このノートは、
去る11月2日、東京ポエトリーフェスティバル2008において朗読された、
辰巳泰子のテキストとイベントの報告です。
2008年11月7日記す。
An Atom 原子
by Yasuko Tatsumi 辰巳泰子
English translation by Hideaki Matsuoka & Jack Galmitz
/英訳 松岡秀明 & ジャック・ガルミッツ
At the peak of labor pains
I cursed;
all men should die
at war.
男らは皆戦争に死ねよとて陣痛のきはみわれは憎みゐき
At noon
simmering a pinch of rice
Rain starts pouring
more silently than
babys breathing.
Turns over
in his sleep showing Mongolian spot
in blue;
The baby has back
though it is small….
What was smaller than breast
was babys head.
And
his wrist was thinner
than his fathers thumb.
The darkness
seems clinging
to his soul;
my infant closes his eyes
biting a nipple.
Suckle!
quickly and strongly
as my two breast are hurting
as if they were competing with each other
in this midnight.
I had recognized myself
as drunken mud;
Why did they let me bear
a flower
in the heaven?
ひとつまみの穀煮てまひる昏みゆき子の寝息よりかそかなる雨
蒙古斑あをきを見せて寝返ればちひさきながら背中を持てり
乳房より小さかりしはその頭 ととの親指の太さに手首
ひつたりと闇が足裏を吸ふらしく乳首噛む子は目を瞑りをり
はやう吸へもつと乳吸へ競ふごとつのる深夜の痛みふた房
みづからを酔ひたる泥と識り来しになぜ天上の花を生れしむ
In the wind
I am remembering a woman
in atomic bomb record
who gave her skin-lost breasts
to her suckling!
Under the mid-day sun
lattice doors
make endless shadows
All of sudden
I remember The Death March.
I put a summer hat
down over the eyes of my baby
since in this world
there only exit things
that I dont want to let my baby see.
Air force plane
in a picture book
flies
and burns out
the forest of a sleepig child.
被爆記録に皮膚なきそれを与ふるありと乳飲み児抱きて風のなか想ふ
炎昼につづく格子の影もやう「死の行進」をふとも想へり
夏帽子まぶかく吾子にかぶらしむこの世見せたくなきものばかり
絵本にありし軍用機ゆき幼子のひるの熟睡(うまい)の森を灼き尽す
The freezing night
what God bestowed on me
was not you
but sad and painful sentiment
about you.
In the dawn
I cannot sleep thinking of Somalia.
My existence is heavy
and also…
vain.
かの凍夜神の賜びしは君ならず君のめぐりのせつなさばかり
ソマリアをおもふあかとき眠られぬわが存在もおもたくはかな
A day in which humans are killing each other
there is a swallow
crossing over a sea
fly,
dont look down!
にんげんら屠りあふ日も海渡る燕(つばくらめ)あり地を瞰ずに飛べ
On the street
oranges are piled
over a family
pours
asid rain.
Without recognizing night and day
I stay guarding a child
who stretches arms and feet
as if these were
drooping flowers.
Look!
There is fliyng
the fluff of a dandelion
I cannot stop
loving you.
When you grown up
with heavy bones
and thick chest
let me hold you
like this way.
往来は蜜柑積みをり一家族包めるごとく降る酸性雨
愛するほかあらざりしかばたんぽぽの綿毛の旅を瞳に映しやる
骨ふとく胸たくましく育つともかく抱かせよわが死の際に
The place of feces,
urine,wound and blood
from where life comes
where a boy
does not know.
糞尿と傷と血といのちのひとところ永遠(とは)に知ることなき男の子なり
I cant stop
imaging distant war
in red
At the end of mother and child
there should be mothers milk.
Evening glow
is red
because the pain of earth
is reviving;
War I learned is what I cannnot teach.
あかあかと遠き戦争想はれぬ母子の終末(いまは)乳があるべし
地の痛み甦るがにあかき夕焼けよ教はりて教へ得ざる戦争
Neither sweet fruit nor flower,
boys are competig with each other
over their height
since
they are annual plants.
あまき実かをる花より丈きそふ げに男(おのこ)とは一年草か
I lost my life without a child
now
I have a child…
like loose bag
that carries sadness.
つらぬきて子を持たぬ生もはや無くだぶだぶとせつなさの袋のごとき子
帰鳥啼悲都
照月想寒膚
赤貧死別歌
戦争不悪乎!
