の「妙」の一字が朽ち残って鬼から人を助けること千人に成ったという。

●14-35「極楽寺僧、誦仁王経施霊験語」②……誰の目にも留まらなかった僧の仁王経が熱病の悪鬼を払った。人の祈りは清い汚いに依らない。

●14-42「依尊勝陀羅尼験力、遁鬼難語」⑥⑨……大臣の子でいつまでも童子姿で女性のもとに通う男が、百鬼夜行にあたったが、阿闍梨が尊勝陀羅尼を書いてくれたのを衣の頸にかけていたので助かった。

●14-43「依千手陀羅尼験力、遁蛇難語」⑤……日蔵上人が、谷から上がれなくなったところを鳩槃荼鬼(くはんだき)と名乗る鬼神に助けられた。それから行くと、滝つぼに三熱の苦のある蛇が水に打たれて出たり入ったりしている。どんなに苦しいことがあるのだろうと悲しくなって蛇たちのために千手陀羅尼を誦んだ。

●15-4「薬師寺済源僧都、往生語」①……よく仏に仕えたが寺に借りた米を返していなかったので、死ぬときに地獄の使いの鬼が来た。

●15-46「長門国阿武大夫、往生兜率語」①……殺生を業としていたが持経者のおかげで蘇生し、その後善行を重ねて兜率天に往生した。

○16-32「隠形男、依六角堂観音助顕身語」⑥⑨(文中に「槌で打つ」も出てくる)……男は鬼どもの集団からつばをかけられ姿が見えなくなった。牛飼いの姿をした童が男を憑き物に苦しむ姫のところへ連れていき、姫を槌で打つ。その後、男も姫君も病気にならなかった。

●16-36「醍醐僧蓮秀、仕観音得活語」①……三途の川の奪衣婆。←法華験記・中・70

●17-6「地蔵菩薩、値火難自堂語」⑦……毘沙門天に踏まれた天邪鬼。←散逸地蔵菩薩霊験記

●17-25「養造地蔵仏師得活人語」①……病気になって死んだが仏師を養ったことが善根となり蘇生する。

●17-26「買亀放男、依地蔵助得活[語]」①……売り物の布を代価に亀を買って放生した男が、地蔵菩薩の導きにより、蘇生する。冥界で慈悲をかけた女と現世で再会を果たす。←散逸地蔵菩薩霊験記

●17-42「於但馬国古寺毘沙門、伏牛頭鬼助僧語」③←法華験記・中・57

●17-43「籠鞍馬寺遁羅刹鬼難僧語」⑦……女の形をした羅刹鬼に鞍馬寺に籠る修行僧が襲われる。毘沙門天を念じると木が倒れてきて鬼は死ぬ。翌朝、死体を確認する。←散逸鞍馬寺縁起

●17-47「生江世経、仕吉祥天女得富貴語」……吉祥天女の使いの鬼。恐ろしい姿をしているが、しゅだしゅだと呼べば答えて無限に米の湧き出る袋をくれる。

●19-28「僧蓮円、修不軽行救死母苦語①……悪行が積もって死んだ母の後生を、常不軽菩薩の行をもって弔う。母の首を袖に受けて泣く。母もまた泣く。

○20-7「染殿后、為天宮被嬈乱語」⑦……后についた物の怪を祈祷で落とすも后に愛欲の心をおこし、自ら命を絶ち、鬼となることで后との愛欲生活をほしいままにする。

●20-15、摂津国殺牛人依放生力従冥途還語」①……鬼神を祀るために牛を供物にしていた人が、死後の世界で牛たちによって膾にされるところ、生前に放生供養をしていたため蘇生が決まる。

○20-18「讃岐国女行冥途、其魂還付他身語」①……死神の鬼が疫病神への供物を食べる。対象者に身代わりを差し出させたが閻魔王を騙すことはできず、。身代わりはもう荼毘に付されてしまったため、対象者の体に身代わりの魂を入れての蘇生となる。←日本霊異記・中・25

●20-19「橘ノ磐島、賂使不至冥途語」①②……大安寺の寺の金を元手に交易中、死神に狙われる。寺を利する途中であることから猶予を受け、鬼を饗応する。牛食、誦経、身代わりの供出を所望され、身代わりが殺されてついに死を免れる。←日本霊異記・中・24

△20-37「耽財、娘為鬼被噉悔語」⑦……財を積まれて娘の結婚を許すが、初夜に娘は頭一つ、指一本を残して食われる。←日本霊異記・中・33では「過去の怨」。

○24-16「安倍晴明、随忠行習道語」⑥……天文博士で陰陽師、安倍晴明の伝記的な内容。幼い頃、陰陽師賀茂忠行に、霊鬼を見る才能を買われて教えを受け、さまざまな方術を使いこなすようになる。