―――――――《口上》
世界詩歌へのフリーポート、東京ポエトリーフェスティバル2008の舞台に立たせていただくことが決まったとき、すぐに思いました。
世界中の詩人たちが集まるイベントなのだから、世界中の詩人たちと共有できる主題を押し出そう。そして、日本の詩人にしかできないことをしよう。自作の「原子 An Atom」を、母国語である日本語で朗読します。さらに、原爆を落とした国の言語で朗読します。そして、日本の兵士が苦しめた国の詩歌にリメイクします。少なくとも自分の持ち時間15分において、この三つを成り立たせるのでなければ、わたしは、自分が日本の詩人であることに、魂を失います。
わたしが生まれる前に亡くなった母方の祖父は、官僚でした。母方は官僚の家系で、先祖は、御所に女官として仕えていたといいます。祖父は、日中戦争に従軍してて、母は自分の父から聞いた中国を確かめるために、中国語を学んだのです。母方に口伝の中国は、現代、いえ現在の日本の、左翼と呼ばれる人々のいう中国とも、右翼と呼ばれる人々のいう中国とも違っていました。もっと私的な、なつかしいあたたかい、祖父の生の記憶にまつわります。ひとえにそこは、敵兵だった祖父を、助けてくれた人のあった国でした。思想や国を問うに、おのれの力ははるか及ばないが、自分の祖父を助けてくれた人のあった国に、礼を払わずにいられません。だから、「原子 An Atom」の本意を、自作の漢詩で表現することを思いつきました。
わたしは、日本の詩人として、すべきことをします。皆さん、是非、聴きにいらしてください。
―――――――《報告》
11.2、リバティホールへご来場のお客様、ありがとうございます。胸がいっぱい。未熟者のわたしに、十分なことがもしできたとすれば、皆さまのお運びのおかげです。ありがとうございました。
朗読終了後、英国の詩人、リチャード・べレンガーデンさんから、ヤスコの朗読は心を打ったと、あなたはしんじつ詩人だと、表現者ならば、一生に一度でいいから言われてみたい言葉を、おかけいただきました。しんじつ詩人。わたしの行くべき道を、惜しまれぬ、熱い言葉で照らしてくださった。ありがとうございます。今日にはただ、慢心を恐れるのみ。「残虐の前には背筋を伸ばし自尊心で立ち向かえ。愛の前には頭を垂れよ」……トルコの詩人、アタオル・ベフラモールさんの詩句を胸に刻みつつ。
それから。ノルウェーの詩人、ヤン・エーリック・ヴォルさんに、わたしの使った小道具の鈴……先祖供養に使う仏教徒の鈴を、ステージでお使いいただきました。すると、スカンジナビア半島を覆う針葉樹林の静寂、宇宙の広がりが表現され、わたしにはその音が、迦陵頻伽の喜ぶ声に聴こえたのでした。
後半の、海外詩人の皆さんのスピーチも、おもしろかった。どこの国でも、詩人は、ロマンチストで、革命家で、好奇心に充ち溢れ、いっぷう変わった主題を持ち、どこかしらストレンジャーで、不公平に痛みを感じる少年の心を持っているのだと、知りました。そして詩人の魂は、死ののち誰も、宇宙の同じ場所に還るように思いました。
逸話もあります。イベント初日の前夜、新井高子さんの導きで、米国の詩人、レイチェル・ルヴィッツキーさんのトークを、日本橋のギャルリー東京ユマニテまで聴きにゆきました。そのときの感想を、なんとか自分の言葉で伝えたくて、英作文の手紙を書いたりしましたが、あたまで考えたことは、伝わったふうではありませんでした。あきらめたくなくて、お別れパーティーのとき、ようやく一言、「Your poem……like a virgin」とのみ伝えたときの、レイチェルさんの表情が忘れられません。心は伝わる。そう思いました。
今日にはただ、慢心を恐れるのみ。本当にありがとうございました。機会をくださった福島泰樹さん、もろもろ窓口となってくださった沖ななもさん、実行委員長の夏石番矢さん、スタッフの皆様、お世話になりました。ここに、せめても、出会いのあった海外の方のお名前を、記し置きたい。日本へ来てくださって、ありがとうございますと、この感謝が、風に乗り、伝わりますように。
Thank you very much. 再見!
最後に。今回のイベントで、日本の「しんじつ詩人」は、やはり、岡野弘彦さんだ。岡野さんは、出征している。出征した一人という立場に立ち続け、みずからの墓を、師、折口信夫の墓のそばに立てたという。三島由紀夫はみずから命を絶ったが、岡野弘彦は、生きて、その人生を捧げている。敬礼するほかない。
去る11月2日、東京ポエトリーフェスティバル2008において朗読された、
辰巳泰子のテキストとイベントの報告です。
2008年11月7日記す。
An Atom 原子
by Yasuko Tatsumi 辰巳泰子
English translation by Hideaki Matsuoka & Jack Galmitz
/英訳 松岡秀明 & ジャック・ガルミッツ
At the peak of labor pains
I cursed;
all men should die
at war.
男らは皆戦争に死ねよとて陣痛のきはみわれは憎みゐき
At noon
simmering a pinch of rice
Rain starts pouring
more silently than
babys breathing.
Turns over
in his sleep showing Mongolian spot
in blue;
The baby has back
though it is small….
What was smaller than breast
was babys head.
And
his wrist was thinner
than his fathers thumb.
The darkness
seems clinging
to his soul;
my infant closes his eyes
biting a nipple.
Suckle!
quickly and strongly
as my two breast are hurting
as if they were competing with each other
in this midnight.
I had recognized myself
as drunken mud;
Why did they let me bear
a flower
in the heaven?
ひとつまみの穀煮てまひる昏みゆき子の寝息よりかそかなる雨
蒙古斑あをきを見せて寝返ればちひさきながら背中を持てり
乳房より小さかりしはその頭 ととの親指の太さに手首
ひつたりと闇が足裏を吸ふらしく乳首噛む子は目を瞑りをり
はやう吸へもつと乳吸へ競ふごとつのる深夜の痛みふた房
みづからを酔ひたる泥と識り来しになぜ天上の花を生れしむ
In the wind
I am remembering a woman
in atomic bomb record
who gave her skin-lost breasts
to her suckling!
Under the mid-day sun
lattice doors
make endless shadows
All of sudden
I remember The Death March.
I put a summer hat
down over the eyes of my baby
since in this world
there only exit things
that I dont want to let my baby see.
Air force plane
in a picture book
flies
and burns out
the forest of a sleepig child.
被爆記録に皮膚なきそれを与ふるありと乳飲み児抱きて風のなか想ふ
炎昼につづく格子の影もやう「死の行進」をふとも想へり
夏帽子まぶかく吾子にかぶらしむこの世見せたくなきものばかり
絵本にありし軍用機ゆき幼子のひるの熟睡(うまい)の森を灼き尽す
The freezing night
what God bestowed on me
was not you
but sad and painful sentiment
about you.
In the dawn
I cannot sleep thinking of Somalia.
My existence is heavy
and also…
vain.
かの凍夜神の賜びしは君ならず君のめぐりのせつなさばかり
ソマリアをおもふあかとき眠られぬわが存在もおもたくはかな
A day in which humans are killing each other
there is a swallow
crossing over a sea
fly,
dont look down!
にんげんら屠りあふ日も海渡る燕(つばくらめ)あり地を瞰ずに飛べ
On the street
oranges are piled
over a family
pours
asid rain.
Without recognizing night and day
I stay guarding a child
who stretches arms and feet
as if these were
drooping flowers.
Look!
There is fliyng
the fluff of a dandelion
I cannot stop
loving you.
When you grown up
with heavy bones
and thick chest
let me hold you
like this way.
往来は蜜柑積みをり一家族包めるごとく降る酸性雨
愛するほかあらざりしかばたんぽぽの綿毛の旅を瞳に映しやる
骨ふとく胸たくましく育つともかく抱かせよわが死の際に
The place of feces,
urine,wound and blood
from where life comes
where a boy
does not know.
糞尿と傷と血といのちのひとところ永遠(とは)に知ることなき男の子なり
I cant stop
imaging distant war
in red
At the end of mother and child
there should be mothers milk.
Evening glow
is red
because the pain of earth
is reviving;
War I learned is what I cannnot teach.
あかあかと遠き戦争想はれぬ母子の終末(いまは)乳があるべし
地の痛み甦るがにあかき夕焼けよ教はりて教へ得ざる戦争
Neither sweet fruit nor flower,
boys are competig with each other
over their height
since
they are annual plants.
あまき実かをる花より丈きそふ げに男(おのこ)とは一年草か
I lost my life without a child
now
I have a child…
like loose bag
that carries sadness.
つらぬきて子を持たぬ生もはや無くだぶだぶとせつなさの袋のごとき子
帰鳥啼悲都
照月想寒膚
赤貧死別歌
戦争不悪乎!