○24-24「玄象琵琶、為鬼被取語」……見えないが琵琶の名器玄奘を弾く鬼。音色がどこまでもついてくる。

×27-7「在原業平中将女被噉鬼語」⑤③⑦……色好みの在原業平がやんごとなき姫君を盗み出し、荒れ果てた山荘に隠しておこうとするが、雷が鳴る。太刀を抜いて雷鳴を鎮めようとするあいだに、女はバラバラに殺害されていた。←『伊勢物語』第6段。出典では〈鬼一口に食ひてけり。〉今昔では〈女ノ頭ノ限ト着タリケル衣共許(ばかり)残タリ。〉と、出典にはないバラバラ殺人の残虐な描写が付される。人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。

△27-8「於内裏松原、鬼、成人形噉女語」③⑦……三人いた女の一人が男との恋の語らいに引かれていった。戻ってこないので見に行く足と手が離れたところにバラバラにされて殺されていた。人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。←三代実録仁和三年八月十七日条

△27-9「参官朝庁弁、為鬼被噉語」⑦……早朝、宮ノ司での勤務中に、血みどろになった頭と持ち物だけを残して殺されていた。△人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。

△27-12「於朱雀院、被取袋菓子語」⑦……菓子(果物)の入った箱の中身の菓子だけを盗られる。特に霊的な現象は起こらない。完全犯罪か。

○27-13「近江国安義橋鬼、噉人語」③……橋の上に妖艶な美女となって現れ、男に取り憑き、その後、弟に姿を化身して物忌を破らせ、ついに男を殺害する。食い殺した達成感に、うれしいという表情をしたとき、橋の上にいたときの鬼の顔をしていた。無用の争いから、勢いで至ってしまったことを戒める。

(27-14「従東国人、値鬼語」③……途中から欠文につき詳細不明)

△27-15「産女行南山科、値鬼逃語」③⑦……宮仕えの若い女が父親のわからない子を妊娠し、山沿いの廃屋に産み棄てようとする。現れた老女の手引きにより、無事に出産、老女が赤ん坊を「ああ、おいしそう」というのを耳にしたため、この老女を鬼と疑い、逃げ出す。特に霊的な現象はない。人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。

△27-16「正親大夫、□(欠字)若時値鬼語」③⑦……正親大夫が宮仕えの女と廃屋であいびき中、廃屋に現れた女の童と女房に出ていけといわれる。この女房が廃屋に棲む鬼ととらえられる。女はその後、病気になるが、廃屋に棲みつく者との因果関係は不明。人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。

○27-17「東人、宿川原院被取妻語」③……伸びてきた手に妻が引き込まれて戸が開かない。斧で戸を破ると妻は、無傷のまま吸い殺されたかのように息絶えていた。人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。

○27-18「鬼、現板来人家殺人語」……板状の鬼。飛行し、帯刀しない侍を殺害した。

○27-19「鬼、現油瓶形殺人語」……油瓶状の鬼が踊り上がり、ある家に鍵の穴より侵入するのを藤原実資が目撃。その家の、病気になっていた娘が死んだ。

○27-22「漁師母、成鬼擬噉女語」⑦……猟師の兄弟が木の上で鹿を待ち伏せていると老人の手が伸びてきたので切った。その正体は立ち居もままならぬ老母であり、片腕を切られた老母はうめいて、子らにつかみかかろうとする。痛ましく年をとりすぎると鬼になる。

○27-23「播磨国、鬼来人家被射語」①……陰陽師が鬼が家にやって来ると予言する。その出現は、〈然様ノ鬼神ハ、横様ノ非道ノ道ヲバ行カヌ也。只、直シキ道ノ道ヲ行ク也〉であるという。鬼は現れ、家の者が、「同じ死ぬならいっそ射よう」と射たら、鬼は消えた。

○27-35「有光来死人傍野猪、被殺語」①④……鬼ではなく猪だった。当時としては超自然現象にあたる遺体の発光があるが、鬼のいない鬼説話とも見られる。 〈死人ノ所ニハ必ズ鬼有リト云フニ、然カ臥シタリケム心、極テ難有シ。野猪ト思ル時ニコソ心安ケレ、其ノ前ハ、只鬼トコソ可思ケレ。〉

×27-36「於播磨国印南野、殺野猪語」①③……鬼ではなく猪だった。 〈葬送ノ所ニ必ズ鬼有ルナリ。人気のない不案内な場所への立ち入りを戒める。

×27-44「通鈴鹿山三人、入宿不知堂語」③……鬼が出ると噂の古い堂で鬼を待っていただ出てこず、狐の類が化かそうとした。〈実ノ鬼ナラムニハ、其ノ庭(その場)ニモ後也トモ平カニハ有ナムヤ。