―――――――《口上》
世界詩歌へのフリーポート、東京ポエトリーフェスティバル2008の舞台に立たせていただくことが決まったとき、すぐに思いました。
世界中の詩人たちが集まるイベントなのだから、世界中の詩人たちと共有できる主題を押し出そう。そして、日本の詩人にしかできないことをしよう。自作の「原子 An Atom」を、母国語である日本語で朗読します。さらに、原爆を落とした国の言語で朗読します。そして、日本の兵士が苦しめた国の詩歌にリメイクします。少なくとも自分の持ち時間15分において、この三つを成り立たせるのでなければ、わたしは、自分が日本の詩人であることに、魂を失います。
わたしが生まれる前に亡くなった母方の祖父は、官僚でした。母方は官僚の家系で、先祖は、御所に女官として仕えていたといいます。祖父は、日中戦争に従軍してて、母は自分の父から聞いた中国を確かめるために、中国語を学んだのです。母方に口伝の中国は、現代、いえ現在の日本の、左翼と呼ばれる人々のいう中国とも、右翼と呼ばれる人々のいう中国とも違っていました。もっと私的な、なつかしいあたたかい、祖父の生の記憶にまつわります。ひとえにそこは、敵兵だった祖父を、助けてくれた人のあった国でした。思想や国を問うに、おのれの力ははるか及ばないが、自分の祖父を助けてくれた人のあった国に、礼を払わずにいられません。だから、「原子 An Atom」の本意を、自作の漢詩で表現することを思いつきました。
わたしは、日本の詩人として、すべきことをします。皆さん、是非、聴きにいらしてください。
―――――――《報告》
11.2、リバティホールへご来場のお客様、ありがとうございます。胸がいっぱい。未熟者のわたしに、十分なことがもしできたとすれば、皆さまのお運びのおかげです。ありがとうございました。
朗読終了後、英国の詩人、リチャード・べレンガーデンさんから、ヤスコの朗読は心を打ったと、あなたはしんじつ詩人だと、表現者ならば、一生に一度でいいから言われてみたい言葉を、おかけいただきました。しんじつ詩人。わたしの行くべき道を、惜しまれぬ、熱い言葉で照らしてくださった。ありがとうございます。今日にはただ、慢心を恐れるのみ。「残虐の前には背筋を伸ばし自尊心で立ち向かえ。愛の前には頭を垂れよ」……トルコの詩人、アタオル・ベフラモールさんの詩句を胸に刻みつつ。
それから。ノルウェーの詩人、ヤン・エーリック・ヴォルさんに、わたしの使った小道具の鈴……先祖供養に使う仏教徒の鈴を、ステージでお使いいただきました。すると、スカンジナビア半島を覆う針葉樹林の静寂、宇宙の広がりが表現され、わたしにはその音が、迦陵頻伽の喜ぶ声に聴こえたのでした。
後半の、海外詩人の皆さんのスピーチも、おもしろかった。どこの国でも、詩人は、ロマンチストで、革命家で、好奇心に充ち溢れ、いっぷう変わった主題を持ち、どこかしらストレンジャーで、不公平に痛みを感じる少年の心を持っているのだと、知りました。そして詩人の魂は、死ののち誰も、宇宙の同じ場所に還るように思いました。
逸話もあります。イベント初日の前夜、新井高子さんの導きで、米国の詩人、レイチェル・ルヴィッツキーさんのトークを、日本橋のギャルリー東京ユマニテまで聴きにゆきました。そのときの感想を、なんとか自分の言葉で伝えたくて、英作文の手紙を書いたりしましたが、あたまで考えたことは、伝わったふうではありませんでした。あきらめたくなくて、お別れパーティーのとき、ようやく一言、「Your poem……like a virgin」とのみ伝えたときの、レイチェルさんの表情が忘れられません。心は伝わる。そう思いました。
今日にはただ、慢心を恐れるのみ。本当にありがとうございました。機会をくださった福島泰樹さん、もろもろ窓口となってくださった沖ななもさん、実行委員長の夏石番矢さん、スタッフの皆様、お世話になりました。ここに、せめても、出会いのあった海外の方のお名前を、記し置きたい。日本へ来てくださって、ありがとうございますと、この感謝が、風に乗り、伝わりますように。
Thank you very much. 再見!
最後に。今回のイベントで、日本の「しんじつ詩人」は、やはり、岡野弘彦さんだ。岡野さんは、出征している。出征した一人という立場に立ち続け、みずからの墓を、師、折口信夫の墓のそばに立てたという。三島由紀夫はみずから命を絶ったが、岡野弘彦は、生きて、その人生を捧げている。敬礼するほかない。