×28-28「尼共、入山食茸舞語」⑦……木こりが山中で尼たちの舞うのを見て、天狗か鬼神のしわざかと思ったが、尼たちは毒きのこに当たっていた。

×28-29「中納言紀長谷雄家顕狗語」……犬が敷地内に侵入し築垣に尿するのを陰陽師に占わせる。陰陽師は、鬼が出ると予言する。しかるべき日、物忌を忘れてしまい鬼が出るはずだったが、また犬が来て、鬼は出なかった。〈実ノ鬼ニ非ネドモ、現ニ人ノ目ニ鬼ト見ユレバ、鬼トハ占ヒケル也。〉という合理化においてまとめられる。

×28-35「右近馬場殿上人種合語」⑦……種合の勝負がつかないうちに舞を出したために咎められる。舞人は捕まると思って、鬼のような舞の面を付けたまま逃げた。

×28-44「近江国篠原入墓穴男語」③⑦……廃屋で雨宿りしていた男が気配を感じ、鬼出現かと恐れたが、別の男が同じように雨宿りをしていただけだった。

●31-27「兄弟二人、殖萱草紫菀語」⑧……兄弟の親を想う心の深さに、墓の中から「我レハ汝ガ祖ノ骸ヲ守ル鬼也。」と声がし、忘れたくないと願う弟に予知能力を授ける。←『俊頼髄脳』「忘れ草かきもしみみに植ゑたれど鬼のしこ草なほおひにけり」の和歌説話が出典。


この結果を見ると、『今昔物語集』での並び順がおおむね、【思想性の分類】の●→○→△→×印のようになっていることがわかります。このことは、『今昔物語集』本朝部の鬼説話が、宗教的な規範意識の高いものから低いものへ、編纂者によって、意識的に配列されていることを表します。そして、△×印の割合の多さを考えたとき、鬼のいない鬼説話を収録することに、編纂者は、何らかの意義を見出していたことが推察されます。


⑶ 「鬼のいない鬼説話」からわかること

鬼のいない鬼説話において、『今昔物語集』の編纂者は、意外に饒舌です。たとえば、27-35「有光来死人傍野猪、被殺語」の結論部、またつづく27-36「於播磨国印南野、殺野猪語」には、次のようにあります。


  〈死人ノ所ニハ必ズ鬼有リト云フニ、然カ臥シタリケム心、極テ難有シ。野猪ト思ル時ニコソ心安ケレ、其ノ前ハ、只鬼トコソ可思ケレ。〉(27-35)
  〈葬送ノ所ニ必ズ鬼有ルナリ。〉(27-36)


どちらも鬼出現と思って対象を仕留めたら、屍肉を漁りにきた猪だったという話ですが、「死人のところに必ず鬼がいる」「葬送のところに必ず鬼がいる」という言葉に、当時の人々の見方・考え方が示されています。
おもしろいものです。人々は厄介な問題、そのものを前に、このようなまとめ方をしないし、できません。まのあたりにする恐怖するばかりでしょう。厄介な実在が手を離れたとき、その〇〇について、うわさしつつ共有しつつ、このようなものだとして、一般化が進められます。こうした一般化をプロセスに持つほど、鬼出現は、死、葬式、死後の世界に、古代からの伝統として関係していたのでしょう。そして鬼たちは、誰かが亡くなるたびに、その出現を人々に意識させていたのでしょう。
①の例、つまり死、葬式、冥途に関係する鬼の例が、突出するはずです。

27-44「通鈴鹿山三人、入宿不知堂語」も、鬼のいない鬼説話です。ここで編纂者は〈実ノ鬼ナラムニハ、其ノ庭(その場)ニモ後也トモ平カニハ有ナムヤ。〉と述べています。
本当の鬼であったなら、その後にもただでは済まされない。――ここに挙げた43例のうち、その「ただでは済まされない」本物の鬼のさまは、たとえば○印のついた27-13「近江国安義橋鬼、噉人語」や20-7「染殿后、為天宮被嬈乱語」に出現する鬼の、執拗さに見てとれるでしょうか。これら2件については後述します。

いずれにせよ、鬼のいない鬼説話からわかることは、『今昔物語集』の編纂者が、「本物の鬼」とそうでない鬼がいると、考えていたということです。
では、『今昔物語集』の編纂者は、どういった鬼が「本物の鬼」で、どういった鬼が、そうでない鬼だと考えていたのでしょうか。
そこで、超自然のできごとのように見せかけて、本当は、人間のしわざではないかと思える話が、とても気になってきます。さきに「心の鬼」について触れましたが、紫式部は、世間に大流行していたエクソシストの図会を目にしながら、「祟りではなくて疑心暗鬼に駆られているだけでは?」と見抜いていました。
鬼のいない鬼説話に、厄介事が一般化されるプロセスを示されるように、人間のしわざであることを鬼のせいにしておくという、持って行きようのうちには、解決の困難な物事に直面したときの当時の人々の合理化のあり方が、示されていそうです。




この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« (未定稿)鬼さん考 6 | トップ | (未定稿)鬼さん考 8 »
最新の画像もっと見る

月鞠の会」カテゴリの最新記事